娘の保育園復帰で、ならし保育から、通常保育になるにあたって、私も仕事復帰をすることに。

パートで働いていた職場は、とても理解がある所で、娘の病気が分かって、長期で休まざるを得なかった時も、籍だけは置いておくので、こっちのことは何にも気にせず、娘さんに付いていてあげて、どのくらい長くなっても構わないので、戻れる時に戻ってきて、と言ってもらえました。

なので、割とすんなり戻ることが出来、以前と変わらぬ日常が、少しずつ戻ってきました。

週2外来の、それ以外の日は仕事と、その生活はけっこうハードでしたが、社会に何かしら貢献出来ていることは、凄く嬉しいことだと改めて思いました。
また、保育園に通うにあたって、最初はならし保育をすることにした。

元々通っていたし、入院当初は、1年以上に及ぶ入院生活を想定していたので、たった3ヶ月離れただけ、そう思っていたけれど、娘は保育園に行くことに対し、かなりの拒否反応を示した。

嫌だ、嫌だ、ママとおうちにいる!と言って、保育園に、連れて行こうとしたら号泣。

3ヶ月の入院生活は、思った以上に娘にとっては長く、影響も大きかったみたい。

あんまり泣くので、断念して連れて帰ることもしばしば。でも、いつまで経ってもそれではらちがあかないので、心を鬼にして、泣き叫ぶ娘を先生に託し、帰っていた。

週2で外来の時は休むので、なかなかならし保育も進まずだったけど、子供は一回慣れればなんとかなるもので、泣きながらも、娘なりに納得して、何とか行ってくれるように。
CVを入れたままでの保育園生活になるので、お互い心配なことはたくさんあった。
引っ張って抜けたりしたらえらいことなので、周りのお友達にも、きちんとせつめいして、理解してもらう必要があった。その点、年中さんだったので、割とすんなり理解してくれたみたい。

水に濡れるのが駄目なので、プールやシャワーが出来ない。汗をかいて、刺入部の回りに貼っている保護シートとテープがベロリと剥がれ、剥き出しになってしまっていることもしばしば。ばいきんが入って、膿が溜まったり、炎症を起こさないか心配だった。

後は、もう薬もないし、運動の制限も無いので、普通に生活して良かった。

後、心配だったのは、約3ヶ月の間に見た目がだいぶ変わったので、皆ビックリしたり、いじめられたりしないか心配だったけど、そんなことはなくて安心した。