カインのブログ

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美──美という奴は恐ろしいおっかないもんだよ!つまり、杓子定規に決めることが出来ないから、それで、恐ろしいのだ。なぜって、神様は人間に謎ばかりかけていらっしゃるもんなあ。美の中では両方の岸が一つに出合って、すべての矛盾が一緒に住んでいるのだ。俺は無教育だけれど、この事はずいぶん考え抜いたものだ。実に神秘は無限だなあ!この地球の上では、随分沢山の謎が人間を苦しめているよ。この謎が解けたら、それは濡れずに水の中から出てくるようなものだ。ああ美か!その上俺がどうしても我慢できないのは、美しい心と優れた理性を持った立派な人間までが、往々聖母の理想を懐いて踏み出しながら、結局悪行の理想をもって終わるという事なんだ。いや、まだまだ恐ろしいことがある。つまり悪行の理想を心に懐いている人間が、同時に聖母の理想をも否定しないで、まるで純潔な青年時代のように、真底から美しい理想の憧憬を心に燃やしているのだ。いや実に人間の心は広い、あまり広過ぎるくらいだ。俺は出来ることなら少し縮めてみたいよ。ええ畜生、何が何だかわかりゃしない、本当に!理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。一体悪行の中に美があるのかしらん?………しかし、人間て奴は自分の痛いことばかり話したがるものだよ。

───ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」