東北地方太平洋沖地震、被災者の方の安全と一日も早い復興をお祈りします






小学校の時、小4からの3年間毎年全生徒何かしらのクラブに所属して毎週木曜日に活動があった。


自分は小5の時チャンバラクラブたるものに所属してた。


そこはその名の通り何かでたたき合うのが主な活動でした。


なので毎週新聞紙を丸めて作った棒を持参しなければならなかった。


毎朝学校行く前に作ってたが、とにかく面倒くさかった(笑)。学校まで持っていく時も、その時副班長で一番後ろ歩いてて何か用心棒みたいだった(笑)



クラブ活動は6時間目終わった後なので教室の後ろにあるロッカーに置いてたが、やんちゃなやつがよく振り回して遊んでた。


それで何故か自分が松下先生に怒られてた(笑)(松下先生については以前の日記をご参照下さい)



そのチャンバラクラブはチーム選で各チームにはリーダーが一人いた


一学期は6年生がどのチームもリーダーやってたのですが、二学期になって何故か5年生で唯一リーダーに指名されました(笑)



ここでも周りにクロちゃんと呼ばれてた(笑)



ちなみに自分は結構強かったです(^^)v。チーム戦で何度か優勝してた。


一対一が普通でしたが、複数で戦った時もあった


勝ち負けは相手が参るまで、なので複数戦で相手が一人になるとえげつなかった


ストレス発散にはもってこいだった(笑)。暴走して他のクラブに乗り込んでたやつもいた。今考えたら問題だな




今後もつまらない話ばかりかもしれませんがご了承ください。



最後は恒例の名言で

「僕勝ったよ。これで安心して未来に帰れるだろ」


「僕だるまになる。約束するよ、おばあちゃん」

お疲れ
例によって題名に意味はありません(笑)


小3小4の時からやってた硬筆、書道の話を


当時は姉と通ってました。その後自分だけ日能研の関係でやめた。

二人で同じ時間に始めてましたがいつも僕だけ先に終わってた。


姉が終わって親が迎えに来てくれるまで暇だった。


なのでその間は色々と暇潰しした。


例えば書道の半紙入れてる袋を三角形に畳む方法を先生に教えてもらったり(今でもスーパーの袋で実践してる)


ポケモンの4コママンガ持ってきて読んだり(知らない男の子と一緒に読んだり)

もちろん授業も楽しかった。


その教室の先生は年輩の女の人で結構丁寧に教えて頂いた。


おかげで自分で言うのも難だが字はきれいな方です(笑)


書道も決してうまい方ではなかったが楽しかった(小学校で何回か賞もらった記憶がある)




高校の芸術の選択でも迷わず書道に決めた



一年間楽しく学ぼうと思ったのですが…



二学期のとある授業で書道関連の課題(確か表札だった)を出すとき、温厚な先生でしたが僕が作品を見せたらなぜかしかめっ面をして


「なんじゃこら!?」

と言われた。


書道の作品提出でなかったけれども、ちょっと、いやかなりショックでしたな。まさか大好きな書道の授業でこんな事言われるとは(>_<)


ちょっとだけ泣きそうになった(笑)。あの先生も決して悪意はないと思います。けど、なんだかなぁww


それ以降、書道はちょっと嫌になった(笑)



久しぶりに書いたからかなり稚拙な日記になってますm(__)m



早いものでもう3月ですな。サクライロノキセツは味があっていいよな


最後はいつものように名言で



「あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。それが人間にとって一番大切なことだからね。


彼なら間違いなく君を幸せにしてくれると僕は信じてるよ。」



「僕の人生は僕自身の力で切り開いていくのだ」


お疲れ様(^^)v
最近口癖が「ピカチュウ」になってる自分がひどすぎワロタ汗

こないだなぜか犬にアマガミされて和んだ今日この頃です(笑)



ちょっと時間ができたのでまた思い出話をチョキ



昔は家族旅行で毎年夏休みに千葉県の勝浦市に行ってました。(高一の夏を最後に今は行ってないです(>_<))


勝浦に父親の知り合いがいる関係で、だったそうです。

いつもその知り合いの方のご好意で三日月ホテルに泊まったり、近くの漁港を見学させていただきましたニコニコ


しかし、とある年だけ夏休みに行けずに9月の連休に行くことになりました。



ちょうど祭りの時期だったそうで漁港を中心に提灯やら屋台やらが並んでました


せっかくなので漁港を見に行くと男性の方々が御輿を担いでる最中で、しばらく眺めてると


彼らは船着き場に向かい始めて、そこに着いたらいきなり担いでいたうちの男性数人が海に投げ込まれたのですショック!



まあよく聞く祭りならではの慣習ですよ(笑)


当日の水温は9月といえどもかなり低かったそうですくもりしかもその人達が着ていたのは半袖、短パンの上に法被というしょぼん


海から上がってきた時某黄金伝説の濱口のように雄叫びをあげてました(笑)さすが晴れ




夜には港から花火を見ました。毎年恒例として知り合いの社長さんにもお会いしました(子供三人全員娘さんだそうで、以前写真を見せていただいた)




こうしてその年の恒例行事は終わりましたニコニコ



勝浦に関しては話がたくさんあるのですが、また後日


自分の話ばっかりになってすいまそんm(__)m気晴らし程度に読んでくれたら幸いです


最後に名言を

「君はこれからも何度もつまづく。でもそのたびに立ち直る強さも持っているんだよ」