私がまだ17歳の頃、高校も辞めてしまった夏。

 

 

高校の友人である本間君に進められ地元から少し離れたところで

働き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで今回登場するのは、成田君である。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は私のひとつ上でその当時は18歳であった。

なんとも若い。。。

 

 

 

 

 

彼には年上の彼女がいた。

彼女のお腹の中には赤ちゃんが。

 

 

 

 

 

 

これはここだけのハナシ、私はそれを全部わかった上で

彼に恋をした。

 

 

 

 

 

 

彼のことを少し話そう。

先ほど話した通り、彼は18歳。

正確には17歳で、誕生日を迎えたらお腹に赤ちゃんのいる彼女との結婚がき決まっていた。

 

 

 

彼は、そんなに背は高くないが17の私でも感じるほどの色気があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は元々女癖がいいほうではなく、職場恋愛(浮気)が主流だった。

 

 

 

 

これはいまだに信じてはいないが、彼女との結婚は円満に決まったわけではなく

彼女の妊娠が発覚したとき、彼女の両親に木刀を振り回されて

脅された。なくなく結婚を了承するしかなかった、のだと。

 

 

 

 

まぁ多分、妻になる予定の彼女には何の愛情もないから

遊んでてくれ、都合のいい女でいてくれ。ってことだったのだと

大人になった今ようやく、ぁあ、そうゆうことだったのかと

当時の彼の真相がわかった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんともケツの青過ぎた娘時代。

いいように利用されていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼にお熱していた私は、このはじめての”不倫”と言う

非常に昼ドラ的な、かつ、スリリングなこの状況が

若さゆえに楽しく、苦しい思いをしている自分に酔いしれていたのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさにアホ丸出しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世の中には人には言えない恋愛をしている人間はごまんといる。

そう思う。

 

 

 

わたしのテテ親もまた、外に女を作るプロであり、

そして、ひとたび女を作るとたちまち家に寄り付かなくなり、

家族に見向きもしなくなる。

 

そんなアホなテテ親である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セクシー男優はこう述べている。

 

 

”一人の女性を浮気せずに抱き続けるオトコ。”

 

その数およそ1000分の3人。

 

 

 

 

どこからこの数字が出てきたかは定かではないが、

これが現実なのではないか?と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、あまりにも悲しすぎる現実である。

 

 

 

結婚の定義とはなんなのか?

 

 

 

 

なぜ昔の時代にくらべて、一人だけを愛することができなくなってきているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

これこそがまさに”時代”というものであるというのか。

 

彼に振られてからというもの

私はずっと落ち込む毎日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜか夜がくると必ず発作が出た。

泣く-喚く-過呼吸に陥る-疲れる-ぼーっとして意識がこちら側にはない

の完全なるループである。

 

 

 

 

 

 

 

医者に処方してもらった薬を飲んでも、すっきりすることはなく、ただただ毎日

同じことのくりかえし。ただただひたすらに しんどかった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてあっという間に過ぎていった慶太君とのhappyな思い出が

ぐるぐると頭の中をかけめぐるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母はそんな私とずっと一緒にいた。

 

医者には隔離病棟での入院も勧められた。

 

 

 

 

 

母はそれを完全拒否。

私もそれだけはなぜだかイヤだった。

 

 

 

 

 

それから、本格的に病はズッシリと私にのしかかった。

近くの居酒屋でバイトしていたわたしは、

職場でぶっ倒れたことをきっかけに

ついには仕事すら出来なくなっていった。

 

 

 

わたしは家に独りでいることもつらく、母も仕事をしていたが、

私から目を離すことができなくなり、母は私につきっきりになった。

 

 

 

 

 

 

 

紹介が遅れたが、私の母はこの頃どうしようもないわたしのテテ親と離婚。

母もまた現在の私と同じくシングル、こちらは娘あり。だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハナシは戻って・・・

 

この一連の事件で私の恋愛、人に対する関わり方は変わってしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じような辛い毎日から約5年。

 

 

 

 

母や、一番の親友であるsakiの支えのおかげで

見事に解離性障害に打ち勝った。

 

 

 

 

本当に長すぎる5年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、

 

人はどうして恋をするのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

インターネットで検索してみると

 

 

 

 

 

子供をつくるため?

そのために、異性同士が惹かれあうための仕組み(機能)が必要だった?

 

 

 

とある。

 

なんとも夢のない話だ。

 

 

 

 

 

 

しかしながら、自分の遺伝子を残すことが人生の最終目的であるから

この考えは間違いではないと。

 

 

 

 

 

 

 

でも、世界にはあのキャリアウーマンの言うように35億のオトコがいて

自分に一番合うたった一人のオトコを選び出すなんて不可能。

 

 

 

 

 

 

”つまり、人は皆、ある程度満足いく相手で我慢しなければならない”

のだと。

 

 

 

 

 

 

 

それでは本当に運命とめぐり合うことはできないのだろうか?

 

 

 

 

恋とは妥協していいものなのか?

 

 

 

 

 

わたしはまだ、諦めてはいない。

 

 

 

 

今からさかのぼること10年前。

わたしは過去1大きな恋愛をした。

 

 

 

その彼は同じ年の高校にはいってない彼であった

慶太くんである。

 

 

彼は友達ayaの紹介で知り合うことにjなった。

彼は背中に哀愁があり、みんなが当時騒ぎ立てていたイケメンだった。

 

 

 

背もすらっと高くイケメンながらにも、まったくツンとしない鼻にかけないタイプのオトコだった。

 

 

紹介してもらってからは毎日のようにメールをし、デートにさそわれることを心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

あれは夏の暑い日、夏恒例デートの夏祭りに出かけた

初めてあった私は思わず一目ぼれをしてしまった。

 

 

 

 

何度かデートをし、勇気を振り絞って告白し

晴れて慶太くんの彼女になることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがしかし。3ヶ月を過ぎたあたりで突然見事に振られたのであった

 突然のことでわたしはぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから私のメンへラが長期にわたって始まったのである。

 

 

病名は解離性障害であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

くづつ・・・