先週末から色々あって………
ずっと仕事休んでたあせる

体の事とかもあって、
そうゆう事とか色々重なってホント大変だったよ。


でも、もう大丈夫って言ったら嘘になるけど
前に進まなきゃいけないと思ったから。


そんなこんなで今日から出勤します得意げ
暇なんで誰か店に来てください(´∀`)


サヨナリ~にゃー
ななな、なんとっΣ( ̄□ ̄;)

とうとう………
二十歳になりましたぁハートハート

そしてぇ、

北24条のトゥエンティーフォーで……
自身初バースデーイベントが9月4日にあります(´∀`)


自分と関わりある人は絶対こいニコニコグッド!

『心』

周りに居ないですか?
他人を傷つけ、自分も傷つき
後悔し、いつまでも引きずってる人が

その人に言ってあげてください。
心の問題はあなたが解決してあげて。


人言うのは、姿形があって人です。でも形は形。
“表”の部分でしかないんです。

“裏”の部分、むしろ一番肝心な“心”ですわね。

時にね、“器”が邪魔して見えないんですよ。

肝心の中身がわからんのです

生きてる限り、人の中身は全ては見えないけれど、

人が“器”を失くせばどうだろう?

何も隠さず、それは純粋なものとして、

時に悪意。
時に無念。
時に後悔。

時に感謝。
時に敬意。
時に愛情。

“心”を救うことで、“魂”も救われると。

人の体は、医学が進み、どんどん病気も治せるようになり、人は救われてきた。

人の力で、医学は進歩し、社会は発展し、今もまだ成長を続けている。

だけど、人の心はどうだろう。

心の治療法はあるか?
心の発展は?
心の成長は?
人はそれを解明できたか?

誰も明確な答えは出来ないだろう。

人の心は人の心にしか救えないものだ。

人を傷つけるのは人であり、人を救えるのも人でしかない。










『命』

それはなんであるか。

ちょっと考えてみてください。



「たまにいない?

“自分の命なんやから、好きにしていいんだべ?”

って奴。
俺あれ聞くたびに、勝手にしろって思うわ」

そういった人に、
“何言ってるんだい!!バカ言っちゃいかんよキミ!!”

…………って、言ってやるほど偉くもなく、言ったところで、命そのものの意味を理解できない人に、言っても無駄だと思っているので。


ある人が筆を出し、紙にちょんっと点を書いた。

「この点見てください」

これがどうした?

「これを“命”としましょう。
この点、今どうやって“点”になりました?」

…………ん?

「あなたが書いたから?」

「そう、私が書きましたね。命というのは、そういうことですよ」


俺は…一瞬なんだかわからず、えぇ??って顔してたと思います。

「この点は“点自身”が作ったんちゃいますやろ?
今、私が書いたから点になったんです。

命も同じで、今あなたたちが生きてるのも、同じように、
“何かの働きがあって”
今生きてるんです。

それは、あなたたちのご両親。

そのご両親も同じくして生まれてきたんです。

ひとりで生まれてはこないんです。

それを“自分の命やから、何してもいいですよね”

こう思うのは、とんだ検討違いやということです。

あなたがた自身が、
“どのように命を授かったか”

そこをよく考えていただきたいところですわね」

そう、言われました。

もう一度、自分の命のこと、考えてみてください。

命に格差なんてなく、みんな等しく重みのあるものだと感じてください。









『人生』

人それぞれ、できることできんこと。
守り方も生き方も、全てにおいて、“その人”しかできんのですわ。
人それぞれ皆、自分で道を作っていくんですわ。

失敗も道、成功も道。

全部“自分の人生って道”なんやで。

ぐねぐねしてて、でこぼこで、曲がって、のぼって、おりるとみせかけて落っこちても、それも道かと思うと、その先にあるのは、なんやろか?

真っ直ぐ障害のない道でも、行き着くところが、

『自分、幸せやったな』

と、思える道とも限らないわけで。

俺がこれからどんな道か。

真っ暗かも、明るいかも。

立ち止まるかも、道かえるかも。

変えてもそれは、やっぱり人生で。

どれを選ぶにしても、後悔しない道さえ選べば、

『あ、俺、けっこう満足な人生だったかも』

そう思って死ねたら幸せじゃない。













サヨナリ~~~(T_T)/~