カンボジア一日目ではなく、帰国日(25日)のことを書きます。

シェムリアップからソウルへの飛行機はみんなばらばらの席やった。

これでホンマに終わりやねんな、と思った。

寂しくて、悲しくて、寝たくなかった。

うちと反対側の窓側の席に座ってる友達をガン見したけど、全然気付いてもらわれへんかった。

隣のおばちゃんは「早く帰りたい」と言ってた。

「料理に出てきた果物はおいしかったね」とも言ってた。

うちはIKTTで果物が木に成っているところから切る工程も見て果物を食べた。

カンボジアでは果物は出てくるものじゃなくて、実が成ってたら食べるものやと思った。

日本じゃ考えられへんね。

スーパーで売ってる果物は誰が作った果物かわからんもん。

窓見てたら悲しくなってきた。

カンボジア人もあの月を観てるねんな、とか

ああもうすぐ現実に直面するんか、とか

お別れかとか。


空港に行くまでは、カンボジアを去ることがさびしかったけど、

どんどんカンボジアで出会った人と別れることがさびしくなった。

一週間やったけど、土佐弁が移ったがや。

あの子の嫌なところも許せちゃうし、それに触れられへんのすら寂しい。


特に、他の子はミクシーでつながろうぜ!って言ってたけど、うちはミクシーやってないから

ホンマに最後。


一週間、同じ土地で一緒に初めての体験をして、同じことを感じた10人。


カンボジアの貧困を目の当たりにした。

けど、日本も貧困。

金銭的に海外に行ける人と行かれへん人がおる。

だからカンボジアでこういう経験ができるのは限られてる。


カンボジアはどこに行っても、貧困が目に見えたけど、

日本は隠れてる。

でも、大阪城とかにホームレスのおっちゃんが出ててボロが出てる。



結局、飛行機では寝てしまった。


さみしくてさみしくてはちきれそうやった。

本来の目的とはずれた。

カンボジアに行ってよかった。



ソウルではみんなダウンしてた。

寒かったし。

一週間ぶりくらいに自然の寒さを感じた。

ホテルで同じ部屋やった子がエアコンを16度にした寒さとは違う。

日焼けではなく、寒さのために長袖を着た。


反対側の窓側の子は吐いてた。

そりゃ、目も合わんわな。


ソウルの空港で何人かは寝てた。

寂しかった。



土佐の子に土佐弁うつったわ、と言ったらうちも大阪弁うつったと言われた。


京都の子に学校の話をした。

またどこかで会える、会う。

その間に、他の子たちは今までの写真を見てた。

最初はみんなさぐりさぐりでピースも小さかったのに、

最後は思いっきりピースしてて、

うちは髪質が変わったらしい。



そのあと、空港の店をぶらぶらした。

いつの間にか店がいっぱい開いてた。

店員さんがうちの大学を受験したらしいけど、落ちたらしい。

行きで中国語は手表は時計って意味かって話したことが懐かしかった。



みんなで最後に記念写真を撮って、

成田組は解散した。


多分、もう会うことがない人もおる。

それにしても、ミクシーってえらい社会に飲み込まれてるな。

やってるってだけで社会とつながってるって感じがする。



関空へ出発の時、

ダウンしてる名古屋の子を置いて関空に発った。

後ろには同じ部屋の子がおった。


知らんうちに寝てて、起きたら窓のカバーが閉まってた。


着陸してすぐに携帯の電源をつけた。

メルアドをカンボジア語にしたい。

テスト返ってきてるわーとか話した。

団関係のメールとか送って、ちょっとずつ現実と絡んだ。


バス停でまともなあいさつもできひんまま関空組と解散した。


京都と土佐の子とメルアド交換した。

土佐では携帯をつつくって言うらしい。


みんなバイバイって言って別れた。

さよならじゃない。

でも、きっとさよなら。



上本町まで行くバスが通る道が都会すぎて笑えた。

ビル多すぎやろ。

そもそもシェリムアップには高速がないしな。

対向車との境界線とか合ってないようなもんやったけど、

日本はがっつり分けられてた。

カンボジアで乗ってたバスは整備された道でもガタガタしてた。

シェリムアップは、家は小さいけどその代わり家と家との間は空いてるのに

日本は小さい家が敷き詰められてるからな。

ガイドさんは、8km離れた学校まで歩いてたって言ってたけど、

大阪から二時間くらいかけたら滋賀や奈良に行けるねんから

大阪から出て行ったらいいと思う。

うちは大阪好きやから出やんけど。


フラワーカンパニーズの深夜高速が響いた。

携帯片手にアイポッドで音楽聴いて、すぐに元の生活になじんだ。



最寄駅から家に行くまでも、アスファルトで整備されてた。

ここがうちが育った場所。



家の床がしっかりしてて、いつ抜けるか心配せんでいいし、

お昼ご飯の準備してなくても、10分待てば食べれた。



家には新しいテレビが届いてた。

家がやけに小さく感じた。



カンボジアよりも寝心地がいいベッドで寝た。


久しぶりにお風呂に入った。

トリートメントもした。髪質が戻った。

シャワーのお湯を飲んでしまっても何の心配もせんでいい。


ずっとずっと一緒に旅した9人のことを考えてた。

カンボジアに戻りたい、シェリムアップに戻りたかった。



親に写真の説明をしたけど、

ホンマにうちが感じたことは話さんかった。


カンボジアで得たことをどう生かしたらいいんか、

何を得たかがまだわかってないけど、行ってよかった。


とりあえず、視野が広がった。


使ってない部屋のコンセントを抜いた。



この旅に参加したうちを含めた10人に出会えたことはすごい確率やと思う。

一週間前まで他人やった。

もしかしたらこれからも他人やったかもしれん。

温かく迎えてくれた現地の人。


すべてが恋しい。



日本が嫌やった。シェリムアップの方がいい。


「日本人が忘れてる何か」もそろそろ「日本人が知らない何か」になる時代やな。



デスクトップの背景をみんなで撮った写真にした。



みんなに出会えてよかったし、カンボジアに行ってよかった。



カンボジアで貧困の現実を目の当たりにしたくせに、

日本の豊かな現実を逃避するとかうちは何かおかしい。

日付変わっちゃったけど、26日の内容を書こうと思う。

この日記の次にカンボジア一日目の日記を書くから順番がばらばらになると思う。

名前適当につけたけど、大阪人ってめっちゃださい。


このブログはカンボジア日記です。

18日から25日までカンボジアに行ってました。

そこで感じたことや思ったこととかを書いていきたいなーって思っています。



今日の朝、朝起きたらこれが現実かと思った。

寒くて喉痛かった。

日本はまだまだ寒いな。

シェリムアップに戻りたいし、一緒に旅したメンバーと一緒にカンボジアにおりたい。

オークンチュラン(ありがとうございます)とか言いたいし、暑いとか言いたい。

みんなに会いたいよー。


現実逃避と毛布の気持ちよさからずっと寝てた。


カンボジアでは冷たいご飯しか食べてなかったから、

できたての白米が食べられることが幸せやった。


水道の水で歯磨きもうがいもできる。

その水は全然濁ってない。

机には細かい外貨がおいてある。


家の階段を登り降りしてもきしきし言わんと、しっかりしてる。


バイトに行くために外を歩いたけど、

アスファルトで整備されてて、歩いてる感覚がなかった。

カンボジアはほとんど土やったし、

バスに乗ってても地面の上を走るバスに乗っているという感覚があった。


アスファルトは人間が作った道で、

カンボジアの田舎の道は自然のままの道。



何もかもが規則正しくて、それがホンマに必要なのかと疑ってしまう。

必要やからあるんやろうけど。


バイトに行く途中、

カンボジアと日本の共通点を探したけど、何も浮かばんかった。


一週間ぶりのバイトは何も変わってなくて、

それが居心地がよくて、温かかった。

日本も捨てたもんじゃないね!


お土産も渡した。タバコは不評やった。


カンボジアのレストランの伝票は手書きやったけど、

うちはハンディーで伝票を打った。



モツ煮込みがカンボジアっぽいと言えばカンボジアぽかった。


油でべとべとになったお皿を洗った。

日本はホンマに油料理が多い。


バイト先の浄水器から出た水をコップに入れて、

氷入れて飲んだらおいしかった。

贅沢やった。

カンボジアにおった小学生くらいの売り子と違って、

お客さんに呼ばれたら(ホンマは呼ばれる前に行かなあかんけど)仕事をすればいい。

言ってしまえば、待っていても仕事はある。


カンボジアの売り子は必死に必死にバスまでの間うちらに商品を売った。

何も言ってないのにどんどん値段を下げて行った。

商品は半額以下の1ドルになったけど、うちは買わんかった。

1ドルのものを売るためにもこんなにも必死や。


うちは、お客さんの空になりそうなグラスを見ておかわりよろしいですか?

と聞くだけで500円(5ドル)くらい売った。


うちは五時間でカンボジアの公務員の月給を稼いだ。




ななしのブログ


写真はカンボジアのタクシー、トゥクトゥクです。

オートバイに観覧車の窓がないようなものがくっついたもの。

歩いてもいけそうな距離やと1ドル。

その1ドルを稼ぐために

「オネエサンカワイイネ!」とやたら声をかけてきたおっちゃんたち。


日本のタクシーを見て、もし日本にトゥクトゥクがあったら、

芸能人は顔をさされて写メとられるやろうなと思った。



カンボジアの人は生きるために働いているように見えた。

生きるために働くという選択肢しかないんやと思う。

生きるために働くのか、働くために生きるのか

二つも選択肢があるのは恵まれている。



添乗員さんいわく、「いただきます」「ごちそうさま」という言葉がある国は日本だけらしい。

誰が作ったものかわからんものであふれてる日本でこそ大切な言葉やなと思った。