どんな仕事でもそうだがまたまただが昔の日本人は俳優の方々もそうだが.血がまじるまで自分をつめうちこんだ・・・きょう夜テレビTBSをみたらいま一番人気がある国民的「アイドル」女優が特集されていた。 だれからもうしろだてされず自分の足でたちたい.俳優として自分にこれといった得意なものがないといっていた。

あんたやめれば? とおもった。
時代が時代だが「必ず勝ちます」と事務所を訴えていた有名な女性タレントもいるが

どっちもどっちである。嫌だったらやめればいい。「きれいなだけ」はもういいのだ。どんことがあってもいまの自分がある.無名の自分を売り出していただいたのはプロダクションなのだ。どんなに才能がすごい人でも一人の人間としてはちっぽけなものなのだ。とてつもない義理と感謝が必要だろう.そんな哲学もなくちゃほやと 立場をわからさせていない プロダクションもブロダクションだとおもう。しっかりコミニュケ―ションもとらずに尊重せずに影で動き札束だけの値だけではからずきっちりとディッシュカッションをやり「一番最初の段階で」その人たちの各才能を探しだしそのひとの得意分野で導いてあげなければならない。そっちのほうが本人も幸せになるしながつずきするしプロダクション側も「永久的」な金儲けができ互いに潤うだろ。

これだけ沢山の可愛いだけの「アイドル女優」はもういいだろうパンチ!

もさいまさこさんみたいな「できる」女優さんが必要なのだ。

可愛いい.きれいなだけはもういい。

先日 映画涙そうそうを観たが本当によかった。キャスティングは私の嫌いな方ばかりで最初は観るのに抵抗はあったが皮肉なことにそれらのキャスティングの方々しか「できない」本当にいい演技されている。驚いた。うまくはまっている。そういった「人のいい」日本人が本当にいるからリアリティがある。だから作品に引きずりこまれる。ずっと私は妻夫木アレルギ―だったが(大河は漫画みたいだったがあれは許せなかったが)この妻夫木氏の役はこの人しかできないあっけらかんとした人間臭いとてつもなく.いい芝居をされてた。映画マジックアワ―もそうだったがこの人はこういう役柄は天才的かもしれない。役者だからなんでもこなさなければという気持ちは分かるし必要だがただ自分のできない.苦手な芝居をやるより自分にあった.得意な役柄がはまるととてつもなくいい芝居になる.気持ちと思いいれ.リアリティがでると改めて感じた。
18歳から30歳まで北陸にあるためか墓参りはしたことがなかった。あのしめっぽいふいんきが嫌だった。自分は燃えつきて死ぬのだから墓は関係ないと若いころは思っていた。(髪もおしりまで伸ばし髭も伸ばし放題だった時だから法事すら何十年もいかなかった)伯母が亡くなった30近くのころに墓参りを何十年かぶりにやり心が深く落ち着き心の故郷に帰ってきた.基本に戻った感じがした。
それから毎年は.父親が亡くなってから毎年二回は必ず北陸まで墓参りにいく。心のなかで会話ができる。
実家に帰り母親が神棚や仏壇を汗を流しこまめに掃除をして 仏壇に毎朝声をかけ 神棚に何度も深々と頭をさげっている姿をみると東京でながく生きてきて善人とはいえない生き方をしてきてながく忘れていた哲学の部分.大切な基本を母親の後ろ姿で教えられる気持ちがする。