今を遡ること33年前、バブル絶頂に差しかかろうとしている1988年4月に証券会社に入った。
約10日程の研修の最終日に行われる赴任式で初めて初任地を知ることになる。
札幌支店を皮切りに支店単位で赴任する人員の名前が読み上げられ、南の支店へと降りて行く。
東京の大学を出た僕は関東での支店を心の奥で希望していたがなかなか名前が出てこない。
横浜の支店の発表が終わる頃に関東での勤務は諦め、名古屋あたりか??と思い始める。
豊橋、四日市、名古屋、名古屋駅前、岐阜…呼ばれない。
関西はあまり知らないけど面白そう
滋賀、京都、和歌山の店舗が終わり、大阪府内の店舗が終わり神戸でも呼ばれず…
あぁ、九州出身だからそれに近い山口から以西なんだな…と思ったところで名前が呼ばれた
姫路支店●● ○○ ハイ!と返事をしながら姫路ってどこ??姫路って四国???(気が動転して愛媛と勘違い)
気が動転してオロオロしてるし当時スマホやネットはおろか携帯すら無く調べる術がないので新幹線のホームで同じ支店に指名された同期に聞くまで兵庫県だとは理解することが出来なかった。
新幹線の中で話すと、同期の名前は佐脇章二といい三重県出身、大学は東京、同じ一浪だったとのことで同じ年、そして気になるのは当時で言うソース顔でカッコいい。
二人で支店デビューするのに片方がカッコいいとなると、チャラチャラと遊ぶことなく仕事を覚えることに集中できると心の中で無理に自分を納得させる約3時間の旅。
姫路駅を出ると駅前からまっすぐ伸びる大通りの正面にライトアップされた姫路城がデンと構えており、その見事さに圧倒された。
夜8時前ぐらいに支店に到着すると社員の7割〜8割の人達が帰らずに残っていてくれて歓迎してくれた(たぶん今年の新人の顔を見ようと残っていただけだと思う)。
本社で採用された二人とは別に支店採用の女の子の同期が5人いた
結構どころかすごい美人の中村倫子 これが顔に似合わずなかなかのおっちょこちょいで面白い、佐脇が相当アプローチしたが結局落とせず仕舞い。運動が得意そうな長野康子 車を持っていなかった頃たまに打ちっぱなし行ったり会社の行事なんかにな乗っけて行ってくれた、長野とは今でもたまにLINEのやり取りがあり皆んなの様子を伝えくれ、長野とのやり取りは懐かしい思い出が蘇ってきてとても楽しい。 かわいいタイプの永田和美 なぜかザ・ピーナッツの恋のバカンスだけハモれるので飲みに行ってカラオケになるとよくこの歌でデュエットした。運動神経はあまり良さそうじゃないがスケートで後ろ向きに滑る姿を見て感心した。 以上この3人が短大卒なので学年でいうと3つ年下。
実際にはそうではないのだけれど少しだけヤンチャそうに見える中本留美。 とても純朴そうに見えてやっぱり純朴な信田純子 この2人は高校卒なので5つ年下。
新●本証券 姫路支店の昭和63年入社はこの7人
みんな仲良く均整のとれたメンバーだった。
到着当日はこれからお世話になる課長(木内義秋課長)が新人二人を連れてスナック?といよりはクラブに近い??来夢来人(ライムライト)という大きな飲み屋街だと一軒はありそうな名前の店に連れて行ってくれた。
光景だけは覚えているが緊張のあまり話の内容は全く記憶に無い。
いよいよ社会人としての生活が始まる。
姫路支店は人員50人ちょっとの会社全体の中では中規模の店舗。営業課は二課体制で、一課がベテラン部隊、二課が若手部隊といった具合。
他に財務相談課(店頭対応中心の女性部隊)、証券貯蓄課(いわゆる保険のおばさん的な方々)、あとは総務課。
一課の人たちはバリバリ、夜遊びもバリバリ。毎日のように日付が変わる頃まで飲んで、たまには二日酔い状態で午前中は自分の机に突っ伏して過ごしていても一日おわれば数字を獲得して仕事を終えてまた飲みに行く。特に鈴木幸三さんと増田悟(後に岡山支店や岐阜支店でもご一緒することになる)の成績は際立っていた。
若手中心の二課は6人、一つ上に森靖さんと増田基弘さんという先輩が二人がいて、実はこの二人自体はそう仲良くはないけれど各々別々に可愛がっていただいた。
仕事が終わって自分の部屋に帰るとスナックにいる増田さんから電話が入り呼び出される、酒は好きだし増田さんの話は面白いので疲れていても全然いやじゃなかった。いつも「貸しだぞ」というけれど増田さんが転勤するまで一度も返した記憶はない。
森さんとは飲みに行くこともあったけど、土日に森さんの部屋に自転車で行き、昼から夜まで飲むことが多かった。遊びに行って話してるうちに高校時代に留学したことで一年留年した事を聞いた、また別の時に都立八潮高校出身という事が分かった。
聞いた瞬間 心の中で「なんだとーーーっ」と叫ぶオレ。実は世の中で薬師丸ひろ子が一番大好き、森さんが留年しているということは高校卒業はオレと同じ年次→薬師丸ひろ子はオレと同学年→薬師丸ひろ子は八潮高校卒→森さんと薬師丸ひろ子は同級生!!
その日のうちに森さんから高校の卒業アルバムを借りて帰った。ずーっと借りっぱなしでそのまま借りパクして家宝にしようとも思ったけど、いかに鬼畜な証券業界に入ったオレにも一滴の人の血は残っていた。森さんが転勤になった時に泣く泣くお返しした。
その二人に教えてもらったお店がいくつかあるけれど、とても印象深いのが二軒ある。
一軒めは魚町の入り口付近の晶多弥(あきたみ)、ここは和食とも洋食とも言える料理を出してくれる個人経営のレストランで、当時ウチの会社と太平洋証券の若手から中堅にかけた社員がよく来ていた。おかげで太平洋の社員ととても仲が良くなり、人数が足りないからとソフトボールに駆り出されその時の写真が社内報に載ったことがある。支店長にも顔を覚えてもらい、その支店長が太平洋の本社に役員として転勤後にたまたま姫路に出張で来られた時に声をかけてもらい飲みに連れて行ってもらった。
晶多弥の話に戻ると、実はこのお店 ツケが利く。
バブル期の証券マンと言えばたんまり給料を貰っていそうだけどホントのところ給料は至って普通、先輩方のボーナスは確かに多かったけどこちらはまだ一年生で金一封をもらう程度だったのでこのお店は大変助かった。
マスターは少し変わった人で明治大学時代に弁論部に所属、卒業後何故かシェフを目指してこの店を開く直前には新橋の第一ホテルのレストランのナンバー2まで行ったとのこと。頑固で口調はキツかったけど気に入れば面倒見がよく、ツケは利くもののこれ以上溜まると給料でも払いがきつくなりそうな時は閉店後、お弟子さんらと一緒にまかないを食べさせてくれた。
ゴツくて大きい顔…ゴジラ松井に似てたなー。陽子さんという明るくて小柄でとても可愛い奥さんなんだけど、どうやってマスター結婚できたんだろう?
後に僕は姫路で結婚式を挙げる訳だけれど、このマスターに式の司会をやっていただいた。
感謝、感謝、大感謝 恩人である。
先輩二人に教えてもらったもう一軒の印象に残っている店はシルクロードというスナック。
姫路の飲み屋街の一番外れにあってサヨちゃんというママが一人でやっているお店だった。
店内が暗めの照明だったのではっきりとした年齢はわからないけど当時の我々よりは10歳ぐらい上だったのかなぁ。
何回か行ってるうちにサヨちゃんは宮崎の土々呂出身という事がわかり、同じ宮崎出身の自分はとても親近感が湧いてきた。
小柄で細身で黒髪のストレート、すごくおっとりしてだいぶ天然が入ったママだった。でも他の店よりも値段が安いしだいたいすいていたので週に2〜3度は行っていたと思う、一回あたり3000円ぐらいだったなー。
給料日前のお金がない時などは「いま●●●円しかないからビールだけ飲ませて」とお願いして瓶ビール飲むだけて帰ったりしていた。
自分に後輩ができた後は後輩連を連れて行き、後輩たちも同じようにこの店を使っていた。
大変残念なことに姫路在籍の5年半の後半で店を閉めてしまった。
晶多弥で晩飯食べてシルクロードで飲んで歌ってそれでもまだ飲み足りない時は更に町外れにある梵天という店に立ち寄る。
最初にこのお店に入ったのはいつものようにシルクロードを出て家の方向に自転車をキコキコ漕いでいると何とも魅力的な赤提灯が目に飛び込んできたから。
本当に街の外れの方にあるものだから辺りにはネオンや看板などの灯りが全く無く、赤提灯が一段と映えて見え、吸い込まれるように店に入った。
店の造りはカウンター席が6〜7席のみ、カウンターの向こうには雇われ女将(と言ってもまだ25手前)が料理を作ったりお酒を出してくれたりする。
しばらくして分かったことでこの女将は先に書いた支店採用の同期の中村と小中同級生だったとのこと。女性としては大柄で身長はオレとあまり変わらなかった、名前はゆりこちゃん(苗字忘れた ごめん)、仕事での新規開拓の件数が足りない時に口座作ってもらったりしてとてもありがたかった。
これだけの説明だと立派な小料理屋を想像するかもしれないけれど、実際には建物は古くて中はとても狭い。奥のお客さんが帰る時はみんな上半身を前に倒して通りやすくしなければならないほど通路が狭く小さい居酒屋を想像してもらった方が現実に近い、味は庶民的でとても美味しくてここもまた値段が安い、よく行くものだからすぐに常連になった。
半年後ぐらいか?理由は知らないけれどいつの間にかゆりこちゃんから女将が代わってしまった時にはとても残念に思った。
常連さんのことを何人か覚えている
少し太めの女性、その友達の細めの女性、この二人は5つぐらい年齢は上だろうか?後にこの細めの女性は会社の後輩とお付き合いをした。2〜3つ上だと思われる細身の男性、後にこの男性は太めの女性と結婚した。塩町の卍というクラブでホステスをしていた成子ちゃん、この子は同じ歳ということで流行っていた歌手やテレビ番組の話で店が閉まる時間までよく話をした。
梵天で知り合った人の中に他のお客さんとは少し違う雰囲気の人が一人いる、平野さんと言って当時50歳手間ぐらいの男性で実はこの方 平野さんと言って この梵天のオーナー、そして姫路では結構有名なサバーバンというパスタ屋さんのオーナーでもあった。
しょっちゅう来てるようではなかったので店の様子を見に来た時にたまたま知り合いになったのだと思う。この方、梵天の他にpaixというショットバー、あと看板を出していない入りにくそうな居酒屋など経営しており、そのお店にも時々行くようになった。
平野さんには仕事の面でもお世話になりお客さんになってもらったのだけれど世はバブルが弾けつつある頃で株式相場は下り始めだったので儲かってもらうことはできなかった、とても残念だ。
常連さんの太めの女性、後にゆりこちゃんの代わりに二代目の女将になることになる。既に顔見知りだから二代目になっても変わらずよく飲みに行った。
梵天で飲む時は常に一軒ニ軒立ち寄った後なのでだいたいいつも店を出るのは12時を超えており泥酔状態、毎回よく家まで帰り着いていたものだと思う。
そしてもう一軒がスナックの異府(いふ)
このお店は晶多弥で知り合った太平洋証券の総務課に勤めていた平井さんという女性が会社を辞めて開いたお店、飲み屋街魚町のメインストリートに面したビルにあって値段は少々高かった。キープしていたボトルが無くなるといつも「ヘネシー入れてー」と言われて薄給の中渋々高い酒のボトルを下ろしていた。
晩飯を食べながら知り合いになった平井さんは気心が知れており、楽しく飲んで歌うことができたし、しかもツケが効いた。これが良くなかった、姫路には5年半ほど勤務していてボーナスの度に支払いしていたけれど最後に川崎に転勤する時に30万ほどツケが残っており、当然払える訳もなく転勤後に分割で払って何とか払い終えることができた。
異府では一度事件が起きた 二つ下までの後輩と一緒に5人程で飲みに行った金曜日、川口裕司という後輩が酔っ払いすぎて突然裸足で奇声をあげながら店を飛び出していった。しばらくしても戻ってこないためお店周辺を手分けして捜索、見つからない…、マンションに行ってインターホンを鳴らしても鍵がかかって反応がない、携帯など無い時代だから平井さんは朝までお店に残り連絡の中継をしてくれた。結局川口は自分の部屋に帰って眠り込んでいた、大量の酒のせいでインターホンやドアをノックする音さえ全く聞こえないぐらい深く寝ていたらしい。
転勤してようやくツケも払い終わった頃に川崎から岡山へ異動になった、比較的近いものだから姫路の友人達に会いに行くたびにこの店を使ってしまうものだからまた5万ぐらいのツケが溜まってしまった。あれから約30年、その5万を払った記憶が無い。
若かりし社会人一年生から5年もの間過ごした兵庫県姫路市。
同時毎日目にしていた姫路城が修復工事にて建立された頃の姿に近くなったという、また年月が過ぎれば真っ白な城壁も燻んで行くと思う。その前に一眼見ておきたくて夏の休暇を使い行ってみようと思う。
訪問前に、過去にお世話になった店や思い出の店についてネット検索してみると 見事と言っていいほどほとんど何もヒットしない
自分の記憶にあるだけでは本当に忘れられてしまう、いつだれがこれらのお店の名前を検索してくれるかも分からないが、文字にして残しておく。
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