01.22
膝の負傷から3日
劇的な回復を見せてくれてる自分の身体が嬉しい。
当たり前に歩いていた毎日に感謝することに気づき、かつ「ありがとう」の言葉のパワーを知ってるから
アタシはこの怪我をした直後から怪我にも「ありがとう」と言い続けている。
でもこの回復力にはこんなエピソードもある。
昨日、伸びない膝のまま仕事へ。
保育士は小さいクラスになるほど正座がつきもん。
しかし膝がまげられないアタシは
朝子どもたちに事情を話し「ごめんね、だから治るまでイスに座らせてもらっていいかな?」
と尋ねた。
どんな反応するのかな、わざと触りにくるのかな、なんて思っていたら
「先生、ひざイタイイタイだったんだて!」
「どうしたら早く治るかな~」
「ん~…」
と子どもたちで話し合いが始まった。
しばらくしてひとりの子どもが
「そうだ!いたいのいたいのとんでけすればいいんじゃない!」
と、提案した。
その提案に「それいいね~!」と意見がまとまった様子で
ひとりひとりが順番でさすりにきてくれた。
アタシは
「幸せやね~、ありがとう」と全員へ伝えギュッと抱きしめた。
そして今朝
「先生、膝治った?」
としっかりもののしーちゃんが言った。
「みんなのお陰で昨日よりいい感じよ♪ありがとね」
その時、本当に昨日より痛くなく、昨日よりもスムーズに歩けていた。
「みんなー!先生昨日よりいい感じなんだって!今日もいたいのいたいのとんでけすれば治るかもしんないよ!」
といってしーちゃんはみんなを集め、昨日同様にみんなで魔法をかけてくれた。
「みんなにこんなにしてもらって、先生幸せやね~、ありがとね」
といいながら気分は既に治っているようだった。
午後には、昨日できなかった膝をつくことや
8~9割膝を伸ばすことができるようになった!
1週間たっても膝が伸ばせなかったら病院へ行くことをおすすめしますといわれたこの膝は
「ありがとう」というおまじないの言葉と天使たちの魔法によって劇的な早さで完治しようとしている。
子どもたちは本当に天使やね、ありがとう。
こんな天使たちをいつまでも見守ってあげたいな、と思った今日の日記はこれにておしまい。
Going my way..Going my life,,☆
2013.01.20
自分のおっちょこちょいで膝を負傷。
幸い血も出てないし、ゆっくりなら歩けます。
まだまだ痛くて膝は伸ばせず
渋谷から帰るのもやっとこさ状態だった
今日こうやって生活してみて
そういえば…と、おばあちゃんの気持ちが少し解った。
自分のおばあちゃん含め、街で自分より先を老人が歩いていた時
もうちょっと早く歩いてくれんかな、と思うことが時々ある。
今のアタシは、その老人たちと同じ状態。
階段や電車の乗り降り、エスカレーターや人ごみのなか…
当たり前に歩いてた昨日までと同じリズムで歩かなきゃ
大勢の中でひとりゆっくり歩いていると
迷惑がかかってしまうのが解る。
背中と心では
"すみませんね、ご迷惑おかけします。本当は早く歩きたいんですよ、でも膝が痛くて歩けないんです、ごめんなさいね。"
と思ってた。
本当にそう思う、でも本当に痛くて歩けない。
じゃぁ、街のおじいちゃんおばあちゃんはどうだろうか。
わざとゆっくり歩いてるようには見えないし
きっとあのペースが精いっぱいなんじゃないかと思った。
そこに気づくと、今度同じ状況に遭遇した時"もうちょっと早く…"なんて思わずに
おじいちゃん、おばあちゃんを素直に受け入れられる。
今回膝を負傷したことは一見不幸に見えがちだけど
膝を負傷したことで人の気持ちが解った。
解ったことによって、おじいちゃん、おばあちゃんに優しくなれる。
膝は時間が経てば直るけど、気持ちって自分が気づかないと気づけない。
それに、当たり前に歩いてることは幸せなんだと感じた。
健康で五体満足に生きている毎日がとっても幸せなんだと解った。
だから膝を負傷したことは不幸ではなかった、というのがアタシの結論。
幸も不幸も自分の心が決める。
アタシはね、幸せの中に生きてるの♪
09.17 2012summer 中編
大好きなMy homeへ帰省♪
空が広くて空気が澄んでて、山の緑と海の潮の香りが何とも懐かしかった。
このために帰ったと言っても過言ではない。カンパチ漬け丼♡
海の幸と野菜、素材の新鮮さは東京に余裕で買ってる。これ食べて育ったからファミレス料理とか食べると、後から具合悪くなるw
とれたて、ビタのカンパチを大好きなみんなにも食べさせてあげたい!!
ホルンフェルス
地元の自慢のひとつ。教科書にも載ってるよ。崖の上から見るのもいいけど、サチは海の上から眺めるのがスキ。
屏風岩
この自然の壮大さに息をのんだ。大きな屏風岩とそれよりももっともっと大きくて広い空と海を体感できる幸せな環境に生まれたことに、心からの感謝を。
地元に帰ったらさ、我が家が好きすぎて本当にどこにも行きたくないんだよね。縁側で庭と空を眺めながらJAZZをかけて昼間っからワインを飲んでたいの。大好きな、愛する家族と一緒に最高の空間で最高の時を過ごす、まさに幸せのひとときとはこのことではなかろうか。
日々、色々な事があるけれど、みんなに親切にして頂いてる幸せ、想ってもらってる幸せ、可愛がってもらえる幸せ、愛してもらってる幸せ。
幸せの価値観って人それぞれやと思うけど、サチは幸せは人との繋がりやと思ってる。
その幸せがサチはいつも溢れてる。
だからサチも自分に出来る精いっぱいの愛で感謝を返すんだよ。
サチの愛するみなさんへ
いつも本当にありがとう。
ささっ残り半日の休みを堪能したら、明日からも頑張るにょ♪
愛しい天使たちのために~☆
つづく
07.01 kokoro
4月から新しい保育園で働かせてもらい
新しい天使たちと出会って
自分の好きな事が仕事である事の有難さや
可愛くて愛しい天使たちと毎日を過ごさせてもらう幸せに感謝している
赤ちゃんクラスの担任として配属された4月
自分のクラスだけでなく、全ての天使たちに誓った
"振り向けばあたたかい眼差しで見守ってくれてる先生がいて、天使たちのすべてを包み込んでくれる安心できる存在であること。そして心地よくて楽しくて、明日も来たくなる保育園にすること"
これを自分のモットーとしてやってきた
うちは以前働いていた認可保育所とは違い、認証保育園なので色々と異なる部分もある
しかし、天使たちに対する思いや保育に対する信念は全く変わらない
だから認証保育園でしか出来ない保育を天使たちに体験させてあげたいと自分の保育を磨いている
例えば1歳にも満たない赤ちゃん天使たちと行ったお散歩
ぶかぶかのピンクの帽子をかぶって
まだ歩けないのでおんぶとだっこで近くのパン屋さんまで行ってきた
目の前にある物が"パン"という食べ物だなんてまだ解らないし
ここがパン屋さんであることも解らない
でも、アタシが求めてるのはソコではなくて
「あたたかい日差しの下で心地よい風を受けながら
焼きたてのパンの香りに包まれる幸せなひと時」を体験させてあげたかったのだ
心に届く保育がしたい
どんなに小さな天使でも"あなたの事を大切に思っています"って気持ちで接していたら必ず通じる
「目は口ほどにものを言う」ってのは本当で
小さければ小さいほど"この人が誰なのか"なんて解らない
むしろ2~3か月の赤ちゃん天使の視野は目から40㎝くらいしかない
だけど"かわいいね~、愛しいね~、だいすきだよ~、"って心から思っていると
脳がそれに反応して、アドレナリンが出るらしい
それから瞳孔が大きくなり、光を集めて目がキラキラ輝く
赤ちゃん天使はキラキラしたものが好きだから、その目を見て喜ぶ
その顔を見てこちらも嬉しくなる
の繰り返しで愛着関係ができるらしい
もちろん赤ちゃん天使だけでなくすべての天使たちにも言えるんだけどね
だから心を大切にしたいと思うんだ
そんな中3日前に言われた担任交代
去年1年、心を受け止めてもらえず、保育士の都合で動かされ
酷い言葉や保育を受けてきたらしい
その反動で自我が芽生え始めた今
その頃上手く表現できなかった思いや気持ちが爆発してしまったらしい
「子どもたちを救ってあげたいから、どうかサチ先生の力を貸してください」
と頭をさげられたのが3日前
3日後から2歳児13人を1人担任で保育するって
「はい、わかりました」
なんて二つ返事では出来なかった
だって今のクラスの天使たちの事や1日の生活の流れの違い
新しいクラスの天使一人ひとりの特徴や家庭環境なんかも全く解らない中で
3日後から担任って言われても、そりゃ正直戸惑った
でも家に帰って自分に頼まれた意図や自分が大切にしていること
自分の役割や自分のすべきことを考え見つめ直し、引き受けることにした
みんな可愛い、みんな愛しい、みんな大切、みんなだいすき
だから、この13人の天使たちの深く傷ついた心の傷のケアと
去年してもらえなかった心でつながる保育をアタシの全てでしてあげたいと思った
絶対大変、本当に大変
そんなことはやる前から既に解ってる
でも人は自分がされたようにしか育たないんだって
三つ子の魂百まで
もう時間がない
天使たちの人生の鍵を今この手に受け渡されたのだ
自分を信じる、自分への挑戦でもあるからね
明日からまた天使たちと一緒に1日1日を大切に歩んでいきます
(^-^)
05.13. thank U.
ありがとう 信愛なるかけがえのない家族
ありがとう 親愛なる大切な友達
ありがとう 親切で優しい知り合い
ありがとう 神意をもつダイスキなあなた
そして
ありがとう 神さま
引っ越してきて1度も淋しいと思ったことはないよ
みんながサチのこと心配してくれる
みんながサチのこと応援してくれる
みんながサチのこと大切にしてくれる
みんながサチのこと愛してくれる
だからそれに応えたい
自分で選んで進んできた道
迷わなかったのはこの道を進むべくして進んできたから
だから頑張る
みんなのために 自分のために
あたたかな日射しがまぶしくて
穏やかな風がほほをなでる5月の休日
あえてビターなコーヒーをいれて
これからのビジョンを再確認しているところ
もうすぐ今年も折り返し
あの日から描き続けてる想いは神火の如く心に宿し
汚すことなく突き進もう
そして進化し続ける自分で在るんだ
2012 辰の年
元旦にもらった言葉を目標に
アタシらしく歩んでいこう
あたたかく、やわらかく、清く、そして強くね
素敵な人生をみなさんに__。
03.12 Love&Peace
おととい周南市にてボランティアに参加してきました、というかお手伝いをさせていただきましたと言う方が正しいか
http://b.volunteer-platform.org/vtn/979
陸前高田市で見つけられた写真を洗う作業
今回は洗ったものを見やすくアルバムにし、ひとりでも多くの方が写真と再会しやすくするという作業だった
行く前までは洗って、乾かして、アルバムにする
くらいに思ってたけど、実際にお手伝いさせていただくと作業の細かさにとても神経を使うということがわかった
写真の劣化が進み、破れないように丁寧に扱う、破れているところは特に慎重に袋に入れ他のものと混ざらないようにする(勿論もっと色々な工程がある)
写真自体がほぼ真っ白になってしまっているものも結構あった
「これでも見る人が見たら何の写真かわかるかもしれない」
と言われ、スキャンと照らし合わせながら写真から読み取れる情報を出来る限り書きだす
写真を丁寧に見やすく、見つけやすくアルバムにとじていくことも勿論大切なこと
でもアタシが一番気をつけた事は写真から情報を読み取る作業
写真から読み取った情報はアルバムの表紙に貼り付けられ、探す時の目安になる
確実でない情報は書かない、逆に迷うから
例えばほぼ真っ白い写真でも、良く見ると地面と空が見え上下がわかったり
消えている日付が残ってたりする
"何か手掛かりになりそうなものを見つけてあげたい、何か読み取ってあげたい"
と思ってると不思議と文字が解読できたり顔が浮かび上がってきたりする
勿論スキャンで見てもどうしようもなく何も写って無いものもある
でもその判断を安易にしたくないってこと
文字情報が一番有力だけど人物だけの写真が半分以上はある中で
アタシ達の気持ち次第で情報量っていうのは変わってくる
同じ写真を見て「1歳くらいの女の子」って書くのと「1歳くらいの女の子、ショートヘア、口元にホクロ、冬場に海岸で撮影」と書くのではどちらが探しやすいだろうか
探す人の立場に立って作業すると、必然的に後記のように書いていた
思った やっぱり"心"なんだよね
思いやりや愛 その気持ちが人間を動かす
本当に1枚でも多くの写真が持ち主のもとへ帰ることを願うからその気持ちで取り組めた
作業してると本当に色んな写真があって
白黒の昭和の写真やハートに切り抜かれた写真、誕生日や卒業式、飲み会や棟上げ、自分が建設にたずさわったであろう施設の写真、風景や集合写真、野球の予選突破の新聞記事なんかもあり本塁打の所に赤線が引いてあった..
色んな人が色んな物事を大切にしている
色んな人の色んな物事が思い出になってる
笑顔だけでなく泣き顔だったり、悔しい顔だったり、怒った顔だったり、
それは当然ながらアタシの知らないことだらけで、でも確実に彼ら彼女らの思い出で__。
家も何もかも失った被害者の方たちにせめて写真だけでも..と思う
同情じゃない、今のアタシに出来る精いっぱいのお手伝いと気持ち
1枚でも多くの写真が持ち主と再会できる事を心から願ってる
でもこれで満足、これで終わりじゃない、1回行けばいい、何かしたらいいんじゃない
自分の出来る事を自分のやり方で続けていくことが大切じゃないかなって思う
Love&Peace___未来へ
03.04 NHKスペシャル 「映像記録3.11 あの日を忘れない」
普段、天気予報以外ほとんど観ないテレビだが
たまたま今日この番組と出会った
NHKスペシャル 「映像記録3.11 あの日を忘れない」
何だろう
率直に感想が言えないというか
上手い言葉が見つからないという方が近いかもしれない
映像を見ていると、震災から1年が経とうとしている今まで知らなかったこともあった
当時の状況は少しわかったけれども
震災に直面した方々の気持ちがわかったなんて、口が裂けても言えないと思った
知ることはできてもあの地震、津波、恐怖、避難、生死、目の前で起こっている数々の信じられない事象を映像でしか見たことのないアタシには
被災者の方々の気持ちは到底わからないと思った
"わからない"で人ごとなんじゃなくてわからないほど凄いことが起こったんだ
被災者の方々の気持ちは報道を見ることしかできなかったアタシたちが
わかるわけ無いんだよ
何度も鳥肌が立って、何度も息を飲んだ映像
本当に凄かった
あんなに地震揺れたんだ
あんなに地面割れたんだ
あんなに津波の速度速かったんだ..
ごく一部の映像なんだろうけど本当に凄くて驚いた
誰がこんな事になろうなんて予測しただろうか..
1年経とうとしてる今尚、復興のめどがたたない地域も多々あるのが現状で
復興に向けて何か力になりたいと思っている
この活動が直接復興にかかわるかと言われると
がれき撤去などに比べると地味ではあるが
今週末、がれきの中から出てきた写真を洗うボランティアに参加してくる予定にしている
参加を申し込んだ日に
偶然にも全国で洗われた約10万点の写真と再会した人々という報道を目にした
被災者の方々の大切な大切な思い出、写真
その写真と再会したいと願う方が1人でもおられるのなら、見つかる見つからないは別として
そのお手伝いをさせて頂きたいと思う
みなさんの生活や健康だけでなく"こころ"も大切にしたいんだ
震災後間もなく市から要請があった保育士としての被災地でのボランティア
アタシは申し込みをしたものの、まだ現地でやれる状態ではないとのことで待機状態が続いていた
そして実現しないまま保育所を退職し、何か力になりたいと思っていたところに見つけた、写真を洗う県内でのボランティア
被災地もいずれこの目で見てみたいと思っているが
まずは今自分が出来ることをお手伝いしたいと思う
3.11を目前に控え、復興に向けて今アタシたちが何をしなくてはいけないのか
何をしていけばよいのか、みんなで考えていきたいなと思う
仲良く並ぶ赤い実がかわいかった万両
@松崎八幡宮
02.28.現在~未来
12月で仕事を辞めてから人生初ニートを体験中
最初の3日で違和感を感じ1週間で働いてない自分を情けなく思った
それほどに"仕事"に対して自分を注いできたから
家族は言ってくれた「今まで頑張ってきた時間とこれからのための充電期間だよ」って
でもアタシ自信が受け入れられなかった
こんなに長い休みは人生で初だからね
4月までの3か月
就活と並行してこのフリーの時間に何か自分のためになることをやりたいと思っていた
だから興味あることは何でもした
毎日、新聞を書き写したり、社寺散策、ランニングに太極拳、
本を読んだり整体へ行ったり
そうしてると
ありがたいことに2月早々に内定が決まり、これからのスケジュールが立てられるようになった
具体的に動けるというのはいいね
このときまでに何をしなくちゃいけないってのがはっきり見えるのがいい
何かをするための準備の段階、それって大事なことだと思うから
自分は結構直感で動くタイプだと思う
そういう自分も大好きだし、悪いとは思わない
でも計画を建てて準備してから挑むと安心感が違う、自信もね
そういうことも最近色んな事をしてみて解ってきた
新聞を書き写すこと=文章力UPと文字の練習。"余禄"を書くのに初めは45分かかっていたが、今では25分で書けるようになった。書く時の要領がつかめるようになったことと、継続することの大変さと自信も同時に感じている
社寺散策=神社やお寺を参拝することで心を静め、心を清め、巫女装束のような真っ白い心で我を振り返る時間が持てるようになった。また改めて生きていること、健康であること、五体満足に生活していること、食べられること..日常的な"いつも"の生活が有難いことだと感謝している
ランニング=自分の体力を知った。仕事、趣味、生きること、何をとっても"健康"であることが基盤だと思う。無理はしなくて良いけれど、自分で動いて汗をかくというのは気持ちいい。やし美しくありたいから必要な筋肉はつけたいと思った。たまに「20超えると肌たるむよ」とか「子ども産んだら体型変わるよ」なんて言う人いるけど、アタシはそうなりたくないんだよね。だから出来ることは努力してみようと思うし少しずつやってる
太極拳や整体=体の仕組みを知り、体の中から健康になることを実感。呼吸を整えて力ではなく"気"で体の中から整う事を知った。「悪いところは切って取り除く」みたいな西洋医学より「悪いところは体の中から治療し健康にしていく」みたいな東洋医学の方がアタシは好きだから素直に受け入れられるんだ
読書=色々な事を教えてくれる、本当に色々なことを。勉強なんてもう嫌だ!と思って短大に進学したあの頃。あと2年でもう勉強しなくていいと思ってあえて短大を選んだ。そんなアタシが今は"知る"ということがとても楽しく、その先がもっと知りたいと思う事すらある。自分でもビックリw
だけど知ると実践したくなる。前に進みたくなるんだよね、飛翔してく自分が思い描けるからそこまで行きたいって思う。それは達成じゃなくていつも比例してる、だから追いかけるんだけどさ。簡単なことじゃないのは解ってる。だからこそその追いかけてる自分が好きなんだ、何か万里の長城走ってるイメージでさ
そんなこんなで2月25日、またいいご縁に引き寄せて頂き新しくやってみたいことが見つかった、勿論仕事と並行してね
それが何なのか、今はまだナイショ。ナイショ好きだからさw
というか、まだ始まったばかりだから
並行するからどちらも中途半端、ではない
並行するからどっちも本気
そうじゃないと出来ないでしょ?
今までも一生懸命働いてきたよ、愛おしい天使たちの幸せのために
でも4月からは東京
せっかく東京で保育士として働かせてもらうんだから、益田じゃ出来なかったことをやってみよう
東京でしかなれない保育士になろうと思った
自分でもどこまで出来るか楽しみ☆
「やって やれないことはない」
自分を信じてる
ガンバレ自分、飛翔するんだ、必ず____。
02.24 柿本人麻呂神社境内にて
02.21.宇宙
最近宇宙について興味を持った
宇宙と言っても漠然としていて、見たこともないような広くて大きな世界
まだそんな表現しか出来ないんだけどさ
太陽系だとか、そういう知識まで到底まだまだ到達してなくて
唯一知ってるのはいつか覚えた水、金、地、火、木、土、天、海、冥 くらい
知識の方はひとまず置いとくことにして。
私の大好きな人、窪塚洋介・卍LINE が本を沢山読む人だと知った
彼のお芝居や表現力、彼から滲み出るもの、独特の世界
言葉、魂、心、人間の核
そんな彼のすべてはどこから来てるのだろうか?
と考えたことがある
そして本を読む人だと知った時、あぁ、ここから来てるんだな,,って思った
勿論本だけでは無いことは言うまでもないが
そう思うとアタシも本を読みたくなった
彼が読んでる本や、彼が興味を持ってること、色々知りたくなった
でもまずは彼を知りたい
だから彼の対談、雑誌、写真集、彼が出している本、持っているものを読み返したり
持って無いものはAmazonで注文した
読んでいくと映画やお芝居、LIVEで感じるものより、もっともっと奥の本質的な部分が
アタシにもすこーしだけ見えてきたような気がした
それがアタシの言葉では「宇宙」
彼の宇宙
彼の頭の中の宇宙はすっごく広い
そんな宇宙に触れてみたいと思うからまた本を読む
触れる=知る じゃない
触れる=進む
宇宙を見てその先に進んでみたいんだ...
なんて思いながらまた本を広げる
10年以上も前からファンで、今新たな彼の魅力に気づけたことが嬉しいと同時に
まだまだちっぽけで未熟なアタシもあんな風になりたいなんて
ファンを通り超えて人間として尊敬している
考えてると色んな思いがこみ上げてきて涙がでる ←
「我のみ知る道 愛をもって」 窪塚洋介・卍LINE
「愛」が「LOVE」だけでなく、LOVEだけでは表せない大きなものだということ
そこに気づかせてくれたのもまた彼だった
自らで自らの眠っていた部分を研ぎ澄ませたいという思いにさせてくれたのもまた彼だった
ありがとう
彼のファンであることが、こんなにも幸せなことだって知らなかった。













