りょうすけのブログ
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木曜日

今日は突然の雨がいやだった。。。


今日考えたこと。


「ニュースは読んで知るものじゃない、

 

         ニュースはそこから先を読むものだ」


                   by 晃似の僕




ニュース(新聞やTV)は読んでいろんなことを知ることができる。でも本質はそこじゃないと思う。そこから読み取れるものを感じるものだと思う。メディアを通して知ることは完全ではない。もちろん伝え方によって違ったものに捉えられることもあれば、本質的に誤っているものがある。


そこで大切なのはそういったメディアの欠点を正すことではなく、受け手がそれを理解しそういった点を踏まえて活用していくことだと思う。なぜならメディアは人によって構成される組織であり、そのため上記の欠点を完全に修正することは不可能であるためである。


では人はメディアに対してどう向き合うべきなのだろうか?ここで上の格言が出てくる。


ニュースのその先にあるものを読むこと。


ニュースは毎日世界中で膨大な量で配信され続けている。その中のニュースで天気、事故、事件のニュースを除いてほとんどのニュースにはそのニュースに対する過去の出来事との因果関係が潜在的についてまわる。言い換えれば天気、事故、事件のニュース以外で過去とつながりを持たない出来事は共有すべき情報として考えられていないということである。私達はニュースを読む事で現在に起こっている出来事に触れることができる。しかしそれは単に現在を読んでいるのではなく、それに伴った過去をしった上で現在を読んでいるのである。例えば子供でも大人でも過去との因果関係を持たないニュースを読んだところでなんの新しさも、面白さも感じないだろう。そして人はニュースを通して現在を知るのではなく、過去を伴った現在を感じるのである。




ニュースを読む上で必ず忘れてならないことは「完全に正しい報道はない」ってこと。


どんなニュースも必ず自分以外の他社を通して自分に届いている。他者と自己の五感は全て違う。その意味でこのニュースに絶対はない。絶対的なものを手に入れたいならば自分で探しにいくしかないのである。つまりニュースは絶対的なものになれない。

ではニュースは何なのか?


「ニュースは手がかりである」


ニュースからは流れる情報は過去を伴って、現在を教えてくれる。しかしその情報は絶対的ではないので本質的に事実として伝える役目を持っていない。(白に近いグレーなもの)
しかしそこから近い未来を予測することやまだ伝えられていない隠れた事実を読むことが出来るのである。これがニュースの本質的な役割だと思う。この読む作業をすることで人々は様々な行動に移ることもできる。また社会の流れを理解するのである。

「ニュースの先を読むこと」


今、人々にこういった力が要求されているのだと思う。

マンデー

サッカー、チェンジってずっとテレビみてました。


ザ・テレビデー★


勉強しなきゃ♪


あっテレビのあとは天ない読んでたよ。。。


明日から朝方にチェンジ!!

ガンバロー!

一発目

一発目に・・・





いつも飲むサイダーを公開!!!