さあ、手続きは終わった。通帳もできた。


あとは何を商材として売っていくのかを決める必要がある。


既に候補は決まっていた。



・固定電話サービスの代理店


・自社で折込チラシの求人広告をやる



固定電話サービスの代理店はコネクションがなくても、検索サイトで「固定電話サービス 代理店募集」などと検索すれば見つかるものだ。それを見て電話をし、交渉すると、早かったら1週間くらいで事業を開始できる。私はこの事業の経験があるので一番やりたかったが、勤務先(本業)の事業と重なるため、本業と副業の境界線がなくなるとややこしいので選ばなかった。



求人広告をやることにした。


固定電話の代理店事業以外では、なぜ求人広告なのかといえば、単純に漠然とやりたい仕事だったからである。高校生の頃から、新聞折込チラシの求人広告を見るのが好きだった。


また、高校時代にバイトをしていた時、求人広告の枠が何万円もすることを知ったので、めちゃくちゃ儲かるんじゃないかとも思っていた。


不思議と他社の販売代理という考えはなかった。自社のものをつくろうと思った。


本業をおろそかにするわけにはいかないので、活動は土日祝だけにしたため、まずは月1回の発行にした。


営業はもちろん自分をでして→自分でレイアウトを作り→印刷屋に印刷をしてもらい→新聞折込会社にチラシを入れてもらう


こういったフローにした。印刷屋と新聞折込代行会社は、ネットで検索して安いところを選んだ。また、ほぼ資金がない状態だったので、後払いにしてもらうよう交渉した。こういう交渉は絶対に必要。キャッシュフローがすべてといってもいいくらいだから。


なにはともあれ商材は決まった。


私はすでに1人暮らしをしていたので、その自宅を事務所にした。8畳くらいしかない1DKの事務所だった。信頼を得るやめには固定電話番号が必要だと思い、電話を1本だけひいた。



あるのは電話とwindows98だけ。それが始まり。


副業ながら、いよいよ事業が始まった。





第1章 4話 へ続く


副業からのスタートを決意した私は、法人設立ではなく、個人事業主としてスタートすることにした。法人も個人事業もそれぞれメリットがあった。


カンタンな例でいうと、法人のメリットは、



・客や取引先から信頼を得られる


・900万円以上の利益の場合、一定税率のため税金が個人事業よりも安い。


・経費の範囲が広い。



というところ。それに比べ、個人事業のメリットは、



・始めるのにお金がぜんぜんかからない


・900万円未満の利益の場合、法人よりも税金が安い


・法人登記簿が出ないので、副業がばれにくい



私の場合は、内緒の副業でということなので、個人事業を選んだ。


屋号(社名)を決め、管轄の税務署に印鑑ひとつ持っていき、開業届けをもらって記入すると、あっさりと創業手続きは完了した。1分ほどだったので、あっけにとられた。まあ、こんなカンタンに事業は始められる。


ついでに青色申告承認申請書を提出すると、良いと思う。これは税額面でメリットがあるので、開業届けを出す時に、税務署に聞けばカンタンに手続きができる。


あと、副業がばれないようにするために、住民税は給与からひかれる形ではなく、自分で払うように区役所に申請した。


副業がばれる人は、これでばれる人が非常に多い。住民税は所得によって変わるもの。給与からひかれていると、「この社員、給与はこれだけなのに、税額がこれだけ高いということは、ほかで所得があるな。」と経理の人にすぐばれてしまう。


そのあと、開業届けの控え用紙と個人印をもって銀行にいった。その日に個人事業用の銀行口座ができた。



さあ、手続きは完了した。あとはどうやって利益をあげていくかが重要。


何よりもまず、商材を確保する必要がある。



第1章 3話 に続く



19歳の私は、中途採用で小さな情報通信事業のベンチャー企業に勤めることになった。


実家から20分。小さな古い軽自動車で向かった。到着すると、事務所がある雑居ビルの3階に上がり、部屋に入ると、メガネをかけてスーツを着こなした中年男性がいた。


「おはようございます!」とりあえず元気よく言った。


すると、「はじめまして。新人さん?僕もなんだ。福田です。よろしく」


意外だった。てっきり上の人かと思った。


話をしていると、つい最近まで証券会社で働いていたということ、40歳ということがわかった。


私は恥ずかしながら、朝時間がなくネクタイを結べていなかった。ひとりで結ぼうとするもできない。前日の夜に、父親に教えてもらい練習したはずなのに・・・


すると元証券マンの福田さんが、「教えてあげよう」と、自らのネクタイもはずし、手順よく教えてくれた。世の中は厳しいものだとしか思っていなかった私は、その優しさがうれしかった。ちなみに私は今も、この時に福田さんが教えてくれた結び方をしている。


そんなこんなしていると、面接官だった男性が入ってきた。「ようこそ。私が部長のヒガシや。うちは君ら新人営業2人と、俺と、社長と、事務の栗林さんの5人だけや。」と話した。


すると続けて、「今日の午前だけ研修して、午後からテレアポと営業をやってもらうから」といわれた。


朝にだいたいのやり方を学び、早速テレアポが始まった。商材は固定電話の割引サービスだった。思ったよりカンタンにとれた。2時間ほど行って、4件ほど当日アポがとれた。


営業に出た。最初だからということで部長が同行し、すべて契約になった。自分の力ではないから微妙な気持ちだったが、営業は意外とカンタンなんじゃないかと思った。


「明日から一人でまわらせてください」というと、「やってみるか」といわれ、入社2日目から、午前に当日アポをとり、午後から一人で営業をした。契約が取れた。


それからその会社に勤めた2年間、1日たりとも契約がゼロの日はなかった。


起業すると、営業が何よりも大事だと思っていたので、とにかく営業だけは熱心に取り組んだ。


それと平行して、起業への準備を行った。A4の紙に、会社名の候補やロゴを書いたり、事業内容を書いたりしていた。それでもまだまだ起業は先だと思っていた。


しかしそれを早める大きな出会いがあった。私が入社して1年した頃、同じ年で、同じ起業の目標を持った、色黒の社員が入社してきたのだ。彼とは対立することなく、すぐに仲良くなった。起業について語り合った。それが今も親交がある、社長友達の新宅くんだ。


その出会いから半年、衝撃の事実を知る。私たちが契約をとっている固定電話の割引サービスの粗利(売上-原価)が、5万円以上あるということがわかったのだ。私は代理店すべてで全国一位の契約数、新宅くんは新人部門で全国一位の契約数だったので、私が250契約、新宅くんが200契約ほどあった。私は単純に計算して、1,000万円以上の粗利をあげていることに気づいた。


それが自信になった。そして早く自分の力をためしたくなった。


とうとう起業を決意した。


しかし会社は嫌いではなかったし、資金も10万程しかなかったので、まずは『副業』でいくことにした。

(普通なら資金を貯めてからやるんだろうけど、私は思い立ったらスグに行動したいという、リスクのある性格だった。今も少しそうだけど。)


このとき平成17年10月、20歳の秋。








第1章 2話 に続く




19歳、高校卒業から1年半が過ぎた頃、私は初めて就職した。


求人情報誌で見つけた、情報通信事業をする小さな営業会社だった。


その頃、1冊の本に出会った。


『堀江貴文のカンタン!儲かる会社のつくり方』


それまで本など読んだこともなかった私だが、就職することになり、本屋へ行ってとりあえずビジネスの本を読んでおこうと思った。


そこにたまたま、近鉄バファローズ買収を狙って有名だったホリエモンの本があった。知らない人の本を読むよりはマシだと思いそれを買った。


それが私の人生を大きく左右していくとは、思いもしなかった。


そう、その本が私を経営者の道へと導いたのだ。


私は就職前にその本をひたすら読んだ。おもしろくてしょうがなかった。そして目標を発見したのだ。


『起業』という目標を。






第1章に続く