タクシーに乗り込む前も痛みで立ち止まりしゃがみこみそうになり旦那に支えてもらいながら歩き、タクシーの中も上についてるつり革につかまり唸りまくる私。
運転手さんも、急ぐから頑張れ!とエールを送ってくれたけど、すみません…。と呟くことしか出来なかった。
運転手さんさぞ驚いたでしょう。本当にすみません。
そして急いでくださってありがとうございました。
病院につくなり痛みの波が押し寄せ半ば座り込んでいると、これで行きなさいと車椅子を持って先生らしき人が来てくれた。
産科に到着するなり助産師さんにつれられ、今もうLDRしかあいてないからそこに行くね。と。
なんでもいいっす…お金なら払いますからもう助けてください…状態w
布団で過ごすか分娩台で過ごすか聞かれ、もう動くのも辛かったので分娩台に移動し即着替え、押し寄せる痛みの波にひたすら唸りまくる。
子宮口3センチ!!
過呼吸みたいな呼吸になりがちで、ゆっくり吸って吐くという行為が全然上手くいかなくてずっと旦那が、声がけしてくれた。
痛みがひくとすかさず飲み物を飲ませてくれてうちわで仰いでくれた。
ふと我に返り旦那を見上げると、目を瞑りながらうちわで仰いでくれている。
旦那も木曜日からちゃんと熟睡していない。
横になりたいだろうし一服したいよなと思ったので、
「あと何時間この状態が続くか分からない。大丈夫だから1回一服しておいで!!お茶も足りなくなりそうだし買ってきて!あとちょっと布団で休憩して!」とお願いした。
LDRの部屋で良かったと思う。
うちは立ち会いはしないけど、お産まで何時間かかるかわからない戦いに初めから参戦した旦那にもきちんと体力温存と休息が必要だ。
あれよあれよとしてる間に外も明るくなってきた。
よくわからないうちに
「子宮口全開!お産準備入るからね!!」と、せわしなくバタバタしはじめる。
もうとにかくいきむwww
声を出さずにいきんでー!とかお尻浮かさないでいきんでー!とか全部、
「無理ー!できなーい!」と答えてた様な気がするw
私の体なんてどうでもいいからとにかく出したい。という気持ちしかなかったw
旦那は外で待機。立ちあいなんて別にいいよって思ってたけどやっぱりいて欲しいと少し思ってしまった。
助産師さんに「頭見えてるよー。髪の毛あるよー。」とw
会陰切開もサクッとされる。
「頭出てきた!触ってごらん!!」と、少し出てきた頭を触らせてもらう。
こっから一気にやる気がみなぎってきたけど、もういきまなくていいよ的な段階。
そして、
9月28日7時40分 私は母になった。
娘の顔を見るなり感動とやっと終わった…という脱力感でなんとも言えない気持ちでしたw
生きて出てきてくれた。
妊娠してからずっと思ってた。
「生きてて下さい。」と。
娘は横で色々綺麗にしてもらったり、身体チェック的なことをしてもらっているのを横目でずっと見ながら、生きてるなーと何度思っただろう。
先生から「中が2カ所裂けているのと会陰切開の場所三ヶ所今から縫うね。」
先生お願い!サクッと終わらせて😢と悲願w
麻酔もしてくれたので痛い痛いいいながらも耐えられた。
助産師さんから、そろそろ旦那さん呼んでいいんだけど見当たらないのよ。と、いわれたので、外で産まれた報告してるのかなーと思い、
そろそろ縫うの終わるから戻ってきて!とLINEすると、
「え?縫うってなに?え?産まれたの?」
「産んだんだが」
「知らないんだが」
まさかの旦那産声聞いてない!!
あんなに頑張ったのに!w
光の速さで分娩室到着し見るなり、ちっちゃい!かわいい!と愛情大爆発w
普段写真なんか撮らないのにカメラ小僧の様にパシャパシャ撮りまくり、娘の誕生を1番喜び楽しんでいた。
旦那は誰にも声をかけずにちょっと離れた待合室で待っていたので放置されてましたw
娘は、最後の検診で言われていた体重よりかなり小さく出てきたけど、元気いっぱいでした。
私が妊娠糖尿病だったため、低血糖の可能性があると産まれた日1日はGCUで管理入院が義務付けられていたけど、初めの血糖から問題がなく、検査の時間と夜以外はずっと私たちのとこにいれました。
地味に産後ハイみたいなやつも期待してたけど多分結構何ともなかったです。
夜は消灯時間から即爆睡したしw
以上、まとまりない文章になりましたが、出産レポートでした!
あとで必要だったものとかいらなかったものとかまとめ的なの書けたらいいなー。