癌は遺伝的なモノに大きく左右されるものであるというのはよく聞く、なので定期的に健康診断を行っている方も多いのであるが、そういう方からも末期ガンを告知されるかたもなかにはいるのである。

そんなこともお医者さんからしたらよく聞く話であり、なのに 「レントゲンではわかりにくい」 、「前の病院ではいじょうはなかった」 、「癌ではなく、別の病気だとにんしきした」 、「医者も人間だから」、などなどなどなどこうした意見もよく聞く話である。


実際、僕も10日間ぐらい朝起きてタバコを吸うと、胸が裂けるように痛いので流石に歩いて近くの病院に行くと、「今すぐ入院してください」と言われすぐ入院、そして検査、結果は水胸?胸水?なんしか、胸に水がえらく溜まってて肺を圧迫しているらしく、其の水を取り出して様子を見て1週間位で退院のはずであったが、なかなか退院できない、よくよく話を聞くと結核であった。

その後1週間位入院させられたあとに、結核専門の病院に移動、だが、カルテを持って自分で依頼してください。と、告げられ、唖然、言葉が出ない、こんあんものなのか?国指定の病気のはずなのに、(治療費が負担してもらえる)。

と、こんなこともあった。


お医者さんってなんなんだろうって思う時が時々ある。

治せない病気もあるだろう・・

わからないこともあるだろう・・

ミスもあるだろう・・


でも、一般庶民からしたら、

なんでも治せる!

なんでも解決してくれる!

なんでも答えてくれる!

お医者さんってその道のプロなんでしょって!期待してるのではなく、信頼してるのである。


でも現実は、違うのであろう。

自分の身は、自分にしか守れないのであろう。

いろんなことは管理してもらえても、体調は自分にしか管理できないのである。


癌を告知された、友にしてあげれる事、共通の友人は「祈るしかないな」と口にする。

本当にそおうだろうか、あるはずである、何かが・・・


友は、今、一日でも長く、一時間でも多く、妻と子供と過ごすことを思いながら癌と闘っているのであろう。

朝起きたら、今日と言う日に感謝しながら1日闘って、そして明日と言う日を願い目をつむる恐怖と戦うのであろう。


想像を絶する・・・


それでも祈るしかないのであろうか、そんな事はないのだが、

人間ってそんなものなのだろう。


誰も悪くはないのだろうが、なんだか、やるせなくなる。


日常が大切に思える。

余計にできる事はないのかさまよう事になる。

そうすると、日常も大切になる・・・


答えは無いだろう・・・・・・・・
















































































































余命告知、僕はこの言葉の意味することは死へのカウントダウンだと思い込んでいた。なので友へは、接するときに変に意識をしてしまい話をするのに正直ギクシャクしていた。


調べた、勘違いも甚だしい。余命告知とは、たとえ末期ガンの患者でさえ医学のこれまでの歴史の中でこの病状なら、今までの統計なら、余命何日といううだけである、しかも他の、一流の病院、一流の医者などに出会うことができれば、その数字も変化するのである。今の病院と主治医と医学的歴史から見れば余命何日というだけである。

そう、極端にいえば天気予報と全く類似したものである。外れることもあるのである、それもよくあるということである。余命30日の患者さんが永遠にその後まだ、何十年も生きていると云うことも稀ではない、よくあるのです。


おそらく友もそれを知っていたのであろう、全く諦めていなかった、退院し抗がん剤治療に取り組みはじめ体力の回復に務めていた。僕は恥ずかしかった。本人が諦めていないのに僕は死への日程の事ばかり考えて本当に恥ずかしかった。それからは、末期ガンでも完治前提に調べ始めた。

告知された友人に会いに行った、まだ病院での治療になる。

胃をとられたので小さいパン一個も2,30分かけてたべている、たいちょうが悪ければ、それすらもどすらしい。

やはり、痩せた感が否めなかった。本人も体重が落ちることを気にしている


病室ではなんなんで、食堂でお話をとうながされて、食堂に行きつつ話をしてると返事がないので、振り向くと友がいない、ともは、ゆっくりとてすりをもって下を向きながら腹痛をこらえて自分のだいぶん後ろを歩いていた・・・・


驚いた。正直、少しは人に気を使える人間になっていたと思ったが、食堂に行くだけでもこんなことになるとは思ってもいなく、驚いた、自分が情けなかった。



普段道理に接しようとすればするほど、気にしてしまう自分がいる。友は、いつも道理にしていてくださいと言う。

「死」と向き合ったのか、それともまだ感じないのか、そもそもしんじていないのか、それとも生きるということに必死にゆっくりと突き進んでいるのか、僕には、まだ分かり得ない。解ってあげれるものなのかもわからない。とにかく友は、笑顔でいつも道理の友であった。