感謝の気持ち、最期の言葉
昨日、今日とお忙しい中、通夜・葬儀にご弔問いただいた関係者の皆様方、ありがとうございました。
6月末から約4ヵ月間、早いようで一日一日が長くも感じられました。
18歳のころから離れて暮らしているボクは、なかなか真っすぐ向きあって話す時間がありませんでした。
見舞いにいったときには、いろいろな会話を交わすことができました。
意外だったのは好きな車が「117クーペ」と、共通していたこと。
車好きなことは知っていたため、差し入れ代わりに旧車の雑誌を持っていったところ、「オレ昔乗ってたんだぞ」と言われて初めて知ることができました。
こんなに近い存在なのに、こんなことすら知らなかった。
でも病気に倒れたからこそこういう時間を作ることができたのか。
家族のことって知っているようで知らないことがたくさんあるんだな、と感じました。
まだまだボクの知らないことがたくさんたくさんあったかもしれません。
でも、もうそんな会話を交わすことはこれからはもうできません。
後悔がないって言ったら嘘になります。
でも、最期の約4ヵ月間、交わしあった言葉や表情はボクの胸にしっかりと刻まれています。
ある日突然の別れよりも、別れを告げることができて、家族と少しでも向かい合い、同じ時間を共有できたことはとてもありがたいことでした。
ただ最期までボクの将来について心配させてしまったこと、孫の顔をみせてあげることができなかったこと。これは親不孝したな、と思います。
皆さんも少しでも後悔のないよう、日頃から家族との会話、時間を大切にしていただきたいと思います。
また、ボクの家族のことでご迷惑をかけた方もいます。
本当に感謝しています。
これからはボクを含め、残された家族は自分たちの力でがんばっていかなければなりません。
少しでも心配をかけないよう、自分がしっかりしなくてはならないと思います。ではなく、しっかりします。
最後に、さびしいかもしれないけど天国からそっとボクたち家族を見守っていてください。
辛いことや楽しいこと、思い出もいっぱいあったと思います。
病気になってからは体も心もつらかったと思います。
でもそんな日々はもう終わりました。もう闘わなくてもいいです。
64年間、お疲れ様でした。そして今まで育ててくれてありがとうございました。