北海道新幹線記念短編小説………「北都の鼻水」② | 狂犬アスラムのグラディエーター戦記……イルーナ戦記ミスルナ

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イルーナ戦記内の戦闘スキルやステータス、シナリオや見えない裏事情などを、
愛と熱情と妄想のみで活字変換して具現化する、
為にならない自己満足な独り言。

たまに関係ないこと書きます。

たまに歌います。

たまにエロい。

ミスルナにて活動中。






だがしかし、
スーパーハウスに居合わせた
皆んなの思惑を全て意に返さぬ体で、
島田さんの口から、
新たな毒が巻き散らかされたのだった。




島田さんの名誉を守るために
誓って言うが、


『本人に悪気は全く無い』。








「それはおめぇ!
函館びいきが過ぎるんじゃねぇのかい!?(笑)







「函館の人だし!」







咄嗟に、
私の口からツッコミが飛んだ。
流石に、撒き散らされた毒の濃度が
濃すぎたのだ。



島田さんからは
一片の悪意も感じられない。


ただ単に、思ったことをそのまま、
純粋無垢に喋っているだけなのである。




それはまるで、
新雪に最初の一歩を踏み入れる、
子供たちの嬉々とした
清らかな心情にも似て・・・・・。



だが、
そうだと分かっているのは私だけだ。


鉄筋工の皆には、
島田さんがこういう人物なんだ
という所まで
周知されてはいないのである。




なればこそ、
ここは島田さんを守らねばならない。



場の空気をひっくり返して、
笑い話に昇華させる必要があったのだ。



さもなくば島田さんは、
この先工事が終わるまでずっと、
口の悪いオッサンという
レッテルを貼られてしまうのだから……。






…島田さん。あんた、やってくれたよ。

ある意味、今この瞬間が、
この現場一番の、山場だ………






ここで、
この場に居合わせたのが私ではなく、
マツコ・デラックスであったなら。




若しくは、
フットボールアワーの後藤か、
くりいむしちゅーの上田であったなら…。



切れのあるツッコミで、
島田さんを面白可笑しく
活かしてあげることが出来たのだろうが、

残念ながら私に、
彼らの様な卓越したスキルなど
毛ほども無い。




「は、函館の人だから、みんな」



さっきと同じツッコミを、
二度、繰り返す・・・・・・

この時の私に出来ることは、
この程度が精一杯であった・・・。






通じろ、俺の気持ち・・・!



俺に乗っかれ!島田さん・・・・!!






「いやまあ、そうだよな!おめえ!
地元のひとだものおめえ、
悪くは言わねえわな」





……何とも形容しがたい、
微妙な言い回しではある。



一見、限りなく丸に見えるのだが、
よくよく目を凝らせば、
表面がかなりざらつき、
ささくれ立っている……

そんな物言いではある。




しかし、それでも、
島田さんにしては
かなり丸い発言が出てきたおかげで、

私も愛想笑いを浮かべる事が出来、
鉄筋工の親方も
私の笑顔に乗っかってくれた。




メルトダウン寸前であった
島田さんの毒は無事、
中和されたのである。


場の雰囲気も
まろやかなものに変わってくれ、
島田さんの毒話は、
単なる笑い話として
収束することが出来たのであった。




心の中で安堵の溜息を漏らしつつ、
私は、
休憩に入ってから3本目の煙草に
火を付けた。



当の島田さんはというと、
あれほどのやり取りがあった後にも関わらず、自販機でコーヒーを買ってくるという鉄筋工の若い衆を呼び付けて、自分の分まで買ってくるよう
頼んでいた………。






・・・島田さんの毒が撒き散らされた、
あのスーパーハウスは、
工事の終わった今となっては、
その姿はもちろん無い。



島田さんの鼻水が付着した
Fデッキだって、今では、
『新函館北斗駅』を構成する、
大事なパーツの一つと成り遂せている。







明治12年に、
東大寺南大門を修復した際に
屋根裏から発見された、
室町時代の『墨壺』のように、






2012年に、
東京タワーの
鉄塔部アンテナ修復工事の際に
出てきた『軟式ボール』のように、



島田さんの鼻水が、
後の未来に世間を騒がせる・・・
などと言う事は100%無いのではあるが。





それでも、
我々職人が携わってきた建物には、
大なり小なり、



世間一般には
永遠に知られることの無い、
語りつくせぬほどの量のドラマが、


それはもう、
星の数ほど眠っているのである。









私は忘れない。

あの日の、親方の引きつった笑顔と、
島田さんの、ハートの、太さを。






これが私の、北海道新幹線だ。