広島市安佐南区沼田町阿戸字殿山に鎮座します。
御祭神は、『可美真手命(かみまてのみこと)』『天照皇大神』『宗像3女神』[相殿神]『品陀和気命』です。
例祭日は、『10月15日』です。
境内地は、『5、861坪』です。
由緒は、『当社は、もと四位阿刀明神と称し神階があった由伝え、楽音寺蔵「安芸國神名帳」(平安末期)の佐東郡四位十一前の中に阿刀明神が見える。旧記によると天承元年(1131年)大中臣権之輔正房、荒木七郎大夫興宗の両人、甲斐國より落ち来りて当地の住人となり、長承3年(1134年)に創建したと伝える。『芸藩通志』には八幡宮と弁財天(宗像3女神)の2社として記されており、当時村民忠吉の所蔵した両社勧請の記録に、八幡宮は康治2年(1143年)大中臣正房の創建、弁財天は久寿元年(1837年)にこの両社を合併して八幡宮と称し、明治4年に旧称の阿刀明神社に復す。』と、記載されています。
宮司は、『林友昭(兼務)』です。
以上、広島県神社誌に記載されております。

御祭神は、『可美真手命(かみまてのみこと)』『天照皇大神』『宗像3女神』[相殿神]『品陀和気命』です。
例祭日は、『10月15日』です。
境内地は、『5、861坪』です。
由緒は、『当社は、もと四位阿刀明神と称し神階があった由伝え、楽音寺蔵「安芸國神名帳」(平安末期)の佐東郡四位十一前の中に阿刀明神が見える。旧記によると天承元年(1131年)大中臣権之輔正房、荒木七郎大夫興宗の両人、甲斐國より落ち来りて当地の住人となり、長承3年(1134年)に創建したと伝える。『芸藩通志』には八幡宮と弁財天(宗像3女神)の2社として記されており、当時村民忠吉の所蔵した両社勧請の記録に、八幡宮は康治2年(1143年)大中臣正房の創建、弁財天は久寿元年(1837年)にこの両社を合併して八幡宮と称し、明治4年に旧称の阿刀明神社に復す。』と、記載されています。
宮司は、『林友昭(兼務)』です。
以上、広島県神社誌に記載されております。







