天照若日女
天照大日女命(アマテラスオオヒルメ命)の妹君です。稚日女命の別字が『若日女命』です。若日女命=稚(若い)+日女(太陽神の巫女)=若い天照もしくは若い頃の天照の意です。カラスは太陽神に仕える鳥です。カラスの正体は火の鳥なのかも知れませんねwww
◎淀姫神社
佐賀県全域に「淀姫神社」は鎮座しています。何故だろうか?淀姫命の名は全国的には知れ渡っていません。地域に限定しています。佐賀県は火産霊神を祀る旧火国。火国⇒肥国⇒肥前国⇒佐賀と国名を変えて来ました。佐賀県、長崎県、熊本県の古くから存在する神社には「火産霊神(加具土命)」が密かに祀られています。
◎稲田神社
長崎県雲仙市吾妻町平江名
◎伏見神社
福岡県那珂川市山田
那珂川市の伏見神社の主祀神も淀姫命です。京都の伏見稲荷大社の元宮と囁かれている神社です。しかし稲荷神は祀られていません。代わりに「白ナマズ」が祀られます。淀姫神社、與止日女神社、豊玉姫神社、大森宮、阿蘇国造神社と同様に「ナマズ」が祀られます。ナマズは海人族を表し「龍神」の化身とされます。白ナマズは白龍の化身です。
河上文書
河上神社の文書には、神功皇后 (息長帯姫命)の弟に息長日子王、妹に虚空津姫と豊姫が存在したと記されます。この豊姫命が淀姫命と同一人物と言われます。虚空津姫は玉依姫命と思われます。
豊姫命は神功皇后の御妹で、三韓征伐の昔、「旱珠・満珠」の両顆を以て、異賊を征伐された後、今この地におとどまりになった」と記されています。又は神功皇后が三韓討伐に出陣する前に、佐賀県武雄市に滞在された神功皇后に逢いに行かれたが、淀姫様は武雄の地で、22歳の若さで亡くなったと伝わります。武雄市内に存在する『丸山古墳』が淀姫命のお墓と言われます。近くに淀姫神社も鎮座します。淀姫(豊姫)はなぜ亡くなったのだろうか?病死と言われますが本当だろうか?何事も疑い深い私は違和感を抱きます。
淀姫命は邪馬台国の卑弥呼の後継者である「宗女台与(トヨ)」との説も根強いです。台与は日本史では『卑弥呼⇒男王⇒台与⇒不明』の順で邪馬台国を治めた王とされます。台与の台は玉座・祭壇から平安期に台所として使われたと言われます。なんか天照大神の食事を司る豊受大神と被ります。しかし台与に関する事は、13歳に即位した事のみで、その後の動向が一切ありません。卑弥呼や卑弥呼の跡を継いだ男王と同じく台与姫も意図的に歴史上から消された女神です。
- ◎河上神社
- 長崎県諫早市森山町本村

- 與止日女神社は元河上神社です。以前は河上大明神を祀る神社でした。河上大明神とは淀姫命の兄で、日本武尊に討たれた熊襲タケルです。名は「取石鹿文(トロシカヤ)」と言い佐賀県佐賀大和の河上渓を根城としていたので「河上梟師(カワカミタケル)」とも呼ばれます。
- 武内宿禰
- 第13代景行天皇の頃に筑紫(福岡県)を根拠にした熊襲という豪族がいました。熊襲王の威勢に恐れて誰一人と歯向かうものが居ません。そこで景行天皇は次男の『小碓尊(後の日本武尊)』に熊襲征伐を命じます。西暦82年頃の話しです。日本武尊は熊襲討伐に6年も要したと伝わるので、かなり手強い相手だった事が想像できます。日本武尊は弟の『彦王』を大将に据え武内宿禰を補佐役として熊襲や土蜘蛛と戦いました。武内宿禰という人物は神武天皇の参謀としても活躍します。親子に仕えたのだろうか?武内宿禰は日本武尊に付き添って九州の熊襲や土蜘蛛を討伐します。
- 鸕鶿草葺不合尊の正体
- 熊襲タケル(川上梟帥)の生誕地は福岡県糸島市波多江の「産宮神社」とされます。父の名は『鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえず)』です。母は『奈留多比売(なるたひめ)』です。両親は別名の方が有名なんです。『建御名方神と八坂刀売命』です。建御名方神は熊襲王(山王)でありウガヤフキアエズ(海王)なんです。
- 国譲神話
- 建御名方神と八坂刀売命の間に産まれた子は、確認されているだけでも三人存在します。①河上梟帥②彦王(石鹿文)③淀姫命(豊姫命)の三兄弟です。河上梟帥は日本武尊に誅殺されず、福岡市早良区原の諏訪神社に滞在しておた母である「奈留多比売」と共に別他に転封されたとの伝承されます。転封先は長野県の諏訪でしょうか?建御名方神が諏訪に転封された神話は、建御名方神の死後の出来事(妻と息子の話)を後の時代に、建御名方神本人にすり替えられた様に思えます。理由は無敵の建御名方神にボコられまくった腹いせかな?
- 水神の女神
- 奈留多姫命の母は、阿蘇国造の雨宮姫様です。私が大変お世話になる女神様です。今世でガキの頃に死なずに済んだのは雨宮姫様のご加護です。長崎に転勤する前に国造神社を参拝した時の話です。「諏訪の神は私の義理の息子なので、長崎に行ったら諏訪神を頼りなさい!」と脳裏に浮かんだんです。当時は何のことか判りませんでした。『奈留多姫』の祖母は『阿蘇津姫命』です。阿蘇津姫命の母が『栲幡千々姫命(速秋津姫命)』だす。栲幡千千姫の母は「伊邪那美命」ではないでしょうか?

- 祀神は「大己貴命と少彦名命」。諫早市の河上神社は「諫早神社」と縁が深く親戚のような関係です。明治以前は四面宮という雲仙を総本宮とする神仏習合の宮でした。創建時期は明確ではないもの、諫早神社が創建された時期と同じく、奈良時代中期~後期と云われている由緒あるお宮で、当初は『闇龗(クラオカミノカミ)』『闇御津羽神(クラミツハノカミ)』と四面神を祀る神仏習合神社と案内されています。闇御津羽神は日本書紀では『闇罔象(クラミズハ)』です。『罔象女神』の荒魂?瀬織津姫命の荒魂的な存在かも知れません。

- 四面宮の旗がなびきます。神殿は拝殿の中に入ると朱色の神殿が確認できます。

大己貴命(大国主)・少彦名命

- 大山祇命他

- 八大龍王・馬頭観音他

- 罔象=水の精
- 闇淤加美神と同時に化成し対をなす。書紀では剣の頭から滴る血から闇龗(くらおかみ)・闇山祇(くらやまつみ)と共に成り、「闇罔象」と書く。クラは谷の意。ミツハは弥都波能売神(日本書紀は罔象女神)のミツハと同じで水の神。「罔象とは水の精」を表わします。貴船神社に祀られる「闇龗神(くらおかみ)=天照大神」「高龗神(たかおかみ)=闇御津羽命=罔象女神(ミズハノメ)」とも言われますが、真相はどうなんでしょうか?長崎県雲仙市瑞穂の「岩戸神社」には「磐長姫命・大山祇命・罔象女神(ミズハノメ)・穀物の神」が祀られています。私は名前が伏せられた穀物の神の正体が以前から気になっていました。
- ◎高良下宮社
- 福岡県久留米市御井町

- 河上神社の文書では「神功皇后(息長帯姫)・息長日子王・虚空津比売・豊姫」の4兄妹とされます。個人的には全員が真の兄弟とは思えません。神功皇后と息長日子王は実の姉弟かな?虚空津姫は年齢が全く違います。神功皇后の祖父の乳母&元妻だと思います。豊姫命は
- 元読姫命は大好きな神功皇后に逢いに行った佐賀県武雄の淀姫神社で22歳で亡くなったと伝わります。武雄の丸山古墳がお墓と言われますが、淀姫命の亡骸が久留米市御井町の「高良下宮社」の境内裏に埋葬されているとの逸話も存在します。あくまでシロートの推測ですが、神功皇后の妹である豊姫(淀姫)ならば身分と時代からして『古墳』が築かれると思います。高良下宮に埋葬された御方は別の御仁ではないだろうか?又高良下宮社の境内には粟島神社が鎮座します。粟島(淡嶋)と言えば「阿加流比売(アカルヒメ)」ですが、実はアカルヒメも豊姫命(淀姫)と同一人物ではと噂も御座います。複雑ですね。女神の案件は解明が困難です。
- 高良下宮社の神殿の真裏に祀られているこの御方は何方様でしょうか?神功皇后、玉依姫命、淀姫命(豊姫命)と別にもう一人の女性の存在がチラつきます。もしかしたら武内宿禰様と関係が深い女性なのかも知れませんね。
- 高良下宮神殿裏に祀られる石像

- ◎櫻井神社
- 福岡県糸島市志摩桜井

- 淀姫命が隠されて祀られている福岡県糸島市の「櫻井神社」には、伊勢神宮外宮の鳥居が贈呈されています。伊勢神宮外宮の神は豊受大神です。
- ◎櫻井大神宮

- 伊勢神宮では20年ごとに鳥居が新しく建て直されます。古い鳥居は福岡県糸島市の櫻井神社に贈呈されています【過去3回】、なぜ伊勢神宮外宮の鳥居が、九州の田舎の神社に贈られ続けているのだろうか⁉全国に何十万もある神社の中から櫻井神社が優遇されるのか⁉しかも過去3度もです。櫻井神社の岩戸に祀られる女神の正体が淀姫命=豊姫命=豊受大神ならば納得できます。となると伊勢神宮内宮に祀られる天照大御神の正体は姉である「神功皇后」なのか?まさかねW
- 櫻井大神宮神殿

- 櫻井大神宮の「千木」が奇妙です。左右の千木が男女神を表しています。青→が男神。赤矢印が女神を示しています。櫻井大神宮祀神は天照大御神と豊受大神の2柱を祀ります。伊勢神宮内宮の天照大神は男神で、伊勢神宮外宮の豊受大神は女神だと伝えているのでしょうか?それならば内宮の天照大神は神功皇后ではありません。天照は男女一体神とでも伝えているのだろうか(・・?
- ◎高津神社
- 福岡県那珂川市大字山田

- 福岡県那珂川市の「高津神社」です。同じく那珂川市に鎮座する伏見神社の「頓宮(とんぐう)」です。しかし変です。両社の主祭神は同一の筈です。
- 伏見神社の主祀神は「淀姫命」なのに頓宮の高津神社の主祀神は「豊受大神」です。淀姫命=豊受大神だと伝えている?




- 以前の案内板には、高津正一位稲荷(豊受大神)は、山田区「伏見神社本宮」から頓宮されると記されていました。現在は消されています。外部からの圧力が働いたのか?外部とは日本神社庁?宮内庁?定かではありませんが、なんかまずい事が書かれていた様です。当初に記されていた内容は、「淀姫命=豊受大神」です。これが本当ならば淀姫命=豊姫命=宗女台与=豊受大神の妄想が現実味を帯びて来ます。そして伏見神社には稲荷神はいません。かわりに「白ナマズ」が祀られます。ならば白ナマズ=白キツネ(稲荷神)です。佐賀大和の與止日女神社(ナマズ)⇒伏見神社(白ナマズ)⇒京都の伏見稲荷大社(稲荷神)とナマズから稲荷神に代わった経緯が見えて来ます。因みにナマズ=龍神です。白ナマズ=白龍です。阿蘇国造神社や嬉野の豊玉姫神社は「白龍」を祀ります。
- ◎烏兎神社(うと神社)
- 長崎県雲仙市国見町土黒庚

- 烏兎(うと)とは「金烏玉兎(きんうぎょくと)」の略だろうか?金烏玉兎=太陽と月のこと。略して「烏兎(うと)」。金烏は太陽の異名で玉兎は月の異名です。太陽と月(日月)から「年月」「歳月」の意味でもあります。日月神事に通じ陰陽を表しているのだと思います。
- 一の鳥は「烏兎神社」と刻まれますが、、、


- おおーー

- 狛亀だ!

- 烏兎神社には海神が鎮座しています。神名が無くても隠されているという印です。

烏兎神社の創立年月日は不詳です。山岳信仰から始まり大山祇命を祭神としているようです。祀神は「武甕槌命、経津主命、大山祇命」とされますが違う気がします(;^_^A アたぶん
- 八咫烏の事が書かれています

- 3本足は何を意味するのか?三つ巴と同じか?日記神事の『世界がひっくり返る』は、循環原理である3が固定秩序を破壊する現象。金烏(金のカラス=火の鳥)は世界を回す太陽。菟は死と再生を司る月。世界は3で動かし4で固まり、定期的に解体されて進化する。4=支配層秩序。意味不明ですよね?^^;感じた事を言葉にしました。私自身もよく解らず纏める事が出来ません(_ _)

藤原純友公の遺族がこの地方に隠れ住んで摩利支天を祀ったのが始まりと言われます。藤原純友公は瀬戸内の海賊を率いて朝廷に対して反乱を起こした人物です。藤原純友公は大山積神(オオヤマツミ神)を祖先とする四国(伊予)の豪族である「越智氏」と言われます。越智氏は南朝方として戦いました。越智氏も瀬織津姫命を祀る一族です。越智氏の始祖とされるのは越智命(おちの命)であり、「饒速日命(にぎはやひのみこと)」の10代孫とされています。越智氏は物部氏と同系統とされ、伊予国一宮である大山祇神社の宮司を務める越智家は物部氏の祖先を持つとされています。後に名を『多比良氏』に変えてこの地に根付き、烏兎神社を保護をします。農業を営みながら南北朝時代には武士として返り咲き南朝側について活躍したそうです。と言う事で国見の烏兎神社にも「瀬織津姫命」が祀られている筈です。隠されていますが、「狛亀」がある事や境内内外の至る所に「水神」祀られています。そして摂社の「岩下神社」が気になります。


- 神殿の上には『摩利支天、不動明王尊、神武天皇、稲荷神』が祀られます。

- 馬にまたがるが神武天皇です。

- ◎岩下神社

- 烏菟神社と隣接して鎮座します。

- 岩下神社なので初めは『磐長媛命』かと思ったのですが、祭神は『埴安姫命』でした。埴安彦命のお姿は確認できません。埴安彦命=奴国初代王の大幡主命、埴安姫命=天照大日孁尊と推測します。お二人が祀られるは『埴安神社』『天神社』『五社神社』等で確認されます。
どうやったら木の枝がこんな形を描くの?と暫く釘付けになってしまいましたW- 住吉三神

高良大社に伝わる縁起書の一つである「高良玉垂神秘書」に「神功皇后の御妹に二人おわします。一人は宝満大菩薩。一人は河上大明神になり給う。これ豊姫 (ゆたひめ)のことなり。」と記されます。河上大明神である河上タケルの跡を継いだのが淀姫(豊姫)です。河上大明神=豊姫は正しいです。では宝満大菩薩とは何方でしょうか?真っ先に頭に浮かんだのが太宰府市の宝満竈門神社の祭神である「賀茂・玉依姫命」です。正解で宜しいでしょうか?「神功皇后には玉依姫命と河上大明神(豊姫)の二人の妹」がいると書かれます。河上文章に記される息長日子王の名はありません。
神功皇后は異国征伐の後に「底筒男(そこつつおの)」と夫婦となり給う。日神の「表筒男」は皇后の御妹である「豊姫命(淀姫命)」と夫妻なり。底筒男・表筒男の二人は神功皇后と共に皇宮におわします。三男で月神である「垂迹底筒男尊」は皇居に住まわれる間に位を設けて「太政大臣物部保連」と申し給うと記されています。

神功皇后は三韓討伐後に「底筒男(住吉三神)」と夫婦になる。底筒男の別名が「物部保連」とされます。「表筒男尊」は神功皇后の妹である「豊姫命(淀姫命)」と夫婦になり、豊姫命の間に誕生したのが「大祝日往子」とされます。
上の住吉三神の絵では、三男の底筒男尊が一番老いて見えます。三男のみが長生きしたとの意か?
上【表】筒之男
藤(とうの)大臣は干珠満珠を借り給う時の仮の名であり、日神こと表筒男尊(上筒之男命)=安曇磯良とされます。妻は豊姫命で二人の間に誕生した御子は「大祝日往子(おおほおりひゆきこ)」と記されています。
日神=表(上)筒男尊=安曇磯良=藤大臣=豊姫(淀姫)の夫
底筒之男
三男の月神は神功皇后の夫で底筒男尊であり、物部保連であり、開化天皇と記されています。
月神=底筒男尊=物部保連=武内宿禰=開化天皇=神功皇后?
高良大社では、三男(表筒之男命)の正体は「武内宿禰」と伝えています。武内宿禰の子孫は「蘇我・葛城・平群」などの有名氏族に分岐します。平群氏の子孫は「熱田物部(尾張物部)です。物部氏の饒速日命系統、平群氏は武内宿禰系統と形式上は別系統とされますが、これは8~9世紀に整えられたモノです。実態より時の権力者の都合や権威が優先された形で再編集されたのかな?武内宿禰は陰から天皇を支えた黒幕的な存在です。陰の権力者ゆえに『月神』とされたのか?
仲筒之男
前回の記事で記した通り、高良大社では中筒之男命の正体は「神武天皇」と記されています。
仲筒男尊=神武天皇
迷走
仲哀天皇を素直に訳すると『仲の哀れな天皇』と読み取れます。仲=仲筒男?ならば神武天皇なのか?野波神社の記述が真で本当は仲哀天皇は神功皇后の息子なのか?仲哀天皇の父親は日本武尊とされます。私は日本武尊と神功皇后は昵懇の仲だったと感じます。ならば!?神武天皇=日本武尊なのか?暗殺された仲哀天皇は神功皇后の息子で夫では無かった?既に神武天皇も神功皇后も世に存在していなかったのか?ならば仲哀天皇の側にいた神功皇后は何者だろうか?その場に同席していた『武内宿禰』は全てを知っている筈です。全ての黒幕的な存在です。武内宿禰が月神と言われる由縁なのか?月=陰です。古事記や日本書紀で夫と息子を一人に習合して二人の存在を封じたのか?うーん解りません。個人的には様々な思いがあります。建御名方神の息子である川上梟師(熊襲タケル)=素戔嗚命の息子である長髄彦命。妹の阿比留姫は饒速日命の妻です。阿比留姫の別名が『赤留比売命(アカルヒメ)』です。姫島伝説の赤留比売命です。神功皇后と兄弟とはされる虚空津姫は玉依姫と言われます。しかし年齢が全然違います。玉依姫は神功皇后の祖父、淀姫命の父である建御名方神の乳母&元妻です。後に離縁しますが、建御名方神と玉依姫の間に子供が産まれていると言います。その子供が虚空津姫なのか?仲哀天皇が崩御した場にいた神功皇后とされる人物が高良下宮の神殿裏に埋葬される人物か?他にも赤留比売命、磐長姫、市杵島姫、豊玉姫の関係などまだまだ検証する余地が多いです。それに高良大社の記述が正しいとも限りませんしね♪この案件は解くのにもう少し時間を要します。
本当に同一人物?
- 息長帯姫(天照)
晴着を着用して頭部に太陽(天照)を飾る姿は天照大日女の様に見えます。
もう一人の神功皇后
三韓討伐から帰国した子連れの神功皇后は、冷酷な印象を受けます。別人の様に見えます。身に付ける着衣も朝鮮民族衣装に見えます。とても太陽を司る巫女には見えません。
卑弥呼の肖像画にも同じ傾向が見られます。左=阿蘇山を背景に描かれた卑弥呼と、右=三輪山を背景に描かれた卑弥呼も全く違う印象です。阿蘇山を背景にする卑弥呼は魚柄(海人)の着衣を身に着けていますが、右は朝鮮民族衣装です。
- 淀姫命=卑弥呼の後継者で、十三歳の若さで即位した『宗女台与』であるならば、淀姫命の姉である神功皇后=日巫女=天照大日女が成立します。そして神功皇后の妹である淀姫命は、天照大日女の妹である稚日女となります。稚日女=若日女=若い天照=天照稚日女になります。伊勢神宮内宮が姉の天照大日女命、伊勢神宮外宮に妹の天照稚日女命=豊受大神が祀られるのだろうか?因みに私の太古の先祖からの氏神様である阿蘇国造神社は伊勢神宮外宮の『豊受大神』も鎮座すると噂されます
金烏(きんう)

- 天照大神の妹である稚日女命=若日女命(ワカヒルメ)は『若い天照』とも訳せます。日巫女の跡を継いだ宗女トヨ=豊姫=淀姫=稚日女命の可能性もあります。仮に神功皇后を卑弥呼とします。卑弥呼の跡を継いだ男王の時代は国が乱れたとされます。男王は神功皇后の弟である息長日子王でしょうか?男王の跡を継いだのが『台与』です。台与は神功皇后の妹とされます。血が近い親族ではありますが、真の姉妹ではない様に感じます。神功皇后は建御名方神の孫です。淀姫は建御名方神の娘です。権力者は年老いても若い姫に子を産ませたので大きな年の差は無く同世代だったと思います。豊姫は大好きな神功皇后に逢いに武雄市に行きます。そしてその地で命を落としました。
- ◎淀姫神社
佐賀県武雄市朝日川上に、鎮座する淀姫神社を訪ねました。ココで豊姫命(淀姫命)がお亡くなりになったと伝わります。淀姫神社と目と鼻の先に『丸山古墳』が存在します。豊姫命(淀姫命)が埋葬されていると伝わります。
昔は流行った『佐賀のがばいばあちゃん』のロケ地です。島田洋七さんの故郷です。







神殿の目横に山神が祀られます。『大山祇命』でしょうか?
山神の真横の石碑を確認すると『天照大神』と彫られています。天照大神は姉の神功皇后でしょうか?ならば淀姫命は天照大神の妹である『稚日女命』なのだろうか?それとも天照大神の幼少期の名前が稚日女命(若日女命)なのか?

- 武雄から福岡に帰る時に佐賀大和ICの看板に一羽のカラスがとまってました。妄想活動の指令ではありません。與止日女神社に呼ばれているのでもありません。礼を伝えられた感じです。会釈してそのまま通り過ぎました。淀姫様並び関係する神々様に導いて頂いた事に御礼申し上げます。
- ウンザリするニュースも頻繁に見かける今日この頃です。国造りに暗躍されている方々の苦労も顧みず『チンタラせずに!サッサとケリつけちゃいな!』と口にしちゃいそうになります(^o^;
ああーそうだす。コソコソと次女に嫌がらせの念を送るのを止めてくれませんか?構ってチャンなんですか?お望みならハカイダーを構わせましょうか?貴方達に関心ありません。己が信じる道を人様に迷惑を掛けずにお歩み下さい。まあブログに妻子を出した私が1番悪いのですがね♪
おわり
はぐれ烏369
辛気臭いので陽気に纏めます♪うちの姉妹は二人とも高校と中学でソフトボール部に所属してます♪こたびは長女の活躍をご覧ください♪
- 明日も晴れたらいいね!
















