☀️こんにちわ
伏見神社
福岡県那珂川市山田
7年半の単身赴任生活が終わります。引き続き転勤中にお世話になった神々様への挨拶回りが続いています。福岡県那珂川市の伏見神社の淀姫様にご挨拶に行きました。知っていますか?『反時計回りの三つ巴紋』を手で触れるとご加護があるそうですよ。ぜひ試して下さい。ただし『宝くじが当たりますように!』などの欲望は駄目ですよ(笑)



久しぶりに投稿しました。転勤で7年ぶりに長崎を離れる事になってましたが、後任の適任者が居ないと言うことで、暫くの間は長崎も兼務になったんですよ😅、福岡の2部署の所長、長崎の所長、本社の生産統括部の部長と経営企画人材開発室の室長の5部署の責任を押し付けられます💦もう目茶苦茶です😂新転地の現況把握に務めるのに精一杯でブログを作成する余力がありませんW



同時に世の動向への関心が薄れています。イラン紛争もトランプさんも高市さんの存在も平行世界の存在と言うか、私は興味ないと別世界から傍観している感じです。恐らく次元の分岐を迎えたからかな?混乱や負が充満する世界から離脱して別の未来線を歩み出した感じです。



一言物申すとすれば、現在の混乱は新しい世界に向けての変動期です。この世に善と悪の区別はありません。 味方から見たら正義でも、敵から見たら悪です。トランプさんや高市さんの変貌も新世界を迎える為のお役目なのかも知れませんね。どっぷり同調せずに少し間を空けて自分軸を保った方が良いかもしれませんね♪



御礼回り♪
出雲近隣公園
出雲近隣公園です。3月末にお嬢さんに別れを告げに行きました。数年前に裏手の雑木林の中に誘われお嬢さんと出会いました。階段を登った先に社があったんです。社の扉を開くと中に『可愛らしいお嬢さん』が座ってました。枯葉などでお社の中が荒れていたので掃除をしました。初めは人形から『ツンケン』した波動が伝わりましたが今はありません。大正時代に建設された『出雲浄水場』の跡地に造られた公園です。浄水場時代に『水神様』が祀られていたと思われます。廃社後に誰かが人形を据えたんだと思われます。経緯は不明ですが、今はもう一人和服姿のお友達が増えています。コレでお嬢さんも寂しくないですね♪



ココの地名は『出雲』です。真向かいの山は『稲佐山』です。稲佐山は江戸時代までは『天神山』と呼ばれました。天神山と呼ばれた理由は、いぜん山の頂に『天神社』が存在したからだと伝わりますが、現在は確認できないので正しい情報なのかは定かでは御座いません。明治政府はなぜ稲佐山に改名したのか?出雲にちなんで名付けられたのだろうか?稲作が盛んな地から名付けられたなど説もありますが、平地が少ない長崎市が地名になるほど稲作が盛んとは思えませんが?
 


地元の民間レベルで伝わる古い言い伝えを耳にした事があります。海の向こうから異国の姫が瓊浦(たまのうら)流れ着きました。瓊浦とは長崎の古い呼名です。一向は瓊浦の山麓に住み着きます。その時に異国の姫を護衛した集団が『稲佐』と呼ばれたそうです。稲佐山はその部族の名前が由来かも?興味深いのはその続きです。姫一行は暫くこの地に住み着きましたが、ある日突然と旅立ったそうです。一行が目指したのが島根県と言われます。あくまでも地元に伝わる噂です。



長崎港周辺には、神ノ島、女神大橋、ねずみ島など神功皇后伝説が点在します。稲佐山の麓に鎮座する淵神社は弁財天を祀ります。稲佐山は弁財天の聖地です。磐座信仰の聖地である立岩権現も存在します。稲佐山を挟んで長崎市内と反対方向の式見方面にはりんご岩がある弁天白浜海岸があります。私が市杵島姫(磐長姫)に導かれた海岸です。弁財天=瀬織津姫命です。



出雲近隣公園〜鍋冠山一帯は、奴国初代王の大幡主命と天照日巫女が祀られた聖地です。近くに『二本松神社』が鎮座します。


二本松神社

社の中を隙間からのぞくと!?『白旗大明神』の石碑が祀られます。もう一つは不明です。三段松の紋が確認できます。コレは宮地嶽神社と同じ『大幡主命』のシンボルです。


一説では白旗大明神=武家の棟梁の源頼朝公を示すと言われますが長崎市と源頼朝公の関係がシックリきません。白旗大明神とは大幡主命を指すのではないだろうか?大幡主命は白族であり、呉太白の末裔です。白山菊理姫様も同族です。白旗大明神の正体は大和王朝以前の倭国王朝の始祖神として祀られた大幡主命なのかも知れませんね。



大幡主命は数多の別名があります。埴安彦命、埴安大明神、櫛田大明神、熊野速玉大神、速玉大神、大山住神、大海住神(大綿津見命)、八幡大明神、住吉大明神、地禄大明神、大若子命、大歳命、地蔵菩薩、閻魔大王、馬頭観音菩薩、ヤハウェ、、、全てが国龍大神である『国之常立大神』の分霊です。2026年丙午は国之常立大神が人間界に復活を果たされました。神世界では既に数年前に復活しています。人間界には遅れて転写します。地球の統治権は国之常立大神に戻りました。国之常立大神は宇宙の中心である北極神の『天之御中方主命(大国之常立大神)』の分霊です。



天満神社
出雲近隣公園の下方に『天満神社』が鎮座します。菅原道真公が祀られますが、神社の境内には謎の女神の石祠が座ります。中を確認すると『四ッ姫』と刻まれています。聞いたことない御名前です。四ッとは?江戸時代の身分制度で穢多非人(エタヒニン)と呼ばれる人達が『四ッ』と呼ばれます。四つん這い=牛や馬と同じという差別用語です。もう一つは江戸時代にあの世や死後の世界の意味する俗語として、四ッが使われました。四ッ姫とは!?馬に恋をして結婚した『お白様』や『黄泉の国の姫』を表すのか?黄泉の国の女神と言えば『伊邪那美命』が浮かびます。お白様が結婚した馬は馬頭観音菩薩や牛頭天王のご正体と言われる『大幡主命』なのかも知れませんね。判んないけど😁



先ほども言いましたが、長崎市の稲佐山は江戸時代までは『天神山』と呼ばれました。明治政府がワザワザ稲佐山に改名した理由は何なのか?天神様は菅原道真公です。明治政府が神道である天神を隠す必要は無いはずですが?現在の稲佐山には天神社は存在しません。戦国時代にキリシタンに焼き討ちにあったのか?磐座信仰の聖地の立山権現岩と麓の立山神社にヒントがないのかな?といぜん神社を参拝しました。神功皇后の命で武内宿禰が山に登って周囲を一望したとの伝説から立山権現は武内宿禰と言われます。ん~~それもしっくりきません。違う様に感じます。武内宿禰よりも遥かに古い時代から存在したと直感します。



天神様は菅原道真公の代名詞ですが、原初の天神は夫婦神です。奴国の王都である福岡県那珂川市には複数の天神社が存在します。祀神は『埴安彦命と埴安姫命』です。神話では大和王朝に謀反を起こして討伐されたとされる人物です。埴安彦命と埴安姫命は旧王朝を統治した倭国王と王女です。別名が大幡主命と天照大神です。



菅原道真公は後の時代に合祀されます。道真公の存在で大幡主命と天照大神の存在を消したのか?大幡主命=国之常立大神の分霊です。天照大神=伊邪那岐命と離縁後に大幡主命と再婚した伊邪那美命です。私は伊邪那岐と伊邪那美の名も大和王朝の創作と考えます。名前に邪が入ります。日巫女を卑弥呼とした様に蔑んだ意が込められます。違う神名を付けて国祖神を封じたのでは?

 


鎮西大社諏訪神社の建御名方神とのご縁を結んで下さった阿蘇国造神社の雨宮姫様

阿蘇国造神社
阿蘇国造神社は私の先祖が二千以上も昔から祀る総氏神様です。ナマズが祀られるは火神(山人族)の王に水神(海人族)の姫が嫁いだことを示しています。倭国時代に龍宮の乙姫(瀬織津姫命)が阿蘇に嫁いで来たんですね。阿蘇国造の主祭神である『雨宮姫命』の娘様が『奈留多姫命』です。後にウガヤフキアエズの妻や母と言われる女神です。福岡県糸島市の『産土神社』の主祀神です。


長崎に転勤する前に阿蘇国造神社を参拝しました。その時に『長崎に行ったら諏訪の神を頼りなさい。諏訪神は私の息子です。』と脳裏に浮かんだんです。その時は知りませんでした。建御名方神の妻である八坂刀売命=奈留多姫命と後に気が付きます。雨宮姫命の娘である奈留多姫命が建御名方神に嫁いで八坂刀売命と呼ばれます。




鎮西大社諏訪神社

祓戸神社
瀬織津姫命、速秋津姫命、気吹戸主、速佐須良姫命の祓戸四神が祀られます。なぜか正面で福澤諭吉の石像が睨みを利かしています。福澤諭吉は長崎で蘭学を学んでいますが、鎮西大社諏訪神社や祓戸神社と特別な関係があったという痕跡は確認できません。なぜ祓戸神社の敷地に建てられたのかは解りません。大した意味はないかも?

玉園稲荷神社
八坂刀売命の八坂とは?素直に連想すれば八坂神社の八坂です。牛頭天王や素戔嗚命の娘様と言う事になります。牛頭天王の真は午頭天皇です。漢字が違います。牛(うし)では無くて午(うま)です。仏教では馬頭観音菩薩です。午と牛が間違えた事で素戔嗚命と混同されますが、午頭天皇は博多の櫛田神社の大幡主命です。国之常立大神です。ゆえに櫛田神社は、大幡主命と素戔嗚命と天照皇大神の三柱が区別されて祀られます。国之常立大神の存在を消すためにボカシました。


男クジ
ラストのクジも『大吉』でした。建御名方様から『ひらめきと直感で未来を拓く』と大好きなお言葉を頂きました。長崎での素晴らしい7年間をありがとう御座いました。








ラスト・エンペラー
皇室が天皇後継者問題で揺らいでいます。初代神武天皇以降の男系の血筋(血統)によって受け継がれる事が皇室典範(こうしつてんぱん)により定められています。
 
 
皇室典範とは皇室に関する日本の法律です。「男系」とは該当人物から父方の先祖を辿ってゆくと神武天皇に辿り着きます。簡単に言うと神武天皇の血筋以外は天皇になれないのです。本当に神武天皇の血筋は受け継がれているの?紀元前660年の神武天皇の即位から2686年間も一度も途切れずに父方の血筋が続いているのかな(・・?
 
 
睦仁親王の切腹写真が2018年にエリザベス女王(生前時)がオークションに出品したとの噂が広まり拡散されました。撮影日時は1872年(明治5年)11月21日で場所は横須賀造船所ドライドック前と言われます。明治政府の言いなりにならない睦仁親王(真の明治天皇)を切腹に追い込んで、傀儡とすり替えたと言う話です。誰が何の目的でこんなデマを拡散したのでしょね。とんでもないデマを流す奴もいるんですね(^_-)-☆
 
 

しかし…なぜ写真をエリザベス女王が持っていたのだろうか?この話が本当ならイギリス王家と明治政府が通じていた事になります。大久保利通公は岩倉使節団に参加して2年間欧州の近代国家を視察しました。その時に取り込まれたのか?大久保利通公の子孫が自民党の麻生金太郎氏です。確か麻生金太郎氏は『イエズス会』の幹部ですよね。妹の信子氏が寛仁親王に嫁いで現天皇家と血縁関係にあります。祖父の吉田茂元首相も『CIA』の前身である『GHQ』のエージェント。大久保利通公は帰国後に別人と化して盟友の西郷隆盛公と対立して西南戦争に至ります。西郷隆盛公や江藤新平公はいったい誰と戦ったのだろうか!?
 
 
この話が事実ならクーデターです。この時代の天皇は象徴ではありません。以下の御仁が私達が知る明治天皇です。先の写真とは別人の様にも見えるのは気のせいだろうか?

  
2人は本当に同一人物なのか?血縁者なのか?私も親王としてこの世に転生した過去があります。明治天皇より昔の時代です。魂の転生なので肉体的な遺伝はありませんが、魂の遺伝はあるのだろうか?でも写真を見ても何にも感じません。


私の場合は大勢の人達から命を狙われる疎ましい存在でした。その時にかけられた呪詛か強力でした。その後も2度転生しましたが、命を狙われるので日本で転生する事を断念して異国での転生を選択しました。今世ではようやく日本に帰国できました。命を狙われるので前世は予知能力を与えられます。その能力で命が狙われる危険を回避して生き延びました。仙人のような暮らしをしました。今世はその能力を封じられて転生してきます。理由は能力が無くても今世は生き延びる事が可能と言う事なんだと思います。その通りで今も生きています。しかし10代までは執拗に命を狙われます。今世は前世の私を阿蘇で匿ってくれた恩人達の子孫として転生しました。私が転生する時にご先祖様が阿蘇国造神社の雨宮姫様に私を助けてくれと願って下さった様です。雨宮姫様のご加護が無ければとうの昔に死んでいたと思います。そして30歳を迎えた時にようやく呪いが解けたんです😰長かった〜
 
 
  
 
実家の床間

二十年前に私が無意識に組み上げた床間です。何かに取り憑かれたように組み上げたそうです😅、この意味に気付いたのは5年前です。トップの能面が素戔嗚命。左が『賀茂氏』、右が『阿蘇国造』でした。中央に飾られるのが、阿蘇国造神社の境内に生息していた『手野の大杉の枝』です。台風で倒木した時に父が神社から譲り受けます。
  
 


二人の神武天皇
大和王朝の初代天皇とされる神武天皇は大和王朝の始祖ではありません。神武天皇の即位は紀元前660年とされますが、その時代に大和王朝はありません。大和王朝が本当の意味で確立したのは西暦660年頃では?紀元前660年の神武天皇は倭国(奴国)の始祖神である大幡主命で、西暦660年の神武天皇が大和王朝の始祖では?その時代の天皇は蘇我馬子を暗殺した天智天皇の母親である斉明天皇(皇極天皇)です。蘇我本家が滅んだ事と白村江の戦いの敗北で旧倭国の有力豪族である安曇氏が滅亡した事で大和王朝を主導にした中央集権国家が誕生しました。簡単に言えば本家の倭国を分家の大和が滅ぼします。大化の改新は唐の制度を参考に改革が進められました。でも奇妙ですよね。又660年は百済が滅亡します。百済を救済しようと唐と敵対していた時期です。敵国の制度を模範にした?大化の改新の真は蘇我本家の聖徳太子を暗殺したクーデターなのでは?大和王朝の始まりの王としたいが歴史と辻褄が合わなくなるので、紀元前660年の大幡主命(本家の歴史)と西暦660年の斉明天皇をあやふやにごちゃ混ぜにしたのでは?



科学の力



上図は東京大学の研究チームが調査した縄文人とは渡来人の遺伝子の分布図です。遺伝子工学の発達により2021年に公表されます。大和王朝の中心地であら関西圏は渡来人の遺伝子濃度が著しく高いです。意外なのは能登などの北陸の度合いが高いです。一方の縄文人は東北と九州が高いです。意外なのが関東も縄文人の度合いが高いです。大和王朝が淘汰した九州の熊襲や土蜘蛛や東北の蝦夷(エミシ)は縄文時代(紀元前)から日本に暮らしていた倭国人だと推測します。方言が強い九州人が関東に転勤すると直ぐに標準語に同化します。というかはじめから話せます。関西弁を使う人は同化しませんよね。言語の元が違うのかも?百済が滅亡した時に多くの百済人を大和王朝は関西圏に誘致して住まわせています。因果関係があるのかな?この研究結果をマスコミは大々的に報道しません。国の権力者達にとっては都合が悪い研究結果です。人権問題にも発展しかねませんもんね。
 

関西圏の人達は不快に思ったかも知れませんが、縄文人も渡来人です。楚・呉・越の中国南部、中東、その昔はインドなどから来た渡来人です。加羅や百済人よりも以前に渡航して来ました。私自身も大阪府吹田市生まれです(^^)/


 
武(建)
神武の武は建です。建日別(タケヒワケ)の建で熊襲の国とも言われます。建日は太陽神が建国した国の意です。建日武埴安彦=建埴安彦(たけはにやすひこ)、武御名方=建御名方(たけみなかた)・武甕雷=建御雷(たけみかづち)の武(建)です。素戔嗚命は建速素戔嗚(たけはやすさのお)です。本当でしょうか?国譲りの神話で建御名方神を倒した武御雷神ですが、実は武御雷神は建御名方神の息子と耳にしました。親子で戦わせる嘘の神話を残す事で、建の者達を封じる封印術なのか?
 
 
 
ニギハヤヒ
建速素戔嗚命とは!?建日別と速日別の2国の王を示しています。又、速日とは饒速日(ニギハヤヒ)です。饒=豊の意味です。饒速日を訳すと豊かな速日国になります。速日命(にぎはやひのみこと)は古代日本の太陽神であり出雲王国の祖先神。物部氏の神格化された人物であり伝説や神話の中で重要な役割を果たします。饒速日は国王名ですので歴史上に複数人存在します。神格化された人物が「彦坐王」や「武内宿禰」です。
 
 
 
熊襲と熊野
古事記でイザナギ命とイザナミ命が産んだ吉備児島の別名が「建日方別(タケヒカタワケ)」です。吉備臣の祖先の「御鉏友耳建日子(ミスキトモミミタケヒコ)」「吉備臣建日子(キビノオミタケヒコ)」も建日の血族です。建日別の別名は「熊襲」です。これは後に支配権を得た大和王朝が太陽神の国である建日別(タケヒワケ)を蔑んだ呼名です。熊襲の元は熊野です。熊野信仰は太陽神を信仰しました。熊野速玉大神=建埴安彦です。熊野信仰は倭国の始祖神を祀ります。
 
 
 
日本武尊
日本武尊(やまとたける)の真は倭建命(やまとたける)です。太陽神の倭国を建国した解釈できますね。小碓命(おうすのみこと)が熊襲討伐時に熊曾建(くまそたける)である川上梟帥を殺害した時に健の称号を授与されたと奇妙な逸話が存在します。自分を殺した敵に、自分の称号を譲る筈がないですよね。熊曾建=建日別のタケルです。太陽国の王を意味します。熊襲=建日別=倭国なので日本武尊と熊曾建(川上梟帥)は同族になります。川上梟帥は川上(河上)大明神とも呼ばれます。佐賀県佐賀大和の與止日女神社の前身は川上神社です。古来に川上神社を祀った一族は『高木氏』です。阿蘇氏の一族にも高木氏があります。高木は高来=高木大神=高皇産霊尊に通じます。川上梟帥の妹が現在の祭神である「淀姫命」です。太陽神の妹です。カラスは太陽を意味します。香良洲神社(からす神社)のワカヒルメ命との関係が気になります。川上梟師と淀姫命の二人の兄妹は建御名方神と奈留多姫命(八坂刀売命)の間に産まれた御子です。
 
 
 
建御名方神
川上梟帥と淀姫命の父親が、諏訪大社の建御名方神です。ウガヤフキアエズです。阿蘇国造神社の雨宮姫命の娘である「奈留多姫命」が母親です。面白い事実を明かしますね。国譲りの神話で建御名方神は武御雷命との力比べでボコボコにされて諏訪に逃げたとされます。これは太陽神を封印する目的で創作された大嘘です。だって武御雷命は建御名方神の息子です。日本武尊も同一人物かもしれない熊曾建(川上梟帥)も建御名方神の息子!?武御雷命=日本武尊=熊曾建=川上梟帥なのか?太古のことなので真実を明かす手立てが無いので誇大妄想として処理して下さい。
 
 
 
野蛮民族である熊襲や土蜘蛛を大和王朝が討伐した神話は本家の倭国に対するクーデターです。長い時を経て倭国の神々が目覚めました。約束の時が来たのです。再び国之常立大神が立ちあがります。369の新世界に移行します。現在の日本国内外の動乱は古い秩序が崩壊して新しい秩序が生まれる革命期です。良くなる兆しです。
 



ソフトボール戦記
長女がソフトボールを始めてから始めたソフトボール戦記も4年目になります。中学の活動は今年の次女(中学3年生)で終わります。先日、某高校が主催する大会にエントリーします。高校、クラブチーム、中学のチームが混戦する特殊な大会です。中学のチームは負けてもともと、格上のチームと対戦することでスキルアップを目的とします。予選の対戦校も高校のチームとクラブチームの強豪と対戦します。対戦する高校のチームのエースで四番は長女とバッテリーを組んでいた大先輩です。憧れの先輩に成長した姿を見せたいと次女も楽しいイベントに参加する気分です。高校生やクラブチームには勝ち目はありません。予選で敗退しても本戦は2部リーグに回り勝ち上がれば優勝します。2部リーグは中学生主体になるので可能性はあります。

最後の試合
しかし大会直前に思わぬ事態となります。長女の時から担任もしてもお世話になった顧問(ソフトボール部の監督)の転任が発表されました。急きょこの大会が送別試合になりました。この日が最後で明日から学校にも来ません。本当に最後の最後です。涙ぐむ子供もいました。楽しいイベントが真剣勝負に急変します。新チームになってから未だ一度も入賞していません。監督を有終の美で飾りたいとチーム一丸となって格上のチームに挑みました。


おわり
はぐれ烏369