すいませんね、この日記、実は先月の24日に書いたんですけどね。
最近ドタバタしててアップできなかったもんで…。
遅ればせながらアップします。
ほいでは、以下、先月行った、千葉県船橋市に行った時の日記をば!!
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先日の千葉行きで検見川送信所に行きましたが。
すっかりここが太平洋戦争の幕を開けた『ニイタカヤマノボレ』を発信したところだと勘違いしてて。
調べたら船橋の海軍送信所だということが分かったので行ってみることに。
最長距離でしたよ…。
まぁ、ついでにいろいろ船橋市内を巡ってたからなんだけど(苦笑)
海軍無線電信所船橋送信所があった船橋市行田についたのは家を出発して凡そ1時間半後。
もっとかかるかと思ってたんだけど、意外と早く着きましたよ。
体力、ついてきたか、ウヘヘヘヘ。
この送信所があったところは現在、とても大きなまぁるい公園になってまして。
その中心よりほんの少しずれたところにこんな記念碑が。
これ、経産省の「近代化産業遺産」として登録されているそうです。
近代化産業遺産って初めて聞いた…。
くわしくはこちらで(Wiki)。
さて、ここから少しアダルトワールドに入りますよ。
mixiはいいんだけど、最近、中学生の姪っ子や同期の娘さんも読んでるらしいことが分かってきたので言葉、選ばないと(苦笑)
いや、ブログとmixiで文章変えればいいんだけど、めんどくさいんだもん(苦笑)
大体、mixiで書いてからブログにコピペしてますよ。
さて、と言うわけで。
以前、古巣で『ストリップ』という芝居をやりまして。
たくさんのきれいなおねいさん達が生まれたままの姿になってお客さんの前で踊ると言う、特別な劇場のお話だったんですけどね。
この特殊な劇場の事務室を舞台に話は進められていくんですがね。
特殊な劇場なだけに、いろいろ現場を知りたいということになって、船橋の特殊劇場に取材の申込みをしたところ、OKをいただきまして。
初演・再演も含めて4回ほどいろいろお話を聞かせていただいてお世話になったのが、老舗の『若松劇場』さんでした。
こちらの劇場、船橋にあるので久しぶりに行ってみたんですけどね。
昼過ぎなのにとても静か。
何やらおかしい。
あ、れ?
「休館」って張り紙してあるけど、おねいさんたちの写真が何も貼られてないのはおかしい…。
と思ってよくよく見てみると。
営業停止の張り紙が…。
結構停止期間が長いんだけど、スタッフのみなさん大丈夫なのかしらん?
特にボクは支配人さんにすごくいろいろ教えてもらったので…。
そういった稼業の人っぽくなくって、なんだかとっても普通のおじさんで。
いかにも「雇われ」みたいな雰囲気の方だったので、すごく話しやすかった。
取材させてもらった時、いきなり受付けに小学生の女の子が来て。
よくよく会話を聞いてたらどうやら娘さんらしくて。
特殊劇場の受付で、小学生の女の子と、そのお父さんが
「お小遣いちょーだい!」
「ダメだよ、お母さんに怒られちゃうよ」
「お父さんのケチっ!」
「ああ、待って、ミカンあげるから、これで我慢して!あ、待って!!」
と繰り広げられる、すごいシュールな光景をまたぞろ思い出してしまいました。
あの娘さんも、今はお年頃なんだろうなぁ…。
ちょっと営業停止という状態に、大きくショックを受けてしまってましたよ。
この辺りは、昔の花町だったので。
取材の時にはそれらしい建物もあったんですがね。
昨日見て回ったら、そういった建物もことごとく無くなってて。
立派なおうちが建ってました。
ぬん…時間は流れるものなのね。
この近所にはこんなお地蔵さんも。
西向地蔵さん。
この辺り、処刑場でもあったそうで。
処刑場って、首切り場のことですね。
その供養のために建てられたものだそうです。
ちょっと謂れは怖いけど、でも良いお顔のお地蔵さんなんだよなぁ。
誰かに似てる。
知り合いの、誰かに。
誰だっけ?(笑)
特殊劇場を起点に、北に少し行くとこの西向地蔵があって。
逆に南に少し行くとあるのがバラック集落。
これはちょっと衝撃的だった…。
船橋の南本町44番地。
もともと塩田が広がってたところ、らしいのです。
今でも海沿いのそんな名残りが残ってました。
すぐ近くに水門もあって。
44番地の印象って、この写真みたい。
美しくて汚くて静かで死んでるようで、でも生活感は溢れてて。
これがその44番地です。
後ろには最新の高層建築。
でも、その下は今にも崩れそうなバラック集落が延々と続いてて…。
ちょっと、どう捉えていいのか混乱しました。
廃屋だと思って写真を撮っていたら、人が出てきて。
とても失礼なことをしてるんじゃないかと思い始めてしまい。
そしてちょっと憐憫の情を感じてしまったというか…。
それもまた失礼な話なんじゃないかと。
よそ者のボクが勝手に哀れみを感じるなんてのは、とっても失礼だと。
混乱しながら裏手に回った時、川越しに見た風景に、でも、ボクはちょっとクスってしてしまったんですよね。
「あ、地デジのアンテナが立ってる…」
って。
たくましいな、と思いました。
でまた、葦がぼうぼうに生えた先に隠れるようにして建っているバラックに、何故か美しさも感じて。
なんか、全部ひっくり返された感じ。
やるなぁ。
たぶん、絶対、快適にはほど遠い生活だと思います。
なんかでも凄みを感じましたよ。
ツイッターで「リアル桟敷童子」って書いたのはそういう意味でした。
ただ、全部が全部に住んでいらっしゃるのか、それでも一部は廃屋なのかは、やはり分かりませんでした。
市制的にも課題となっているそうなので、近い将来、この風景も無くなってしまうのかもしれません。
時間が少し余ったのでもう1ヶ所行ってみることに。
ららぽーと TOKYO-BAY周辺。
昔、船橋ヘルスセンターがあったところ。
かつ、「ららぽーとスキードームザウス」があったところ(そこは今IKEYAになってます)。
でもあり…。
”オートレース発祥の地”と謳っている船橋オートレース場のあるところ。
なぜに行きたかったかと言うと、このオートレース場とららぽーとの駐車場があったところが、かつて船橋サーキットというレース場があったところでもあるから。
浮谷東次郎が、トヨタのスポーツ800で優勝して伝説を作ったサーキット場。
一部の客席は当時のをそのまま使ってるって聞いたことあるんだけど…。
でも今回はさすがに疲れた。
今、足がパンパンです(苦笑)
総括すると。やはり千葉、パネェ…。
最近ドタバタしててアップできなかったもんで…。
遅ればせながらアップします。
ほいでは、以下、先月行った、千葉県船橋市に行った時の日記をば!!
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先日の千葉行きで検見川送信所に行きましたが。
すっかりここが太平洋戦争の幕を開けた『ニイタカヤマノボレ』を発信したところだと勘違いしてて。
調べたら船橋の海軍送信所だということが分かったので行ってみることに。
最長距離でしたよ…。
まぁ、ついでにいろいろ船橋市内を巡ってたからなんだけど(苦笑)
海軍無線電信所船橋送信所があった船橋市行田についたのは家を出発して凡そ1時間半後。
もっとかかるかと思ってたんだけど、意外と早く着きましたよ。
体力、ついてきたか、ウヘヘヘヘ。
この送信所があったところは現在、とても大きなまぁるい公園になってまして。
その中心よりほんの少しずれたところにこんな記念碑が。
これ、経産省の「近代化産業遺産」として登録されているそうです。
近代化産業遺産って初めて聞いた…。
くわしくはこちらで(Wiki)。
さて、ここから少しアダルトワールドに入りますよ。
mixiはいいんだけど、最近、中学生の姪っ子や同期の娘さんも読んでるらしいことが分かってきたので言葉、選ばないと(苦笑)
いや、ブログとmixiで文章変えればいいんだけど、めんどくさいんだもん(苦笑)
大体、mixiで書いてからブログにコピペしてますよ。
さて、と言うわけで。
以前、古巣で『ストリップ』という芝居をやりまして。
たくさんのきれいなおねいさん達が生まれたままの姿になってお客さんの前で踊ると言う、特別な劇場のお話だったんですけどね。
この特殊な劇場の事務室を舞台に話は進められていくんですがね。
特殊な劇場なだけに、いろいろ現場を知りたいということになって、船橋の特殊劇場に取材の申込みをしたところ、OKをいただきまして。
初演・再演も含めて4回ほどいろいろお話を聞かせていただいてお世話になったのが、老舗の『若松劇場』さんでした。
こちらの劇場、船橋にあるので久しぶりに行ってみたんですけどね。
昼過ぎなのにとても静か。
何やらおかしい。
あ、れ?
「休館」って張り紙してあるけど、おねいさんたちの写真が何も貼られてないのはおかしい…。
と思ってよくよく見てみると。
営業停止の張り紙が…。
結構停止期間が長いんだけど、スタッフのみなさん大丈夫なのかしらん?
特にボクは支配人さんにすごくいろいろ教えてもらったので…。
そういった稼業の人っぽくなくって、なんだかとっても普通のおじさんで。
いかにも「雇われ」みたいな雰囲気の方だったので、すごく話しやすかった。
取材させてもらった時、いきなり受付けに小学生の女の子が来て。
よくよく会話を聞いてたらどうやら娘さんらしくて。
特殊劇場の受付で、小学生の女の子と、そのお父さんが
「お小遣いちょーだい!」
「ダメだよ、お母さんに怒られちゃうよ」
「お父さんのケチっ!」
「ああ、待って、ミカンあげるから、これで我慢して!あ、待って!!」
と繰り広げられる、すごいシュールな光景をまたぞろ思い出してしまいました。
あの娘さんも、今はお年頃なんだろうなぁ…。
ちょっと営業停止という状態に、大きくショックを受けてしまってましたよ。
この辺りは、昔の花町だったので。
取材の時にはそれらしい建物もあったんですがね。
昨日見て回ったら、そういった建物もことごとく無くなってて。
立派なおうちが建ってました。
ぬん…時間は流れるものなのね。
この近所にはこんなお地蔵さんも。
西向地蔵さん。
この辺り、処刑場でもあったそうで。
処刑場って、首切り場のことですね。
その供養のために建てられたものだそうです。
ちょっと謂れは怖いけど、でも良いお顔のお地蔵さんなんだよなぁ。
誰かに似てる。
知り合いの、誰かに。
誰だっけ?(笑)
特殊劇場を起点に、北に少し行くとこの西向地蔵があって。
逆に南に少し行くとあるのがバラック集落。
これはちょっと衝撃的だった…。
船橋の南本町44番地。
もともと塩田が広がってたところ、らしいのです。
今でも海沿いのそんな名残りが残ってました。
すぐ近くに水門もあって。
44番地の印象って、この写真みたい。
美しくて汚くて静かで死んでるようで、でも生活感は溢れてて。
これがその44番地です。
後ろには最新の高層建築。
でも、その下は今にも崩れそうなバラック集落が延々と続いてて…。
ちょっと、どう捉えていいのか混乱しました。
廃屋だと思って写真を撮っていたら、人が出てきて。
とても失礼なことをしてるんじゃないかと思い始めてしまい。
そしてちょっと憐憫の情を感じてしまったというか…。
それもまた失礼な話なんじゃないかと。
よそ者のボクが勝手に哀れみを感じるなんてのは、とっても失礼だと。
混乱しながら裏手に回った時、川越しに見た風景に、でも、ボクはちょっとクスってしてしまったんですよね。
「あ、地デジのアンテナが立ってる…」
って。
たくましいな、と思いました。
でまた、葦がぼうぼうに生えた先に隠れるようにして建っているバラックに、何故か美しさも感じて。
なんか、全部ひっくり返された感じ。
やるなぁ。
たぶん、絶対、快適にはほど遠い生活だと思います。
なんかでも凄みを感じましたよ。
ツイッターで「リアル桟敷童子」って書いたのはそういう意味でした。
ただ、全部が全部に住んでいらっしゃるのか、それでも一部は廃屋なのかは、やはり分かりませんでした。
市制的にも課題となっているそうなので、近い将来、この風景も無くなってしまうのかもしれません。
時間が少し余ったのでもう1ヶ所行ってみることに。
ららぽーと TOKYO-BAY周辺。
昔、船橋ヘルスセンターがあったところ。
かつ、「ららぽーとスキードームザウス」があったところ(そこは今IKEYAになってます)。
でもあり…。
”オートレース発祥の地”と謳っている船橋オートレース場のあるところ。
なぜに行きたかったかと言うと、このオートレース場とららぽーとの駐車場があったところが、かつて船橋サーキットというレース場があったところでもあるから。
浮谷東次郎が、トヨタのスポーツ800で優勝して伝説を作ったサーキット場。
一部の客席は当時のをそのまま使ってるって聞いたことあるんだけど…。
でも今回はさすがに疲れた。
今、足がパンパンです(苦笑)
総括すると。やはり千葉、パネェ…。






































































