両翼を広げて立つ子どもたちの胸に、天空の星のすべてが降り注ぎ、心の中の失くしたものたちに色とりどりの火花を飛ばす。
子どもたちは、愛することによって自分自身を見い出すことができる。
大人たちは、愛して、そのことによって自分を失ってゆく。
怒りや悪意が何をしでかすかということは、証明されている。
いつか君たちが、群衆の中をかき分け進めば進むほど、不和な暮らしを見るだろう。
さっきまでけんかをしていた足の不自由な少年が笑顔を見せ、失明した少女が祝福された目で光に呼びかける。
ひとりは隅っこに腰掛け、頭を両手ではさんで先生が弾くオルガンの伴奏にすっかり聴き入っていた。
小さい窓ガラスを通して太陽が、もう斜めに暮色に輝き、テーブルの上の花束の中に深く燃え、色褪せた壁紙に戯れていた。
さながら小さい秘密の宝庫が宝石の輝きに満たされるように、弾かれるような光で満ちていた。
すべては過ぎ去り、すべての新しいものは移ろう。
触れ歩く呼び声は駆け出し、金持ちになろうという願いを振り替えて、豊かに幸せになれるよう、そんな願いがこの場所で踊っている。
赤みがかったランプの光が、大きな教室の中を弱く流れた。
木立が外で風にもまれて呻いた。
風と湿気、秋、苦い木の葉の匂い、散乱するニレの木の葉。
少年と少女たちは、静かに懇願するような目で、不安と愛とに満ちて、庭に立つ僕に歩み寄ってきたので僕は胸が張り裂けそうになった。
一瞬の間、僕は僕自身でなくなり、僕の目に映る少年たちが僕自身のように見えた。
窓の向こうの丸いテーブルの上に、椅子の上に、積み重ねた本の上に歌は零れ、真紅のダリアを交えた、コップの中の数本の秋の花は、痛ましく美しい寂しさに燃えていた。
悲しげに慎重に、傷だらけの僕を見つめる少年たちの瞳は、魅惑的に美しく、宿命的な寂しさにひたされていた。
また別の光景が、穏やかな庭の遠方から僕の目に入った。
駆け寄る小さな少女たちの胸には、高い空の恵みに住まいながら、雲のように重みがなく、美しく幸せに、大気のように軽く漂い、弦楽のように満ち足りているのを。
僕が微笑むと、少女たちは立ち上がって、教室の方に向かっていった。
今の僕は、孤独から抜け出て、同じ方向に歩んでゆく力はあったが、両手を伸ばしてベンチにひとり腰掛け、みんなの歌声を待った。
ある歌は、「手をつないでいよう」と少年が歌った。
ある歌では、「信じてる」と少女が歌った。
純粋な歌は、なんて人を美しくするものだろう。
心に愛を沸き立たせるものだろう。
今、僕の心にあるものを、そのまま人の心に移せたらと思う。
そうすれば、何もかも美しくあり、喜びと希望に笑み輝けという気がする。
そして、その希望はなんて感染されやすいものなんだろう。
この少年と少女たちの歌には、どれほどの優しさが秘められていることか。
どんなに僕を労わり、僕に甘え、どんなに僕を元気づけ、僕の心をもみほぐしてくれることか。
僕は、うまく君たちに伝えることができるだろうか。
彼らは分け合うことを知っている。
許し合い、信じることができる。
僕さえも忘れかけていた大切なこと。
純粋な歌は、優しい雨だ。
それは、僕の敗北の泉に絶え間なく打ち続けた。街に降り注ぐ足音のように。
その雫の数々は、勝者にだけ与えられるはずの光の王冠を次々と生み出しながら痛みを打ち砕き、僕を勇気づけようとして、再生の祈りを歌い続ける。
絶望の深海の淵にいるからこそ、僕にはそれが見え聴こえた。
孤独な世界が目の前で、心の中でばらばらになり、涙と響きのうちに沈んでいった。
泣くものには、すべての天使が近づく。
僕は、あらゆる動機と原因を忘れて、耐え難い緊張の高みから、日常普通の感情の和やかな黄昏の中へ、何も思わず誰にも見られず泣きながら落ちていった。
そしてもう少しで、胸に溢れる想いと言葉を抱いて、教室へ駆けつけてしまうところだった。
僕は安っぽい言葉を持ち倦ねた。
その返事は、僕自身をもって返すものだと気づくだけ、僕はまだマシだった。
僕の暮らしは、この優しさ漂う子どもたちを見つめ、彼らに近づき、彼らと同じようなものになるという意味しか持っていなかったのかも知れない。
だけど、今の僕は、彼らからは達しがたいところにいて、理解してやることも、救ってやることも出来ず、望みのない憧れに祀られて疲れながら、遠い彼方に没し去りかけている。
僕は足を引きずりながら、ゆっくり庭の端を通り抜けてゆき、建物の脇の門扉をくぐり、外に出た。
時々、教室から音楽がざわめいて来たり、消えたりするのが聞こえた。
やがて絶え間なく、音楽と入り乱れた声が、遠方の滝のように響いた。
まるで向こうでは、人々の群れがこぞって楽しんでいるようだった。
一筋の小川が街道に並んで、広く静かに、水面に鴨を浮かべ、青い鏡のような水の下には、緑がかった茶色の水草をなびかせて流れた。
子どもたちは、この街とたくさんの夢の間に陽気に暮らしていた。
僕が好んで聴いていたオルガンの音は、そのままだった。
昔のことはもう誰も知らなかった。
かつての力を失った僕の指先。
僕が誰か、みんな知らない。
そのことが僕の心を優しくさせる。
君たちが卒業し、いつどこの場所に歩み始めても、ここで育んだ夢は、永遠に消えはしない。
この空の続くところには、戸を閉ざし夢中になってピアノを弾いている僕がいて、いつの日かこの上なく美しい歌の中で、明日を夢見ながら、君たちのことを気にかけている僕がいる。
やがて君たちも知るだろう、街中は悲しみに暮れているということ、人は皆、せつない悲哀の雲と潮に包まれて歩いているということを。
歩き出す夢と希望には、妬みや憐れみといった悩ましく重い影が広がり、失意と混乱の中、手さぐりで優しさを探し求め、裏切りに心が迷い疲れてしまうことだって、きっとあるだろう。
この世界には、駆け引きのない真実の、本物の優しい、純粋な愛がある。
それを見つけ出すことは、とても難しいけれど、それでもいつか見つけ出すんだ。
偽りの愛は、誠実さを蝕み、疲れた心だけを置き去りにして、いつか壊れてしまう。
僕たちは、翼の一つをもがれてこの狂った世界に産み落とされた片翼の鳥だ。ひとりじゃうまく羽ばたくことはできないけれど、痛みを歌うことはできる。
その声は、あるがままの青い鳥の囁き。
決して、あきらめちゃだめさ。
空が、闇に飲み込まれてしまわないように、もがき、過ぎゆく時と戦っているのが見える。
そのもがきは、視力を奪われてゆく僕自身の左眼のようであり、聴力を失った右耳、隠すことの出来ない自身抹殺の傷跡たちが夢見る、失くした美しい日々への憧れにも似ていた。
まさに人間失格そのものの所業の成れの果て、身体のありとあらゆるところを真っ白な包帯で覆われた今の僕には、過ぎゆく時を上目使いで見つめ歩くしか術がないけれど、それでも明日を見つけ出そうとしている。
限りない憧れへの切望を、無口に、彩り豊かに、空が感情を書き殴ってゆく。
そんな黄昏ゆく遠い空を飛ぶ鳥は、まるで何かと戦う君や僕のようさ。
夕暮れに染まる空に目を細めながら、僕は現金の入った封筒をバッグから取り出し、ぎこちない指先で一つ、また一つとポストに投函していった。
その一つ一つは、僕の夢の欠けらだった。
最期の一つをポストに差し込み、僕は歩き出した。
ねえ、裏切りに心が傷つけられたときや、孤独の寂しさに負けてしまいそうなときは、泣いたっていいんだ。
誰も強くはないんだ。
踏み出す一歩が、光の射す方に向かっているように。
広げた小さな手には、僕がつながれている。
光を見失い、暗闇の中に迷い疲れたときは、ごらん、僕の涙が君たちの光。
僕と同じ運命を辿る子どもたちを見ると、涙がこぼれる。
この滅びの男が、どんなに酷くやられていても、どれだけ傷ついていても、己の運命を誰かのせいにすることなく、僕が僕であることに立ち向かう姿を子どもたちに。
僕自身が子どもたちの未来、希望の光。
さあ、顔をあげよう。
僕は、君たちのことを愛している。
君たちのことを信じている。
君たちのためなら、犠牲になろう。
素敵な音楽会だったよ。
希望を乗せた君たちの歌声は、僕のピアノなんかと比べものにならないくらい力強くて、ずっと優しく素敵だった。本当さ。
元気でね。
生きることとは、自己を見つめ、自己を知り、自立すること。
悲哀は生きることの錯綜。
だから、みんな負けないで。
またいつか、きっとどこかで会えるさ。
僕は、こんなふうに感じているんだ。
君たちは、愛という名の僕自身だと。





