片翼の青い鳥

片翼の青い鳥

幼い頃の晴朗な笑いと悲傷の日々
愛を求めて彷徨い 傷ついていくだけの心
どれだけ傷つけば 人は幸せになれるのだろう
ねえ 何を話せばいい?
だけどそうだね そんなことは もうどうでもいいことなんだ
忘れたはずの歌が聴こえてくる
街に降り注ぐ足音のように

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 両翼を広げて立つ子どもたちの胸に、天空の星のすべてが降り注ぎ、心の中の失くしたものたちに色とりどりの火花を飛ばす。
 子どもたちは、愛することによって自分自身を見い出すことができる。
 大人たちは、愛して、そのことによって自分を失ってゆく。
 怒りや悪意が何をしでかすかということは、証明されている。
 いつか君たちが、群衆の中をかき分け進めば進むほど、不和な暮らしを見るだろう。
 さっきまでけんかをしていた足の不自由な少年が笑顔を見せ、失明した少女が祝福された目で光に呼びかける。
 ひとりは隅っこに腰掛け、頭を両手ではさんで先生が弾くオルガンの伴奏にすっかり聴き入っていた。
 小さい窓ガラスを通して太陽が、もう斜めに暮色に輝き、テーブルの上の花束の中に深く燃え、色褪せた壁紙に戯れていた。
 さながら小さい秘密の宝庫が宝石の輝きに満たされるように、弾かれるような光で満ちていた。
 すべては過ぎ去り、すべての新しいものは移ろう。
 触れ歩く呼び声は駆け出し、金持ちになろうという願いを振り替えて、豊かに幸せになれるよう、そんな願いがこの場所で踊っている。
 赤みがかったランプの光が、大きな教室の中を弱く流れた。
 木立が外で風にもまれて呻いた。
 風と湿気、秋、苦い木の葉の匂い、散乱するニレの木の葉。
 少年と少女たちは、静かに懇願するような目で、不安と愛とに満ちて、庭に立つ僕に歩み寄ってきたので僕は胸が張り裂けそうになった。
 一瞬の間、僕は僕自身でなくなり、僕の目に映る少年たちが僕自身のように見えた。
 窓の向こうの丸いテーブルの上に、椅子の上に、積み重ねた本の上に歌は零れ、真紅のダリアを交えた、コップの中の数本の秋の花は、痛ましく美しい寂しさに燃えていた。
 悲しげに慎重に、傷だらけの僕を見つめる少年たちの瞳は、魅惑的に美しく、宿命的な寂しさにひたされていた。
 また別の光景が、穏やかな庭の遠方から僕の目に入った。
 駆け寄る小さな少女たちの胸には、高い空の恵みに住まいながら、雲のように重みがなく、美しく幸せに、大気のように軽く漂い、弦楽のように満ち足りているのを。
 僕が微笑むと、少女たちは立ち上がって、教室の方に向かっていった。
 今の僕は、孤独から抜け出て、同じ方向に歩んでゆく力はあったが、両手を伸ばしてベンチにひとり腰掛け、みんなの歌声を待った。
 ある歌は、「手をつないでいよう」と少年が歌った。
 ある歌では、「信じてる」と少女が歌った。
 純粋な歌は、なんて人を美しくするものだろう。
 心に愛を沸き立たせるものだろう。
 今、僕の心にあるものを、そのまま人の心に移せたらと思う。
 そうすれば、何もかも美しくあり、喜びと希望に笑み輝けという気がする。
 そして、その希望はなんて感染されやすいものなんだろう。
 この少年と少女たちの歌には、どれほどの優しさが秘められていることか。
 どんなに僕を労わり、僕に甘え、どんなに僕を元気づけ、僕の心をもみほぐしてくれることか。
 僕は、うまく君たちに伝えることができるだろうか。
 彼らは分け合うことを知っている。
 許し合い、信じることができる。
 僕さえも忘れかけていた大切なこと。
 純粋な歌は、優しい雨だ。
 それは、僕の敗北の泉に絶え間なく打ち続けた。街に降り注ぐ足音のように。
 その雫の数々は、勝者にだけ与えられるはずの光の王冠を次々と生み出しながら痛みを打ち砕き、僕を勇気づけようとして、再生の祈りを歌い続ける。
 絶望の深海の淵にいるからこそ、僕にはそれが見え聴こえた。
 孤独な世界が目の前で、心の中でばらばらになり、涙と響きのうちに沈んでいった。
 泣くものには、すべての天使が近づく。
 僕は、あらゆる動機と原因を忘れて、耐え難い緊張の高みから、日常普通の感情の和やかな黄昏の中へ、何も思わず誰にも見られず泣きながら落ちていった。
 そしてもう少しで、胸に溢れる想いと言葉を抱いて、教室へ駆けつけてしまうところだった。
 僕は安っぽい言葉を持ち倦ねた。
 その返事は、僕自身をもって返すものだと気づくだけ、僕はまだマシだった。
 僕の暮らしは、この優しさ漂う子どもたちを見つめ、彼らに近づき、彼らと同じようなものになるという意味しか持っていなかったのかも知れない。
 だけど、今の僕は、彼らからは達しがたいところにいて、理解してやることも、救ってやることも出来ず、望みのない憧れに祀られて疲れながら、遠い彼方に没し去りかけている。
 僕は足を引きずりながら、ゆっくり庭の端を通り抜けてゆき、建物の脇の門扉をくぐり、外に出た。
 時々、教室から音楽がざわめいて来たり、消えたりするのが聞こえた。
 やがて絶え間なく、音楽と入り乱れた声が、遠方の滝のように響いた。
 まるで向こうでは、人々の群れがこぞって楽しんでいるようだった。
 一筋の小川が街道に並んで、広く静かに、水面に鴨を浮かべ、青い鏡のような水の下には、緑がかった茶色の水草をなびかせて流れた。
 子どもたちは、この街とたくさんの夢の間に陽気に暮らしていた。
 僕が好んで聴いていたオルガンの音は、そのままだった。
 昔のことはもう誰も知らなかった。
 かつての力を失った僕の指先。
 僕が誰か、みんな知らない。
 そのことが僕の心を優しくさせる。
 君たちが卒業し、いつどこの場所に歩み始めても、ここで育んだ夢は、永遠に消えはしない。
 この空の続くところには、戸を閉ざし夢中になってピアノを弾いている僕がいて、いつの日かこの上なく美しい歌の中で、明日を夢見ながら、君たちのことを気にかけている僕がいる。
 やがて君たちも知るだろう、街中は悲しみに暮れているということ、人は皆、せつない悲哀の雲と潮に包まれて歩いているということを。
 歩き出す夢と希望には、妬みや憐れみといった悩ましく重い影が広がり、失意と混乱の中、手さぐりで優しさを探し求め、裏切りに心が迷い疲れてしまうことだって、きっとあるだろう。
 この世界には、駆け引きのない真実の、本物の優しい、純粋な愛がある。
 それを見つけ出すことは、とても難しいけれど、それでもいつか見つけ出すんだ。
 偽りの愛は、誠実さを蝕み、疲れた心だけを置き去りにして、いつか壊れてしまう。

 僕たちは、翼の一つをもがれてこの狂った世界に産み落とされた片翼の鳥だ。ひとりじゃうまく羽ばたくことはできないけれど、痛みを歌うことはできる。
 その声は、あるがままの青い鳥の囁き。
 決して、あきらめちゃだめさ。
 空が、闇に飲み込まれてしまわないように、もがき、過ぎゆく時と戦っているのが見える。
 そのもがきは、視力を奪われてゆく僕自身の左眼のようであり、聴力を失った右耳、隠すことの出来ない自身抹殺の傷跡たちが夢見る、失くした美しい日々への憧れにも似ていた。
 まさに人間失格そのものの所業の成れの果て、身体のありとあらゆるところを真っ白な包帯で覆われた今の僕には、過ぎゆく時を上目使いで見つめ歩くしか術がないけれど、それでも明日を見つけ出そうとしている。
 限りない憧れへの切望を、無口に、彩り豊かに、空が感情を書き殴ってゆく。
 そんな黄昏ゆく遠い空を飛ぶ鳥は、まるで何かと戦う君や僕のようさ。
 夕暮れに染まる空に目を細めながら、僕は現金の入った封筒をバッグから取り出し、ぎこちない指先で一つ、また一つとポストに投函していった。
 その一つ一つは、僕の夢の欠けらだった。
 最期の一つをポストに差し込み、僕は歩き出した。
 ねえ、裏切りに心が傷つけられたときや、孤独の寂しさに負けてしまいそうなときは、泣いたっていいんだ。
 誰も強くはないんだ。
 踏み出す一歩が、光の射す方に向かっているように。
 広げた小さな手には、僕がつながれている。
 光を見失い、暗闇の中に迷い疲れたときは、ごらん、僕の涙が君たちの光。
 僕と同じ運命を辿る子どもたちを見ると、涙がこぼれる。
 この滅びの男が、どんなに酷くやられていても、どれだけ傷ついていても、己の運命を誰かのせいにすることなく、僕が僕であることに立ち向かう姿を子どもたちに。
 僕自身が子どもたちの未来、希望の光。
 さあ、顔をあげよう。
 僕は、君たちのことを愛している。
 君たちのことを信じている。
 君たちのためなら、犠牲になろう。
 素敵な音楽会だったよ。
 希望を乗せた君たちの歌声は、僕のピアノなんかと比べものにならないくらい力強くて、ずっと優しく素敵だった。本当さ。
 元気でね。
 生きることとは、自己を見つめ、自己を知り、自立すること。
 悲哀は生きることの錯綜。
 だから、みんな負けないで。
 またいつか、きっとどこかで会えるさ。
 僕は、こんなふうに感じているんだ。
 君たちは、愛という名の僕自身だと。

 

 

 退院の日は近かった。

 冷えてきた夜遅く、僕は遠い道を落ち着いた気持ちで歩いた。

 街のあちこちで、家に帰る大学生が千鳥足で歩いたり騒いだりしていた。

 これまで僕は、彼らの滑稽なはしゃぎぶりと自分の孤独な生活との対立を感じたことがあった。

 それには、不満を伴うこともあり、あざけりを伴うこともあった。

 だが、今夜のように落ち着きと密かな力を持って、それが自分にとってどんなに無関係であるか、この世界が自分にとってどんなに遠く消え失せているかを感じたことはなかった。

 彼らは、自分の責任と自分の道を創造させられることを恐れるばかりに、どこに行っても自分の過去に自由と幸せを求めるだけだ。

 夜の闇に吠える愚劣さは、他の幾多の愚劣さより愚劣なわけでも、酷いわけでもない。

 彼らが酒宴をやろうと、顔に入れ墨しようと、心が腐敗し滅亡を待っていようと、それが僕に何の関わりがあったのだろう。

 僕は、ひたすら自分の運命が新たな姿で、自分に向かって来るのを待ち受けるように歩いた。

 僕は、周囲の世界が変化し、深い関係を持って厳かに待機しているのを感じていた。

 枯れてしまった噴水の前のベンチに僕は腰掛け、ポケットの写真と音楽会の招待状を眺めて、キーケースから車の鍵を外した。

 雪をも欺く白いクーペ。これを一本の金に換えることにした。

 僕からの精一杯の愛情の証として。

 僕の肩を支えようとしてくれた君たちの夢が、決して押しつぶされてしまわないように。

 そして、それが僕からの最期のプレゼントだ。

 微かに流れる雨も美しく静かで、厳粛に朗らかな音楽に満ちているようだった。

 外部の世界が僕の内部の世界と清く諧音を発した。

 どの家も、どの飾り窓も、路地のどの顔も僕を乱さなかった。

 すべては、あらねばならないもので、日常ありふれたものの空虚な顔をしておらず、すべては待機している自然で、運命に対し、うやうやしく用意を終えていた。

 小さい少年のころ、クリスマスとか音楽会の朝、僕には世界がそんなふうに見えていた。

 雨にくすんだ高い木の後ろに隠れて、明るく住みごこちの良さそうな小さい家が立っていた。

 大きなガラスの仕切りの奥に、高い花のついた茎が、きらきら光る窓の奥には暗い仕切りに沿って絵画や本の列が見えた。

 すべてのものが、肯定されているならそれでいいと思った。

 外には現実があった。
 外には、街路樹と家があり、人がいて、図書館や美術館もある。

 僕の胸には、愛と歌があり、おとぎ話と夢とが生きていた。

 僕は、決意もしなければ、誓いもしなかった。

 僕は、一つの目標、路上の高い一地点に着いたようだった。

 僕はどうなろうとも、あらゆる心に降り注ぐ、悲傷や不幸な運命は、決して孤立することなく近い梢の影に覆われ、あらゆる喜びの近い庭に冷やされて、遠く輝かしく浸み渡るものならそれでいい。

 僕は、バーに入り、仲間に気取って手を振って、ひとりカウンターに腰掛けた。

 ラフロイグを二杯飲み、マスターの了解を得て、埃のついたピアノの前に座った。

 人は、自分の夢を見い出さなければいけない。

 そうすれば、道は容易になるはずだ。

 それが自身の運命であって、それ以外のものではないと思った。
 その夢が自身の運命である間は、人はその夢に忠実でないといけないんだ。

 背後に仲間の声が聞こえた。

 その声は、淵までワインに満たされたグラスのような愛情に満ち溢れていた。

 誰もの運命は、誰をも愛している。

 誰もがたおやかに夢に忠実であれば、夢に見る運命は、いつか自分のものになるだろう。

 僕は、幸せな人々の食卓や陽気な祝宴に帰ることを願わなかった。

 他の仲間を見ても、嫉妬や驕りを起こさなかった。

 僕には、心が見えるようだった。

 そんな僕が、誰もから、狂っている、危険だと思われたのも、もっともかも知れない。

 僕は星に恋した、おとぎ話をした。

 星を抱擁することはできないけれど、実現の可能性がないのに星を愛する希望のない恋の話。

 星の愛に僕は引っ張られている。

 いつか僕を引き付けたなら、僕はすぐに行くだろう。

 まったく愚かな夢だ、それでも僕は夢を見る。

 誰だって自分に関係ないことなど夢見ない。

 この夢は、他の夢に引っ付いていて、その続きなんだ。

 自分の心の中の動きを見せる夢と、他の非常に稀な夢とを僕は区別できる。

 いつか僕が、優しいだけの光を放ち、優しいだけの心を歌うことを夢見るくらい、悪いことじゃないだろう。

 満ち足りた快感の中で呼吸するように、僕は生まれついていなかった。

 僕には、苦悩と追求とが必要だったんだ。

 いつか、自分が美しい夢の幻から目覚めて、孤独か戦いしかないような、他の人々の冷たい世界に、たった一人ぼっちでいるようになるだろうということに、本当は気づいていたんだ。

 誰も間違ってはいない、僕だって。

 僕が君を呼んでも、君が僕を呼んでも、僕たちは出会うこともない。

 愚かな僕の運命を、その声を聞いたからといって、僕が救われるわけでもない。

 もし、僕と同じように苦しむことがあったなら、そのとき君は、自分の心の中を聞かなければならない。

 そしたら、僕が君の中にいることに気づくよ。

 そうすれば、君の姿が優しいだけの夢を見続けている僕に似ている君自身の姿が見えるだろう。

 僕は鍵盤からそっと指を離した。

 

 

 誰でも一度は、両親や先生から自分を隔てる歩みを踏み出さなければならない。
 誰でも孤独のつらさをいかほどか感じたことがあるはずだ。
 たいていの人は、それに耐えることなど出来やしない。
 もちろん、僕だって。
 両親とその世界から、自分の幼年時代の知らない世界から、僕は烈しい戦いをせずに別れていた。
 それは、僕を悲しませ、故郷を訪れたときには、しばしばつらい思いの時を過ごした。
 胸にこたえるというほどではなかったが、僕は別のことばかり考えるようにした。
 だがそんなとき、自分の中の流れが、過去に目を背け、離れようとしているのに突然気づくと、僕は自分がわからず、それはつらい瞬間になった。
 不信とか、孤独とかという名前が、恥ずべき呼びかけや罪人の極印のように思われ、怯えた心は、幼年時代の美徳の懐かしい谷底へ、恐れおののきつつ逃げ帰るが、この絶交が、またこの絆の切断が必要だったとは、信じることはできなかった。
 ただ、幻影が砕けて、色とりどりの破片と化し、僕の心に重く散乱する瞬間だった。
 大きくなれば、見えなかった世界が眼前に広がり、僕は手の届かないところへ行けると本気で信じていた。
 大人になれば、僕は救われると信じていた。
 今の僕は、いちばん遠い島にいたあの頃の僕よりも、ずっと遠くなってしまった。
 僕は、病室でいくども新しい練習にふけった。
 椅子に座って目を見据え、完全に身動きせずにどのくらい持ちこたえられるか、その間にどんなことを感じるか、待ち構えた。
 幼年時代は、僕の身辺から崩壊し去った。
 僕は、すでにさんざん孤独を味わってきた。
 今、僕はもっと深い孤独のあることを、そしてそれは、決して逃れられないものであることを感じていた。
 僕は、窓辺に頬を横たえ、目を閉じていた。
 これが、この姿が、今まで生きてきた僕の証だとしたら、夢を見るのは誤りだった。
 僕を愛してくれる誰かに、夢を与えようと戦うことは誤りだった。
 僕は、僕自身を探し、どこに向かおうと構わず、僕を探って歩いてゆく、ということ以外に、まったく何の義務も存しなかったということだ。
 それは、僕にとってのこの事件の結実だった。
 時々、僕は未来の幻想をもてあそび、美しいものや優しいものを生み出せると夢見たことがあったが、それらすべては虚しかった。
 僕は、美しい音楽を歌うために、誰かを愛するために、優しい旋律を奏でるために存在しているのではなかった。
 僕は、そのために生きているわけじゃなかった。
 それらのことは、すべて付随として生じるに過ぎなかった。
 僕にとって本当に向かうべきところは、自分自身に帰るということのみだった。
 酔いどれとして、あるいは犯罪者として終わろうと、あるいは狂人として終わろうと、そんなことは結局どうでもいいことだった。
 大切なのは、運命を求めるのではなく、自分の運命を見い出し、それを完全にくじけずに生き抜くことだった。
 他のことはすべて中途半端であり、逃げの試みであり、理想への退却であり、順応であり、自己の内心に対する不安だった。
 人は、投げ出されたものだ。
 不確実なものへ向かって、新しいものへ向かって、無へ向かって投げ出されたものだった。
 それをまったく自分のものにすること。
 それだけでよかったんだ。
 それが、深い孤独の中から見つけた僕の真実だった。
 僕は、いつも自分が美しく神聖だと感じているもの、例えばピアノ音楽、象徴、黄昏、星屑たちなどに取り囲まれていなければならなかった。
 それは僕の弱点だった。
 そんな願いはもってはならない、そんな願いは贅沢で弱点だということを、僕は知るべきだったのかもしれない。
 僕も多少の温かさと餌を必要とし、ときおりは犬仲間の気配を嗅ぎたがる哀れな弱い犬だった。
 それは僕のなし得ない、ただ唯一のことだった。
 それは難しい、ありとあらゆることの中で、本当に難しい唯一のことだった。
 孤児院から速達が届いていた。
 不思議に思って開封すると礼状と音楽会の招待状が入っていた。
 僕は毎月、正体を隠し、僕が過ごした孤児院に送金を続けていた。
 先日、看護師に届けるように言づけたら、僕の名前で振り込んだらしい。
 もうどうしようもない。
 招待状には、たくさんの花の絵と、可愛らしい子どもの字で歌詞が書かれてあった。」
 とても素敵な歌詞だった。
 見つめていると、その歌声が聴こえるような気がして、僕は泣きそうになった。
 僕は、その招待状を丁寧に折って引き出しにしまい、過去を思い浮かべた。

 

 

 街路樹が綴れ織りの光と影を東の路上に向かって伸ばし始めるころ、黄昏に染まる街角の公園で、ある

女性が僕の目をひいたことがあった。

 僕は、一人で不快な考えと心配に満たされて散歩していた。

 ありがたくないことと絶えず睨み合って暮らし、そのため悩まされた。

 公園で会った若い女の人に、僕はとてもひきつけられた。

 彼女は、背がすらりとしていて、聡明な少年のような顔をしていた。

 彼女は、即座に僕の気に入った。

 ベンチに腰掛け、誰かと待ち合わせでもしているようなふうだった。

 僕よりたいして年上ではなさそうだったが、ずっと出来上がっていて、優雅で個性がはっきりし、ほとんどまったく淑女といってもよかった。

 そして微かに気位と男の子めいたところを顔にたたえているのが素敵で、黄昏に飲み込まれてゆく姿が、とても印象的だった。

 この憧れが僕の生活に少なからず影響を与えた。

 僕のすさんだ生活は相変わらずだったが、街に出れない夜は、彼女の肖像を描いたりしていた。

 僕は、細心にやり始めた。

 顔を描くことは困難だったので、逆光を浴びているような絵ばかりになった。

 手足の長くすらりとした彼女の絵は、幾枚も描かれた。

 僕の美しい女の人は、僕の好きなしなやかな少年めいた形を示し、顔にも煌くような優しさがあったけれど、僕の肖像にすっかり似てはいなかった。

 真夜中に目覚めると、部屋の中に雨の降り込む音が聞こえた。

 僕は、起き上がって窓を閉めるとき、床に横たわっている何か白いものを踏んだ。

 朝になって、それは僕が描いた絵だったことがわかった。

 絵は濡れて、床に横たわって、波の形に膨らんでいた。
 僕は乾かすために、それを伸ばして吸い取り紙に挟んで重い本の中に入れた。

 翌日見たら、乾いてはいたが、すっかり変わってしまっていた。

 赤い口は色褪せて、いくらか細くなり、僕をいっそう孤独にする絵になってしまった。

 その日を機会に、僕の心をあれほど深く占めていた彼女の姿は、次第に沈んでいった。

 というよりは、徐々に僕から遠ざかって、だんだん地平線に近づき、幻のように微かに薄れていった。

 それはもう心を満足させなかった。
 彼女に何かを期待することは、僕にはいつもより不可能だった。

 それに気づくことによって、僕に愛への憧れという新しい形成が生じ始めたようだった。

 憧れを紛らわすために音楽を聴くようになった。

 そうすると夢を見るが、夜よりも昼、しきりに夢を見ることが多くなった。

 さまざまの観念、形やあるいは願望が心に湧いて、僕を外面的な世界から遠ざけたので、僕は現実の環境よりは、心の中のこれらの形や夢、あるいは幻と、より現実的により活発に交わり、かつ共に過ごした。

 一定の夢、言い換えれば、繰り返しやって来る空想の戯れが、僕にとって深い意味を持つようになった。

 その夢は、僕にとってめずらしく優しい、持続的な夢となった。

 この内面的な幻像と、自分の求める姿との間には、徐々に無意識的な連絡が出来上がってゆくようだった。

 それはだんだんと密接になっていった。

 僕は、自分がこのほのかな夢の中で、君に呼びかけたのを感づき出した。

 歓喜と戦慄、光と影、あるがままの愛と憎しみ、男と女とが入り混じり、最も誇り高いものと最も愛しいものとがもつれ合い、このうえなく柔らかい無邪気さの中に深い罪が痙攣している。

 僕の愛の幻像は、そういうふうだった。

 愛は、僕がはじめ、悩ましく感じたように、動物的に暗い衝動ではなかった。

 それはまた、僕があの女性の姿に捧げたような崇拝でもなかった。

 愛はその両者であり、さらにそれ以上だった。

 ここに自分の答を見い出すことが、僕の運命のように思われた。

 僕は、この運命に対し憧れを持ち、また不安を抱いた。

 でも常に眼前に存在し、常に僕の上にあった。

 目を閉じると、僕の夢の中で安らう。

 それはまるで、賛美歌のようでもあり、平和を見い出したように思ったが、一つの状態が好ましくなり、一つの夢が快く思われると、たちまちそれはもう衰え雲ってしまうのだった。

 それを悔やみ嘆いても、かいのないことだった。

 僕は、満たされぬ欲求と緊張した期待との火の中に生きていた。

 それがまた、僕を荒れ狂わせるのだった。

 夢の愛の姿を、僕は極度にはっきりと、自分の手よりもずっとはっきりと眼前に見て、それと語り、その前で泣き、己の病を呪った。

 苛立ちが始まると心臓は沸騰し、僕は睡眠薬や抗うつ剤を壁に投げつけ、コップや花瓶を床に叩き割り、自分を悪魔、獣、狂人、人殺しと叫んだ。

 僕の興奮は、獣のそれと変わりなかった。

 興奮が、このうえなく柔らかい愛の夢を打ち砕き、僕は自分を見失い、荒んだ狂った振舞いに走った。

 窓から飛び降りようとしたが、独居房のそれと同じく格子が僕を阻むので、僕は頭を打ちつけ、激しく殴り続けた。

 部屋に看護師が飛び込んできたときには、気を失っていた。

 安定剤を打たれ、目覚めた僕がぼんやりと天井に並べたもの。

 狂人の沙汰、囚人以下、心身欠落、死刑執行、人間失格、思い描くものすべては、僕のことに違いなかった。

 

 

 

呼ばれているのに気付かず、待合室の隅で五線紙にペンを走らせている僕に、「作曲ですか?」と看護師が小声で尋ねてきた。
 周りの目が一斉に僕を射抜くような気がして、僕は慌てて席を立った。
 医師は、僕を診察して、毎朝冷水摩擦をするように処方した。
 その頃の僕の状態は、一種の精神錯乱だった。
 症状には、妄想型だとか、緊張型だとか、色んなタイプがあるらしく、医者は僕に、その傾向と対策を噛み砕き、ゆっくりと説明してくれたが、結論としては上手く付き合っていくしかないということだった。
 僕の型は、覚悟はしていたが、僕の僅かな期待を大きく裏切り、抗鬱薬、抗不安薬、睡眠薬を併用しなければならないものだった。
 何を問われても上の空で、幼稚な絵を見て何を答えればいいのかわからないでいた。
 ただ僕は、整然とした平和のただ中で、悩ましい光を放つナイフの妖しさにびくびくと怯えながら、息を潜めて日々を送るほかはなかった。
 他の人たちの生活に関係を持たず、自己破滅へと向かう狂った自分から逃れられることはなかった。
 医師の前では、口をつぐむことが唯一できる抵抗だった。
 仲間の間で、洒落た奴だ、金回りのいい奴だ、勇敢な才のある奴だと言われながら、自分の胸の奥では、小心翼々と心をびくつかせていた。
 ある月曜日の朝、窓から道路を見ると、ランドセルを背負った小学生たちが、歩道を晴れ晴れと楽しげに歩いてゆく姿が見え、涙が浮かんできたのを覚えている。
 低級な飲食店の汚いテーブルに向かって、零れたビールの間で、顔見知りの男や女を途方もない毒舌で喜ばせたり、たびたび驚かせたりしてはいたものの、自分が嘲笑しているすべてのものに対し、心の奥では尊敬の念を持っていた。
 そして自分の心の前に、自分の過去の前に、内心では泣きながら跪いていた。
 僕はきわめて粗野な男のめがねにも敵う夜の雄で、毒舌家で、音楽や絵画、社会や建築、経営についての考えや文句にかけても、機知と勇気を示した。
 猥談にもたじろがず、自分でもときにはあえてやった。
 だが、仲間が女たちのところへやって行くときには、僕は決して加わらず、一人、恋愛に対する焼きつくような憧れ、希望のない憧れを胸に溢れさせていた。
 僕の言う文句から見たら、僕はしたたかな享楽家だったに違いない。
 僕より傷つきやすい恥ずかしがりやはなかった。
 時折、女たちが僕に興味を持ち、軽快優雅に腰掛け、話しかけてくることがあったが、僕から誘うことはなかった。
 新しい仲間の間でも、自分が絶えず孤独で、他の者と違っていることを知れば知るほど、僕はかえって仲間から離れなかった。
 大酒をあおり、大きなことを言ったりすることが、本当に自分を満足させることがあるのかどうか、自分にももう実際わからなかった。
 そのつど、そのあとで酷い不快を感じないほど、酒に慣れた訳でも決してなかった。
 すべて強制されているようだった。
 そうするよりほか、自分をどうしたらよいか、まったくわからなかったので、せずにはいられないことをしたまでだった。
 僕は、長い間一人でいることを恐れた。
 いつも襲われがちな、いろいろな微妙な内気な内心からの気分の発作に対し、たびたびやって来る優しい愛の思いに対し、僕は不安を抱いた。
 僕に最も欠けているものが一つあった。
 それは、友人だった。
 僕が自分のことを決して話そうとはしないので、彼らは僕を不信扱いしていた。
 僕はみんなから、足元が危なくなっている、落ち目だ、望みのない遊び人だと見られていた。
 陰で、僕の悪い噂話があることも知っていた。
 僕自身、こんな行動は、僕を長続きさせないとは感じていたが、僕はもうあの頃の僕ではなくなっていて、こそこそと誤魔化しながら、やっと切り抜けていた。

 それでも僕を知っている外部の者たちから、僕はよく守られていた。
 そのおかげで僕は、他人に対して何の恐れも持たなかった。
 内に向かう要素は、少ない方がいい。
 そのことは、医師たちも承知していて、僕にひそかな安心を持っている数少ない要素であり、ときに僕を微笑させた。
 僕は彼らが僕に対して感じている大部分のものを見抜いて、ときには彼らを驚かせることもできた。
 何のことはない、ただ僕は自分自身のことに没頭しているだけのことだった。
 しかし、もういい加減に生活の一片を生き、自分の何かを世間に与え、世間と関係を持ち、世間と戦いたいと切望した。
 だが、夜毎、街を歩いて、落ち着かぬままに朝まで病室に帰れないときなど、今こそ君が現れる、次の角を通り過ぎてしまう、次の窓から呼びかけられる、と思うことがあり、またそういうことがすべて耐え難く苦痛に思われることもあって、自ら命を絶とうと考えてしまう悪い癖は続いていた。
 相変わらず、浴びるように大酒を飲み、昏倒を繰り返していた。
 そのうち、僕のことを心配してくれる夜の仲間からも愛想をつかされるようになった。
 いつものように、月光を浴びながら街を歩いていると、小さな音楽教室からオルガンの響いてくるのを聴いたことがあった。
 足を止めて聴きはしなかったが、その次に通り過ぎると、また聴こえ、バッハが弾かれているのがわかった。
 その通りは、ほとんど人影がなかったので、僕はそばの縁石に腰掛け、耳を澄ました。
 大きくはないが、いいオルガンだった。
 意力と粘りのある独特な極度に個性的な、祈りのように聞こえる表現を伴う、素晴らしい演奏だった。
 これを弾いている人は、この音楽の中に息吹が込められているのを知っていて、自分の生命を求めるようにこの息吹を求め、そのためにオルガンを叩き、努力しているのだというふうに、僕には感じられた。
 僕は、子どものときから音を本能的に理解し、音楽的な要素を自己のうちの自明な要素と感じていた。
 そのオルガン奏者は、バッハ以前の名匠や、昔のイタリア人のものも奏でられた。
 すべてが同じものを語っていた。
 憧れ、世界の最も深い認識、世界への激しい告別、自己の暗い魂への熱烈な傾聴、献身の陶酔、驚異すべきものに対する深い好奇心などを、すべて語っていた。
 僕は、音楽が終わるのをじっと待ち、そのオルガン奏者が出てくるまで、行ったり来たりぶらぶらしていたが、店の窓ガラスに映る自分の姿を見て、ぎょっとした。
 サングラスで隠し切れない傷痕、シャツから覗く手には包帯が巻かれ、その指先には辛うじて煙草が挟まれている。
 僕は、あわてて煙草を踏み潰し、その場を立ち去りバーへと向かった。
 でも不思議なことに、静かな店でひとり、ゆっくりとピアノを弾きたい気分だった。
 こんな気持ちは、とても久しぶりだった。
 僕は、そうして上目遣いでゆっくりと歩き出した。
 立ち止まって通りを振り返ると、走りゆく車のいくつものテールランプの水平に流れるさまは、まるで夜の五線紙に、素敵な赤い旋律を描いているようだった。