今回の話

あくまでも私個人が思ったことですので、これが正解とは決して言えません

PTSDに苦しんでいる人に、悪ばかりではないよ、メリットもあるよと言うのは酷な話かも知れませんし、そう思うには相当のプロセスも必要だと思います


今まではPTSDを、「仕方がない」「その環境で育った過去は変わらない」としてましたが、とらえ方は自虐的であったり刹那的な気持ちの方が多かったと


心療内科を受診し「うつ病」という診断が下されたことで、本当の意味でPTSDというものを考える機会を得られたと思います


2ヶ月間の休養中に味わったうつ病の苦しさ、そのどうしようもない負の連鎖の中で気付いた解決法


精神的に追い詰められた状況で、生きたいという自己防衛本能がその解決法を見出だしたようにも思えます






その解決法を見出だした時

まるでコインの裏・表のように思えました


PTSDというコインの裏は悲惨な面、表は身を守る面


裏と表では見る世界がまったく違います



また、うつ病に陥っている時、心に何の陰りもなく前向きに生きれるようになった状態を「良くなった」としてしまうなら、一生病んだままでいるしかないとも思いました


普通に生きている人でも、毎日は喜怒哀楽があり、苦しんだり悩んだりしてますが、うつ病に陥ると「普通の感情」が見えなくなってしまい、悩みのない非現実的な世界を求めてしまうことも


この事が負の連鎖に陥る原因にもなり得ると思います


今の私はPTSDに打ち勝ったとか、うつ病が良くなったとか、完治したという感覚はまったくなく、それがあっても生きていける感覚

苦しみから逃れようとして追い詰められましたが、逃れることを止め、見据えてみたことで、私の脅威と思っていたものが「ただの幻想」のように変わっていきました


もう一つ思ったことは「考える・悩む」は違うということです


「考える」というのは、現実を見据え、何か解決できる糸口を見出だそうとする「具体的な方法」

「悩む」というのは、負の感情があることが問題となってしまい、永遠に落ち込んでしまうのではないでしょうか


生きつらさの元になり"あることが支障"としていた
心の傷・複雑性PTSD


臆病でいい
不安があっていい

寂しさがあっていい
孤独を感じていい
心に傷を負っていてもいい


もう、それらを頑張って排除しなくていい


人の寂しさが理解できない人間にならないために

「弱さは身を守る」ということを知らない愚か者にならないために

精神の病を、まるで病原菌のように扱い、消毒して絶滅させることが治癒とするようなことをしないために

アドバイスより、「気づき」のほうが大事だということを忘れないために


「けれど、より良く生きたい」


その欲に素直に従うことが、自分を新たな世界に導いてくれる

内なる自分の声は「本当のあなた」

今の自分はこうだけど、本当はどうなりたい?


その答えは


本から得た知識ではなく、生きた生身の声


その声は心を温かくしてくれることの方が
多いのではないでしょうか


それに素直に従えるよう


そんな人生を歩んでいきたい


それが私が療養中に得た答えでした。