一言芳恩 〜 One word of favor 〜 『気まぐれ美術室』
No.0995今日のテーマは『気まぐれ美術室』今年、挑戦というほどではないんですが💦美術の勉強しようと思ってます。(๑˃̵ᴗ˂̵)و ヨシ!まずは身近な葛飾北斎から始めたいです。『富嶽三十六景』『武州千住』(No7)(ぶしゅうせんじゅ)この作品は、江戸四宿のひとつである千住宿近郊の農村風景を描いた一図です。( ᴖ ·̫ ᴖ )武州(ぶしゅう)は、「武蔵国(むさしのくに)」の別称です。現在の東京都、埼玉県、神奈川県の一部(横浜市・川崎市)に相当する地域を指します千住宿は現代の東京都足立区千住にあたり、江戸から日光街道や奥州街道を通って日光へ至る最初の宿であり、水戸街道などとも接続している交通の要所でした。( ᴖ ·̫ ᴖ )関西に住む私には、千住といえば「北千住」をイメージします(*^^*)1度だけ行ったことあります!千住といっても、宿場の賑わいは描かれず、馬を曳く農夫、釣りに興じる二人と、牧歌的な風景が描かれています。馬の背につけられている運搬具は、「駄付けモッコ(だつけもっこ)」、「スカリ」などとよばれる道具で、大宮台地では畑のドロツケに使われます。「ドロツケ」というのは、農業技術のひとつで、火山灰土壌(関東ローム層)のリン不足を補い、保水力や保肥力を向上させ、畑の生産力を高めるために、 荒川などの河川敷から「ヤドロ(泥)」を採取し、わらで作った大きな袋(スカリ)に詰め、馬を使って台地の上の畑へ運び、投入したそうです。( ˶˙º˙˶ )ホォ〜「 駄付けモッコ 」は土や堆肥など、運ぶ形にこだわらず詰め込めるものの運搬に使われるものです。そうしたことからこの画で運ばれているものは、野菜ではなくて草・・・、このあたりは江戸近郊のため下肥を多用し、草を刈って堆肥を作る習慣がほとんどないので、馬の飼料として刈った草なのだと思われます。( ˙◊˙ )ナルホドネ!農夫と馬の向こうには、大きな堰枠(せきわく)がみえます。これは元宿圦(もとじゅくいり)に設けられた元宿堰とよばれる堰枠で、隅田川の水が用水路に逆流しないための役割を果たしていました。とても目立ったためか、いくつかの絵図にも描かれ、ランドマーク的な役割も担っていたと思われます。こうして、当時の暮らしが読み取れるのも面白いですよね☺️それにしても大きな堰枠ですね(⊙⊙)!!堰枠の間から富士山が見えてます轡に草鞋が引っ付いてますね〜随分な距離を移動してるのが分かります٩(๑>∀<๑)۶(☆写真は一部お借りしてます)ではまた次のブログでお会いします🐝))