一発目の投稿が鼻毛とはなんともしまりのない話ではあるが、他に語ることが何もないので、仕方がある まい。
さて、私は鼻毛が長い。
鏡に向かい合うとすぐ目に入るぐらい長い。
周りの人間にもよく「出てるよ」と指摘をされる。
最初は指摘を受けると切ったり抜いたりしていたのだが、そうすると今度は別の問題が発生し始める。
くしゃみが止まらなくなるのである。
考えてみれば当然の話だ。
鼻毛は鼻の中にゴミが入らないように、フィルターの役割を果たしているのだから、それに穴を開けるような真似をすれば、余計なものが入ってくるのは当たり前である。
かといって、手入れをしないとやはり美しくない。挙句には不潔だと後ろ指を指される。
しかし後ろ指を指す連中には、この自分の健康と評判を常に天秤にかけながら生活している人間の気持ちが分かるのだろうか。
鼻毛の出ている人間は、ただ手入れをサボっている無精者なのではなく、そうせざるを得ない何らかの理由があるのだと、引き据えて語ってやりたい。
そうなると鼻毛の存在一つとっても結構なストレスになるのである。
これを「鼻毛のジレンマ」と名付けようと思う。
多分これから5、60年生き続ける限り、このジレンマは私につきまとってくるだろう。
さて、私は鼻毛が長い。
鏡に向かい合うとすぐ目に入るぐらい長い。
周りの人間にもよく「出てるよ」と指摘をされる。
最初は指摘を受けると切ったり抜いたりしていたのだが、そうすると今度は別の問題が発生し始める。
くしゃみが止まらなくなるのである。
考えてみれば当然の話だ。
鼻毛は鼻の中にゴミが入らないように、フィルターの役割を果たしているのだから、それに穴を開けるような真似をすれば、余計なものが入ってくるのは当たり前である。
かといって、手入れをしないとやはり美しくない。挙句には不潔だと後ろ指を指される。
しかし後ろ指を指す連中には、この自分の健康と評判を常に天秤にかけながら生活している人間の気持ちが分かるのだろうか。
鼻毛の出ている人間は、ただ手入れをサボっている無精者なのではなく、そうせざるを得ない何らかの理由があるのだと、引き据えて語ってやりたい。
そうなると鼻毛の存在一つとっても結構なストレスになるのである。
これを「鼻毛のジレンマ」と名付けようと思う。
多分これから5、60年生き続ける限り、このジレンマは私につきまとってくるだろう。