平 秀斗
“ありがたい”からこそ、結果にこだわる。
「Jクラブの育成組織に所属していた選手や世代別代表を経験した選手ならば得てきた経験が、僕にはなかった」とここまでの自分を振り返った。
平秀斗、1994年生まれで20歳になったばかりの選手である。佐賀東高校サッカー部在籍時代にU-17日本代表に選ばれたことはあるが、本人は「まだまだ学ぶことが多い」といたって冷静に語る。高校3年の全国総体で3試合出場し2ゴールをあげる活躍を見せて、晴れて憧れのJリーガーとなった。
ただ「小学校の時からの夢は叶ったけど、まだ何も成し得ていない」とも語る。だからこそ、今の目標を「鳥栖でリーグ戦に出場すること」と言ってはばからない。「周りにはすごい選手ばかり。テクニック、フィジカル、メンタル、どれをとっても差がありすぎる。試合には出たいけど、その前にやらないといけないことが山ほどある」と念願成就する日まで黙々と練習に打ち込む。
やらなければならないことを学ぶ機会が多いことに素直に感謝している毎日。その中でも、明治安田生命J3リーグで試合に出場できる「Jリーグ・アンダー22選抜(以下J-22)」には特段の想いが詰まっている。
「鳥栖の練習で学んだこと以外にも、試合で集まった他のクラブの選手たちから色々と学んでいる」そうで、その一つに他クラブでの練習メニューがある。確かにクラブ内の同じ練習メニューをこなしているだけでは、先輩選手を追い抜くことは難しい。居残り練習だけでも満足はできない。「鳥栖も練習量は多い方だと思うけど、他にもっと走り込んでいるチームがあった」と知ると、居残り練習にランニングも加えた。そして、数多くの経験を積んだ先輩からのアドバイスもあって、起床後にジョギングを始めた。練習前に身体を起こすためである。練習だけでなく、それ以外にもサッカーに取り組む環境を与えてくれることに感謝を忘れない。「鳥栖でリーグ戦に出場する」ためにも、一日でも目に見える結果を出したいと取り組んでいる。サッカーに打ち込める環境を与えてもらったことに感謝し、それに報いるためにも一日でも早く試合に出場したい。
“怖い”からこそ、試合にこだわる。
「試合に出たい」というものの、「試合に出るのが怖い」とも言う。この怖さは、選手にしかわからない感情だろう。そのためにも、J3リーグでの試合機会にこだわっている。「FWとして点を取ること。そのうえで、チームも勝つ。このアピールができて初めて自信をつけることができる」とJ3リーグで試合に出る必要性を感じている。この経験こそが、鳥栖での結果につながると感じているからである。
2013年のヤマザキナビスコカップに途中出場はしたものの、いまだJ1リーグ戦出場は叶っていない。ベンチ入りも叶っていない。だからこそ、J-22での試合はその時の自身の実力を測る絶好の機会ととらえている。
例えば4月に町田ゼルビアと対戦する機会を得た。J-22が0-4で大敗を喫した試合である。「相手の出足にビビってしまった。何もできずにズルズルと下がってしまい…」と、敗れた悔しさよりも、日頃の練習成果を出せない悔しさの方が先に立った。さらに「相手はプレスが早く、一人一人にスピードがあり、それが最後まで落ちなかった」と“運動量とスピード”の必要性を改めて肌で感じたそうである。それ以降は、どんなランニングでも先頭で走ることを心掛ける。試合でも人より先に出るイメージを植え付けるためだ。どんな些細なことでも、試合をイメージして取り組んでいるからこそ、「練習の成果を試合で出してアピールしたい」と言う。
そして、もう一つこだわっていることがある。「FWである限り、得点をあげ続けたい。これこそがアピールにつながるし、チームが勝つことにつながる」。初めてJ-22に選ばれた試合では「シュートさえ打てなかった」と振り返る。それが試合を重ねるにつれ徐々にシュートの本数も増えている。「わずかながらでも成長している」と手ごたえも感じつつある。6月のSC相模原戦では、豪快なシュートも決めた。意識して人よりも先にボールに絡み得点をあげることで、試合に出る“怖さ”を克服しつつある。これを繰り返し、「鳥栖で試合に出る」日も近づきつつある。
“サッカーの面白さを教えてもらった”からこそ、感謝しないと。
小学校1年の時に地元のチームに入った。U-15までそのチームでサッカーと向き合うが、そこで学んだことが今になって生きていることに気付き始めた。「戦術要素よりも、ボールタッチなど基本技術を徹底的に教え込まれた」と振り返る。
鹿児島県阿久根市で活動しているパルティーダ鹿児島は、徹底的にボールマスタリー(ボールを自在にあやつる能力をつけるためのトレーニング)を行い、ボールと自分の関係を作り上げる。彼もその中で“止めて蹴る”というサッカーの基本部分に徹底的に取り組んだ。
「試合でポジショニングが悪くて怒られるよりも、次のプレーにつなげるためのボールの置き所を厳しく言われた」ことで、トラップなどのボールコントロールに関しては同世代の選手よりもはるかに優れた実力は持っている。特にシュートに関しては秀でていることは間違いない。厳しく育ててくれた筒監督(パルティーダ鹿児島)に感謝を忘れない。それでも、一緒に居残りシュート練習を行う菅沼実(鳥栖)のシュートを見て、「振りが小さくて右でも左でも強烈なシュートを打っている。しかもニアにもファーにも打てるところにボールを置いている」と舌を巻く。同世代に負けない技術を身につけていても、上には上がいると実感している。「お手本がそばにいてくれるので、身につけないといけないことを学べる」とポジティブにとらえている。ここでも、感謝を忘れない。
そしてもう一つ、彼がサッカーの面白さを感じていることがある。
「子どものころは自分のゴールに向かってドリブルしたこともなければパスもしたことがない」と本人が語るように、前へボールを運ぶ意識を植え付けられていたため、高校生になった時、「最初は、どこに動いていいかわからずにピッチに立っているだけだった」そうだ。中学生世代までに相手をかわして得点を決める楽しさを体に染み込ませた平は、高校生になり、相手との駆け引きや流れを読む面白さに出会ったのである。その戦術的な要素を佐賀東高校に進学してから、蒲原監督に徹底的に鍛え上げられた。「身につけた技術を戦術の中で生かすための駆け引きやポジショニングを身につける必要があったし、それができるようになって得点につながるようになった」ことで、鳥栖のスカウトの目にとまることになる。
しかし、「鳥栖に入ってみると、クロスの精度やパスのスピードの違いに戸惑うことばかり…」とプロの厳しさを知った。百戦錬磨の選手たちが出すクロスやパスをゴールに向かってコントロールできるようになることが、今、課せられている使命である。ここができるようになってこそ、試合に出ることができる。
サッカーで不足しているところを身につけることで、サッカーの新たな面白さに取りつかれている。まだまだサッカーで学ぶことが多いと真摯に練習に向き合っている。そして、公私ともに優しくサッカーを教えてくれる先輩がいる。その先輩の試合中のプレーを見ながら学び、なぜそのような動きができるのかを練習後などに聞くことを心掛けている。時には、練習場からの帰りの車の中や食事をしながら、時には一緒に釣竿を並べているときなどにも動きやポジショニングの教えを乞う。ボールをコントロールする面白さ、それを使って相手をかわしゴールを決める面白さ。スピードやフィジカルの強い相手に対して、ポジショニングや動き出しでゴールを決める楽しさ。
「それらを教えてくれた人がいるからこそサッカーを続け、教えてくれる人がいるからこそもっと上を目指して頑張ることができる」と常に感謝を忘れない。
自分のためにも、そしてこれまで支えてくれた多くの人のためにも、「鳥栖で何としても試合に出ること」という思いを叶えたい。それを達成するためのステップとして、J-22で試合に出ることは最低限の目標。そこで満足することなく彼はサッカーに取り組んでいる。各クラブが上位カテゴリーを目指して戦っているJ3リーグの中で、どれだけの結果を残すことができるのか。これからの彼の成長に注目しておきたい。