皆さま おはようございます!いよいよ秋ですね。秋といえば”温泉””銭湯”かな。

江戸時代、銭湯のことは”湯屋”といい社交サロンのような位置づけだったみたいです。天正18年(1590)に登場。当時は蒸風呂で後に湯船スタイルへ。入浴時間は朝8時から夜8時頃。湯銭は6~10文(40~60円程度)当初は混浴♪だったが1791年混浴禁止令がでたがなかなか徹底されなかったみたいです。中期には600軒ありました。

男湯の2階には刀掛もあり,ここでは身分の差なく、誰もが文字通り裸のつきあいができました。...
いいですね。やはり人間は身も心も”裸”のつきあいができて初めて信頼関係ができました(^^)

かんながら ありがとうございます😊

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【「ちょろちょろ」「さらさら」「ざぶんざぶん」と表現する日本語におけるオノマトペ(擬音語・擬声後)は、なんと縄文1万年のなかで生れたそうです。】

オノマトペは、日本列島に存在する人間以外の音を集めたもの、つまり自然が奏でる音で、それに人が耳をすませてキャッチすることで生れた言葉です。
これはまさに1万年以上にわたって自然と共存共栄してきた成果なのです。
                  -教育再生ー参照...
なんと日本人は繊細なんでしょう。それは縄文の時代から培われてきた つまり自然と共存共栄してきた先人の生き方により引き継がれてきたのですね。だから外国人には 雑音でしかないオノマトペが日本人には素晴らしい表現する言葉なのですね。日本に生まれて感謝♪

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【水清く入り江ありて,真魚(まな)ゆたか四方(よも)見渡せる商いの町】徳川家康ーまほろばの世界へー私の役割そして覚悟!

私はこの詩に 何故家康公が江戸を選択し家康公の志(思い)(家康公の哲学)を強く感じます。だからこそ 江戸が100万都市となり現在の東京への繁栄 発展が繋がってくると感じます。江戸時代の江戸の街を 生きた人々がお互いに 相手を尊重し思いやり”共生(きょうせい・ともいき)で日々を暮らしていた日常がありました。まさしく ”まほろば(素晴らしい場所、住みよい場所))”の世界にしようと先人達は努力し続けそして今があるのです!

私としては ”いま”もそうですが 後世の子孫の「ためにも ”まほろば”の日本を創っていく責任があることを痛感に感じます。...
今回野田 久美子 (Kumiko Noda) さん主催の「築地アカテメィア」でお話をさせて頂く機会がありました。野田さん本当に感謝です。そして 素晴らしい講師の方々(その分野では素晴らしい自立されています。武楽・お花・英語、作詞などなんと台湾と日本の架け橋なられている方も)とのご縁そして野田さん妹さんと姪っ子たちも参加していただきました。(かなでさん、ひさきさんありがとうございます!お茶おいしかったです。)

この世は ご縁でできているとお釈迦様はおしゃっております。是非日本中を”まほろば”の国にするため 尽力していく覚悟です。 感謝