ルル❣️お帰り~(*ˊ˘ˋ*)。♪:*°


会えなくなって、今日でちょうど半年。

あっという間だったけど、もう遠い昔のようにも感じる。


お出掛けしての帰宅途中に

ルルが最期を迎えた病院前を通って

オーディオからは、タイミング良く

ユーミンのあの曲が…

VOYAGER~日付のない墓標~音譜

ルルをお空に見送りに行った時にも

車の中で流れていた曲で…私達夫婦の中では

完璧にルルを連想させる曲になってて…。


……涙が溢れて

仕方なかった泣くうさぎ


大丈夫になったつもりだったけど、

まだ全然平気じゃなかった汗


かわいい子を失った哀しみは

そう簡単に癒えるはずもなく…

もしかしたら、いつまで経っても

その場足踏み状態なのかも?


それでも少しずつ、折り合いをつけて

生きていくしかないものね。


元気で居られるよう頑張るから

ルル、心配しないでね💕︎





 

 

今日はルルの15歳の誕生日​​​​​​

 

おめでとうラブラブ

 

いつもそばに居てくれた私の愛犬あしあと

 

この日を迎えることができず

2/14に天に昇っていきました虹

 

耳が遠くなったりして、

やっぱり老いはきてるなぁと感じてはいたけど

まだまだ一緒にいてくれると信じてました。

 

12/30 5時半頃にいきなりの痙攣発作

もしかしたらこのまま…と思う程の発作でした。

意識回復後、右回りにくるくる

外で家の周りを50周以上猛スピードで走り

いったい何が起きたんだろう…と戸惑うばかりでした。

後に知ったのは、この時に脳に異変が起きたのだろう

と言うことでした。

ワンコ自身も訳が分からない状況で、脳の興奮を抑える

為の行動があの走りだったみたいです。

 

12/31,1/6と何度か発作が起き

てんかん薬を飲ませるようになりました。

発作を抑えられれば良しとの事でした。

 

お薬のせいなのか、発作の後遺症なのか

右回りのくるくる、夜中の徘徊、隙間に頭を突っ込んで

突進していく…食欲はあったけどポロポロこぼしがち

粗相が増える等々 色々な症状が。

特に夜中の徘徊は一晩中続き、抱っこすると眠る

疲れているだろうにと、可哀想で仕方ありませんでした。

 

良くなったり悪くなったりを繰り返し

次第に表情を失っていくルル

 

何とかしたくて、口コミの良い別の病院を頼ってみました。

てんかん薬を飲みつつ、脳の中で起きてるだろうトラブルに

短期間のステロイド薬を使用して効くかどうか試してみることに。

きっと脳腫瘍や脳梗塞などの病気が隠れているのだろうけど

全身麻酔の検査は老犬には負担、危険を冒して検査しても

悪いところが見つからなかったり、見つかっても治療しようがなかったり…で、犬の脳医学はまだまだ発展途上との事でした。

 

病院でステロイド剤の注射をしてもらって

帰宅したルルは、明らかに表情が違っていました。

効いている!!と嬉しかったです。

 

その後数日はこのまま…

どうかずっとこのまま元気で…と祈っていました。

 

2/12 14過ぎ ちょっと離れた間に

発作が出たかも? の痕跡を見つけ、

そのあと夕方まで2回の発作があり

初めて座薬を使用してみました。

が効かず、その後も度重なる発作が翌朝まで続き

病院が始まる時間に到着できるよう出発しました。

 

大変厳しい状況です

と先生が。酸素室に入って強い薬を点滴しての入院治療。

それで回復しなければ、安楽死も視野に…。

泣きながら預けて帰ってきました。

 

翌早朝、ルルはひとりで旅立ちました。

看取れなかった後悔と悲しさと寂しさ。

安楽死を選択せずに済んだけど

 

やっぱりまだまだ元気でいて欲しかった。

 

何がいけなかったのかな?

この終わり方が、最初から決まっていたのだろうけど

しんどいよ

 

家のあちこち、庭、散歩した道

ルルの姿が浮かんできて、泣いてばかり

 

大切な存在をなくしてしまったんだと、改めて思う。

 

少しずつ頑張るから

見ててね ルル 

お誕生日おめでとう!!  大好きだよ飛び出すハートo1024102415253317403.jpg@image@1024@1024

 

2011.3.11  pm2:46

私は軽自動車の助手席に座り、待機中でした。
急に車が左右に揺れ出し、頭の中は???でいっぱい
(´๑•_•๑)?
誰かがイタズラしているの?何?!

…あまりの激しい揺れに、車が横に転がってしまうんじゃない?…怖い!!
誰も居ない運転席に、倒れ込んでしまった程でした。やっと揺れがおさまり、前方を見ると100m程離れた家の前の道路は砂埃と瓦が散乱。慌てて集まって来た人達を見てやっと、地震だったんだと理解しました。

震度6強  ものすごい揺れでした。
後で考えると建物の中で体験するよりは、良かったのかも。

帰り道
信号機は止まり、慌ててしまったのか衝突事故を起こしている車、床に商品全部が砕け落ちたと思われる酒屋さんも。

帰宅した我が家はノートPCが棚から落ちており、食器棚の引き出しが飛び出してた位で、壊れた物もなく一安心したのを覚えています。

電気も水道も止まり
その当時は各家庭に防災無線なども整備されておらず、テレビもつかない…
津波警報の事や、各地で起きた大惨事を知ったのは、翌日か翌々日の新聞記事ででした。

我が家ではガスが使えた事、
旦那実家に井戸があった事で、お湯が沸かせたり、温かい食事ができたりで、恵まれてました。
コタツに湯たんぽを入れて、暖を取ってたっけ。

電気は16日、水道は20日に復旧。
夕方のお散歩中に街に灯りが戻ったのを見た時は、感動でした。


あれから10年
忘れてはいけない記憶。
もう二度と起きて欲しくないけれど、地震の多いこの国に住んでいる以上、もしもの時への備えだけは、きちんとしていたい。

平穏無事な毎日、平凡な日常生活が送れる事が
どれだけ尊いものなのか…
改めて感謝して
過ごして行きたいと思います。