
沖電気三工場827名一ヶ月間の大ストライキ
1929年の労働争議(読書メモ)
写真・沖電気会社「罷業に関する声明」1929.7.4
参照・協調会史料
ビラ争議ニユース第一号
組合員諸君!!
銘記せよ!!
七月一日我々は敢然起ってストライキに移ったのだ。
諸君すでにご承知の通り、会社側は我々の最も正当なる温和的なる嘆願を一顧も与えず突き返したのが二十七日だ。我々は第二段の方法として従業員大会の決議に基づき二十九日に要求書を提出したのだ。然るに七月一日正午の回答ありしを無視して今日四時迄の延期を申超した。これは明らかに会社が一つのペテンを用い我々の離間策を講じようとしたのである。明らかに会社には誠意が全然最初よりないのである。最早我々にはかかる誠意なきものを相手にしてはいられない。七月一日正午の従業員の決議に基づき一斉に隊伍を整え引き揚げたのだ。その後の経過は諸君ご承知の通りだ。実に我々は和気に満ちて一糸乱れず一つの統制の元に模範的なストライキを続けつつあるのだ。問題は将来に残されている。我々はあくまで現在の統制振りを継続し、あくまで温和的にしかも心の底に熱と意気を蔵して最後の勝利を獲得しようではないか。
我々は決して事を好んで争議を起したのではない。もし我々が尚だまっておったなら諸君お互いは餓死せねばならぬ。だから今となってはこれ以上言うまい。争議はあくまで避くべきものである。だが事ここに至っては仕方がない。我々は一度起った以上はあくまで戦わねばならぬ。そして勝たねばならぬ。そうだ必ず勝つ。勝つ為には諸君! 団結の手をゆるめるな❢ 固くかたく抱きあって一弾となり会社にぶつかるのだ。結束を固めること!! これが最後に我々の頭上の桂冠を得る唯一無二の途だ。
戦う!! 最後まで 而して勝つ!❢ 負けたらどうなる 諸君!! 乱暴してはならぬ 世間の人はあくまでも我々の味方だ。皆人々は知っている。我々の今回の要求が如何に正しいかを!! 最後まで健実に、しかも燃ゆる火の如き心をもって、上すべりせずに本当の力をもって戦うのだ。諸君自重せよ!! 而して季節柄身体に注意して而もあらゆるものを投げ打って毎日本部に集まるのだ。諸君欠勤するな
沖電気争議団
争議団市民向けビラ
熱愛する市民諸君へ訴ふ
・・・今回私達は廿四ヶ条の嘆願を提出致しました。それは請負単価の値下反対、臨時工を本雇いにする事等一歩も私達は前進するのではなく、底知れぬ私達の生活をたえず脅かす値下を防止しようとする人間味の発露であります。かゝる当然すぎるほど当然な嘆願に対し会社は一考だに与えず一蹴した不誠意には何人も恐愕せざるを得ません。・・・
私達は会社の当事者に対しましてモウ少し私達を人間としての取り扱いをして下さい、私達の生活の保障をして下さい、私達には親も有れば子も有るのですから、・・10年も・・廿年も使って居るのですから、その家族が食べるのを保障して下さい。又働かせるならば気持ちよく元気よく働かせて下さいと嘆願し要求したのであります。この切ない叫びにどこに無理が有りますか、私達の要求が無理か会社当事者の無情横暴が当然か諸君のご判断を乞う次第であります。・・・
七月七日
沖電気株式会社争議団
(田町・大崎・芝浦)三工場職工一同
会社 沖電気株式会社 田町本社工場、芝浦分工場、大崎分工場
場所 東京芝区田町、月見町、大崎町
労働者 田町本社工場(男391、女56)
芝浦分工場(男92、女34)
大崎分工場(男124、女130)
争議参加者数 827名
組合 関東金属労働組合沖三工場(田町・芝浦・大崎)分会 全労働者中約400名が加盟
1929年6月20日関東金属労働組合沖三工場(田町・芝浦・大崎)分会は、各職場から挙げられた要求64ヶ条のうち24ヶ条を嘆願書として会社に提出した。会社は一蹴してきた。6月28日午後6時より三工場臨時従業員合同大会を約500名(うち女性50名)参加で開催し、29日、あらためて20カ条を要求して、7月1日正午までに回答するよう求めた。
要求
一、請負単価の値下反対
一、横暴な管理職押田技師長の排斥
一、臨時工の本採用
一、少年工の賃金値上
一、四大節及び公休日(12月30日~1月3日迄)に日給支給
一、定休日出勤に対しては代休を与える
一、残業には割増賃金の支給
一、工場設備の改善
一、「工場委員制」の設置
一、賞与は社員と差別なく支給せよ
その他
(緊急幹事会)
6月29日正午、組合幹部31名は極秘裏に田町本社地下室において緊急幹事会を開催し、会社が組合の要求を拒絶してきた場合に備えて、争議団の組織体制を決め、全従業員から賞与の半額を争議費用として集めること、また、7月1日会社が拒絶した時は、三工場から労働者全員が一斉に引き揚げることを決定した。
組織体制決定事項
一、争議団本部設置
一、争議団約員選出
団長1名
副団長2名
情報部長(部員10名)
応援係長(部員5名)
警備隊長(部員30名)
人事隊長(部員5名)
訪問隊長(部員10名)
会計係
宣伝部長(部員10名)
食料係(部員3名)
婦人部長(部員10名)
会場係(部員10名)
書記長1名
(三工場ストライキ決行)
7月1日午後、田町、芝浦両工場は労働者全員、大崎工場は81名がストライキを決行した。争議参加者は三工場全体で827名に及んでいる。田町、芝浦工場では7月1日朝からすでにサボタージュ闘争状態であった。各工場ごとに従業員大会が開催され、満場一致でストライキ決行が決議され、田町、芝浦工場は全員直ちに争議団本部(芝浦南浜町芝浦会館)に集合した。大崎工場は大崎桐ケ谷の大崎倶楽部に争議団本部を設定した。
(会社「争議を煽動した不良分子だ」と89名を解雇)
会社は争議団の切り崩しをはじめた。争議団本部としていた芝浦会館が会社の圧力により争議団への貸し出しを断ってきた。総同盟が本部建物を快く争議団本部として提供してくれたためここを争議団本部とした。7月4日、会社は労働者の要求に回答をするどころか逆に組合幹部ら89名もの解雇を通知してきた。争議を煽動した不良分子だからという理由だ。一方で会社は協調会を間に立てて組合と交渉をしようとしてきたが、組合側は協調会を信頼していなかった。
争議は持久戦に入った。一ヶ月以上にわたる沖電気大争議が始まった。争議団は行商隊を作り、全市内に散って物販を販売しながら市民や労働者に争議真相の宣伝につとめた。市民や労働者は大きな同情を寄せてくれた。
(スト破り)
7月1日、会社は、田町工場33名、芝浦工場29名のスト破りによって生産を継続した。
(第二組合、御用組合結成の策謀)
会社は分会幹部の一人、高岡某を利用し第二組合を結成して関東金属労働組合から脱退させようと策謀し、その機会を窺っていた。高岡某のこの裏切り行為の発覚で争議団本部は、警備隊員に以下緊急指令を出した。
緊急指令
一、「ロックアウト」時の組合員の自衛。(労働者は工場を)一人残さず引き揚げ、警備隊は工場内を一周してから引き揚げること
一、裏切り者の氏名と数の調査と尾行の開始
一、スト破り(スキャップ)との闘いの準備
一、警察の動向注意
一、生産再開の開始に注意
(会社の恫喝)
会社は89名の争議団幹部の解雇に続き、以下の声明書で組合員を恫喝してきた。
「出勤勧告御通知 当社従業員にして今回の争議に関し、罷業権を続け去る向きは職工就業規則に依り処分せらるることあるべきに付き、速やかに出勤の上作業に従事せらるべし」(労秘第1225号 警視総監丸山鶴吉)
ただちに総同盟本部に集結した本社工場争議団450名と大崎クラブに立て籠もった120名は一層結束を固めた。
(争議団慰安会)
争議団は慰安会を開催し大いに盛り上がった。組合員によるバイオリン演奏、浪花節、落語、安来節などであった。7月16日「市民諸君に訴ふ」の暴露ビラを市中にみなで配布した。
(カンパ)
金20円及醤油樽一 無名氏
金二円五銭 ナップ有志
金五円八五銭 日本交通労働組合
金二円 自動車従業員組合
などが寄せられている。
(京浜一帯の呼応 全協・関東金属労働組合からの激励ビラ)
再び沖の争議団諸君に檄す
勇敢なる闘争を続けつつある争議団諸君!
ひとたび諸君が決然と起って堂々ストライキを決行するや「まさか」とタカをくくっていた会社側はあわてふためいて、にわかに争議のブッコワシに取り掛かった。
争議団本部の追立て、外部の応援団との連結を断って諸君を孤立無援の状態におとしいれんとする官犬の圧迫、これらすべての背後に官犬とケッタクして争議をブチこわそうとする搾取階級の手先共の策動を見よ!
しかもこれに飽き足らず、奴らは諸君の結束が奴らの策動に依ってミジンも動かない事を見てとるや、四日付けで幹部以下九十名の解雇を発表したではないか?
争議団諸君!
諸君の奮起と同時に、我が関東金属は全国の左翼組合に檄を飛ばして応援を求めると共に、京浜一帯に亘る各工場の兄弟に諸君の決起を報せ、即時応援の猛運動を開始されんことを求めた。
見よ、その反響はすでに京浜地方の各工場に現れつつあるではないか? 浅野ドックは敢然と起って争議に入り、横浜ドックも再起を計画しつつある。その他東洋電機、浦賀ドックにも動揺が起こりつつある。今や京浜一帯は諸君の決起と共に渦巻きかえすストライキの波に覆われんとしている。
親愛なる争議団諸君!
諸君の背後には我が関東金属ならびに全左翼労働組合と全国の労働者が控えている。皆一斉に諸君を勝たせる為に猛運動を開始したぞ!!
飽くまで勇敢に戦え!! そして最後の勝利を得るまで断じて一歩も退くな!!
一人の解雇を断じて許すな!!
要求を貫徹するまであくまで戦え!!
七月六日
日本労働組合協議会
関東金属労働組合
(関東金属労働組合・関東地方協議会主催の沖会社糾弾演説会)
関東金属労働組合をはじめ京浜地域一帯の全協系の労働組合は一斉に応援声明で沖電気争議団の決起に呼応した。しかし、沖電気争議団本部は全協系の支援を表向きには断った。7月13日には関東金属労働組合・関東地方協議会主催の沖会社糾弾演説会開催が計画されたが、沖争議団本部は弁士を送ることも争議団員が聴衆として参加することもしないと申し合わせた。
7月26日関東金属労働組合・関東地方協議会主催の沖会社糾弾演説会を開催した。わずか数分で臨監警察官から「集会解散命令」がでた。しかし、この演説会には争議団員多数が出席していた。
(会社極秘に協調会に調停を依頼)
会社は争議団の要求を拒絶しつづける一方で極秘に協調会理事添田敬一郎に調停を依頼した。添田理事は高田争議団団長らを招き「二万円ぐらいで解決してくれ」と争議を止めろと要求したため、争議団は断然と拒絶し物別れとなった。
会社は再び出勤勧告状をだし、第二次解雇を断行すると争議団員を脅しにかかった。
(「争議解決勝利祈願」市中大デモンストレーション)
7月27日、御田八幡神社に、全争議団員が三々五々集結し、「争議解決勝利祈願」と称した示威行動、約500名の市内大デモンストレーションを大成功裡に敢行した。市民もこぞってデモに声援を送った。
(行商隊)
6班に分けた行商隊が東京中に散り、争議支援を求めた物販行商を行った。東京市民は大いに同情し、沖争議支援の応援の声をあげ協力した。
行商大将 太田光太郎
第一班 芝・麻布・赤坂
第二班 四谷・牛込・小石川・本郷・豊多摩
第三班 下谷・浅草・日本橋・北豊島
第四班 本所・深川
第五班 京橋・亀戸方面
第六班 荏原方面
(争議団主催の真相発表演説会)
7月29日、争議団は約400名で争議真相発表演説会を開催した。弁士は、争議団7名、総同盟本部1名、関東金属労働組合1名がそれぞれ会社の不誠意、横暴を糾弾した。7月31日午後7時30分には大崎クラブにて争議真相報告演説会を聴衆約270名で開催した。大崎工場付近の住民の参加が多かった。
(総同盟本部に支援要請)
争議団は、30日正式に総同盟本部に応援を要請した。
(日本電気労働者有志から多額なカンパ)
7月31日日本電気株式会社従業員有志より金247円87銭ものカンパがあった。
(8月1日段階のスト破り数)
大崎工場 114名
田町工場 39名
芝浦工場 27名
一ヶ月たってもスト破りはほとんど増えていない!
(解決)
急転直下争議は解決した。8月4日より丸の内電気クラブにおいて労使交渉が開始され、8月5日、4回目の交渉により労資は以下の合意に達した。
解決内容
一、工場設備の改善
一、請負単価について労資合意のうえ決める
一、臨時工は6ヶ月以内とし、それ以降は本雇用とする
一、管理職は職工との疎通に努力する
一、公休出勤時の代休の支給
一、残業など割増賃金の支給
一、被解雇者89名に解雇手当金総計2万4千8百4銭と金一封1万7千円の支給
一、被解雇者以外の390名に金一封2万8千2百17円20銭の支給
以上













