ねまっておぢゃっこのんでげ!(ゆっくり座ってお茶を飲んでいって下さいね~) -23ページ目

ねまっておぢゃっこのんでげ!(ゆっくり座ってお茶を飲んでいって下さいね~)

温泉・ラーメン・相撲や日常を軽~く書く自己満足ブログです。お茶は自分で準備して下さい。

ちょいと野暮用があるので、秋田に行ってきます!


飛行機は大丈夫かね・・・
東京も雪が降ってます


ハタハタの脳みそは雪と言えば温泉!


つ~わけで先週も行った町田市のロテン・ガーデンへ行ってきました


先週よりは人が多かったですが、それでも湯船にはまだまだ余裕がありましたね


雪を見ながらの露天風呂はたまりませんな~


ここが東京であることを忘れてしまう位です!


しかも三連休初日という事で、風呂上りには生ビールも飲んできました


ビ~ル美味いッス!


さっぱりしましたよ~





 大相撲の八百長メール問題を調査する特別調査委員会は10日、都内のホテルで3日目となる関取への事情聴取を行った。委員会は八百長の真相解明へ携帯電話と銀行の預金通帳の持参を求めているが、十両の武州山(34)=藤島=に担当の弁護士が「持ってくる必要はなかった」と伝えたことが判明。調査委から真剣勝負に徹する“ガチンコ力士”に認定されたものと見られ、八百長疑惑のなか武州山が“名誉”のお墨付きをもらった。

 これぞひょうたんから駒だ。八百長疑惑への調査で完全なガチンコ力士が浮かび上がってきた。十両の武州山だ。この日、都内のホテルで受けた特別調査委員会の事情聴取。全力士は委員会から携帯電話と預金通帳の持参を求められているが、武州山に対して担当した弁護士が「持ってくる必要はなかった」と伝えたという。

 力士同士の携帯電話のメールで発覚した今回の疑惑。それだけに調査委は、力士が持つ携帯電話などの物的証拠を重視し調べを進めている。こうした状況で調査委が最初から持参の必要なしと判断したことは、武州山に八百長への疑惑を抱いておらず完全なガチンコ力士と認定しているものと見られる。聴取後、武州山は「持ってきたんですが必要ないと言われました」と告白。黒い霧が土俵を覆う中での潔白のお墨付きは名誉でもあるが「話してはダメだと言われているので」と戸惑っていた。

 武州山は青森県浪岡町出身で金木高校時代はたった1人で相撲部を続けた伝説を持つ。大東大から99年初に武蔵川部屋で初土俵。一切の妥協を許さない教えで知られる武蔵川親方(元横綱・三重ノ海)の鬼の稽古に耐え、03年九州に新十両も2度にわたり幕下に陥落。32歳の08年九州でようやく新入幕を果たした苦労人でもある。プライベートでは大の巨人ファン。東京ドームのライトスタンドで観戦し周囲のファンに溶け込むなど温厚な人柄でも知られる。調査委が物証の持参を「必要なし」と判断した裏側には、こうした人生や周囲の評判も考慮した可能性もある。

 前日まで33人が受けた調査委による事情聴取。この日は、武州山の他に大関・魁皇(38)=友綱=ら21人と面接。これまでの3日間で54人を終え、八百長関与と判断した者はいないとした。

 加えて、メールで関与が疑われる14人への2回目の聴取も行っており、八百長を告白している竹縄親方(元幕内・春日錦)と幕内・豊桜(36)=陸奥=が弁護士からの聞き取り調査を受けた。武州山のように物証の持参は必要なしと認定された力士は他にもいるものと見られる。八百長メールで力士へ疑惑が注がれる中、確実にガチンコ力士の存在も浮かび上がっている。

 ◆武州山 隆士(ぶしゅうやま・たかし)本名・山内隆志。1976年5月21日、青森・浪岡町(現青森市)生まれ。34歳。藤島部屋。大東大で全国大会に出場するなど活躍、99年初場所に武蔵川部屋(当時)から幕下付け出し60枚目格で初土俵。2003年九州、新十両。08年九州、新入幕。十両優勝2回。幕内在位11場所で、63勝102敗。191センチ、174キロ。得意は左四つ、寄り。

<スポーツ報知より>


真面目な力士にとって今回の件は全く関係無い事ですからね・・・


当たり前なんですが、よかったですね武州山関!


しかし苦労人だ・・・
八百長メールの発覚で、ついに春場所の中止も決定。もはや存続の危機ともいわれる大相撲。

しかし、そんな大相撲のなかになって、“ガチンコ力士”として横綱まで上り詰めたのが貴乃花親方(38)だ。昭和の名大関・初代貴ノ花(元二子山親方=享年55)の息子として入門前から注目を浴びて角界入りした貴乃花親方について、元力士はこう話す。

「貴乃花の父、二子山親方は八百長に厳しい人で、部屋には“汚いことをしないで正直に相撲道を歩んでください”という貼り紙がされたこともありました。貴乃花親方や部屋の力士たちはその教えを忠実に守り、真っ向勝負に徹してきました。もちろん先輩の八百長力士はそんな彼の姿勢が気にくわない。だから若いころの貴乃花は立ち合いで張り手ばかりくらっていましたよ。

容赦なく全力で顔をはたかれるんですから、張り手はみんな嫌がるんです。しかし貴乃花は文句ひとついわず、黙々と耐えていましたね。貴乃花は八百長に引き込まれないように他の部屋の力士との交流は控え、支度部屋で口をきくこともほとんどありませんでした」

こうして出世記録を次々と塗り替え、“平成の大横綱”と呼ばれるまでになった。そんな彼の人生で、一番だけ不自然な取り組みがあったとされる。それは1995年11月の九州場所で兄・若乃花(花田勝氏=40)と対戦した兄弟優勝決定戦だ。立ち合いで四つに組んだふたりだったが、下手投げで貴乃花があっさりと負け、若乃花が優勝。その後、この一番は“疑惑の一番”と報じられたこともあった。ある角界関係者はこう証言する。

「当時、貴乃花はすでに横綱になっていた。一方の若乃花は優勝から約3年も遠ざかっていた。八百長嫌いの二子山親方も親心から“勝にも優勝させてやりたい”と思い、それを貴乃花に思わず伝えてしまったといいます。その父の言葉に貴乃花は動揺して思い悩み、力を発揮できず、結果あんな形で敗れてしまったといわれています」

この優勝をきっかけにその後、若乃花は横綱に昇進。一方の貴乃花親方はこの一件で兄や父に不信感を抱くようになったとされる。いまなお絶縁状態といわれるきょうだいの関係について、貴乃花親方は引退後、「兄弟による優勝決定戦が(不仲の)原点だった」と語ったこともあるほどだ。

「貴乃花はガチンコで横綱になった人。だからこそ、その横綱という聖域を汚されたという思いが強くなり、より一層、八百長には強い反発心を持つようになっていったんです」(相撲関係者)

<NEWSポストセブンより>


親方は実直な男なんですね~


改革は貴乃花にかかってるのかも・・・
ドレッドヘアーでイメチェンしてみました!


$豪風先生えこひいきブログ(能代春慶 桧山納豆 大館曲わっぱ)


実は学生時代に一度だけドレッドヘアーにした事があります


3年間髪を伸ばし続けた結果腰までの長さになり、記念にドレッドに挑戦してみました!


出来上がると肩までの長さになっており、半分以下の長さになってましたね・・・


美容師からはエクステをすすめられましたが、なんせ貧乏学生であった為それは断念


今となってはいい思い出ですね~


ちょうどボブ・マリーが流行ってた時期だったかな・・・


でも大変でしたよ!


なんせ料金は5万円で、12時間かかりましたからね!


懐かすぃ~