複雑性PTSDからの「・・・」

複雑性PTSDからの「・・・」

普通とは違う感性、普通とは違う人生、だからいとおしい

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複雑性PTSD当事者

りゅうすいです。

 

今回は、なぜ、

複雑性PTSDということになったのか、

について書きたいと思います。

 

 

PTSDは

単純性PTSDと

複雑性PTSDに分かれるようです。

 

人間には、生きたいという欲求があり、

やべぇ、死ぬかも

といった経験をすると、

非常に大きな心のダメージを受けるようです。

 

一度、この大きなダメージを受け、

なおかつそのダメージが思うように回復しない。

それが単純性PTSD。

 

単純性PTSDで

良く上げられるケースでいえば、

性的被害。

 

さらに、単純性PTSDを持っている人は、

ダメージを引きずっている状態のため、

通常の感覚の一部がマヒしています。

 

そのマヒに付け込んでくる

一部の人たちにより

つらい体験を酷いいじられ方をすることがあります。

 

いわゆるセカンドレイプといわれるものです。

 

虐待を受けた人は

複雑性PTSDを発症することも多いといわれますが、

それは、

セカンドレイプのような現象を大変多く経験することも

一因だと思います。

 

日本国内では

(日本国内だけではないでしょうが)

親に問題がある、という観点は

一般的にタブー視される傾向を強く感じます。

 

それが、

問題行動が多い親を

ある意味野放しにし、

擁護していることにもつながっていると感じます。

 

虐待を受けている子供が、

親を擁護するような言葉を聞いた時、

どう感じるのか。。。

 

 

例えば、

自分に明確に殺意を持っている危険な存在を、

身近な人が、むしろ擁護して、

「あなたの気のせいだ、

人のせいにするな、ちゃんとがんばれ」

なーんて言われたら。。。

 

簡単に人間不信に陥る人も多いかもしれません。

 

 

助けてよ!

本当に危ないんだよ!

明日、会えるかどうかなんてわからないんだよ?

会えるのは今日が最後かもしれないんだよ。。。

 

 

そう言いたくても、

その言葉も気持ちも、届きません

届くはずはありません

 

深刻な孤独と絶望、

生きている心地なんてない

 

さらに子供には

できること、考えること、

大人ほどできません。

 

できることが少ないほど不安になりやすいし、

絶望もしやすい。

 

それが被虐待児の世界です。

 

被虐待児にとって、

親を擁護する発言、

親を疑問視する自分に対するバッシング、

 

これがまさに、

セカンドレイプのように感じるわけです。。。

 

「親に、何度も繰り返し激しく傷つけられ」

とか、ネットや本によく書かれています。

 

でも

親以外にも、

「親は正しく、親に疑問を持つべきではない」

そういった考えにこだわりすぎる人たちみな

被虐待児にとっては

絶望を与える存在なのです。

 

彼らの言葉はまさに

繰り返される「セカンドレイプ」そのものなのです。。。

 

もし、「セカンドレイプ」ではなく、

自分を心配し、受け止めてくれる存在がいたら??

 

俺はおそらく、

複雑性PTSDにはならなかったと思います。

複雑性PTSDになる重要要素として、

傷をいやされるのではなく、

傷をえぐられ続けた

 

それがあることは、当事者として

間違いないことだと思っています。