転機させて頂きました


 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先である同県名護市辺野古の住民が、移設反対派の抗議活動ばかりがクローズアップされる街のイメージを変えようと、奔走している。かつて米軍人らでにぎわった歓楽街の名残をとどめるレトロな町並みや伝統行事の魅力を、情報サイトで紹介。オリジナルのPR曲も作り、「『辺野古=基地問題』と考えずに、素顔の辺野古を知って欲しい」訴えている。(桑村朋)

 終戦後、辺野古に開設された米軍キャンプ・シュワブはベトナム戦争中の1960~70年代、海兵隊の中継基地となり、周辺は米軍人や商売をする日本人があふれかえった。区画整理で作られた社交街は、その責任者だった米軍人の名前を取って「アップルタウン」と名付けられた。

ハワイ、テキサス、ワシントン…。米国の地名を冠した飲食店など最盛期には約200店舗が営業。しかし、ベトナム戦争が終わると多くの米兵が帰国し、徐々に寂れ、今では十数店舗が営業するだけとなった。

そんな地元を元気づけようと、音楽バンド「辺野古軽音楽倶楽部」を組む嘉陽(かよう)宗隆(むねたか)さん(57)は約3年前、街を象徴する社交街の良さを織り交ぜた「辺野古アップルタウンブルース」を作詞作曲した。

  《道を歩けばアメリカにこにこ 楽しい街だよ辺野古社交街》

 歌詞からは米軍と長年友好関係を築き、共存して来た辺野古の歴史が伝わってくる  嘉陽さんは「『辺野古に来たらアメリカが見渡せる』がテーマ。曲をきっかけに街が盛り上がればうれしい」と話す。

 親類の嘉陽宗司(むねつか)さん(33)の呼びかけで6月にCD化。インターネットで募金を集める「クラウドファンディング」で約55万円を集め、地元住民が参加してのプロモーションビデオ(PV)も制作した。

 24歳で沖縄を離れ、平成27年2月に7年ぶりに帰郷した宗司さん。久しぶりの故郷で目にしたのは、歩道を「テント村」と称して占領し、地元への配慮無しに抗議活動を行う反対派の姿だった

 参加者は大半が市外、県外の人でも、地元住民は居ない。宗司さんらが占拠を止める様に諭しても「何で反対するんだ」と言い返され、終いには「お前らの為にやってるんだぞ」と怒鳴られた

 辺野古の住民らはこれまで、テント村の撤去を求める署名名護市長提出したが取り合ってもらえ無かったという。

 宗司さんは「基地問題ばかりが取りざたされ、良くないイメージが定着してしまった。本来の辺野古の姿を伝えなければ」と感じ、同年8月に情報サイト「HENOKO JOHO」を開設した。

飲食店や観光情報のほか、米軍もチームを出す大綱引きや沖縄の伝統芸能「エイサー」などを紹介。写真も多く載せ、アクセス数は多い時で1日1千件を超える反響ぶりだ。

 「自分の生まれ育った辺野古は基地問題に揺れる街ではない」と宗司さん。「今後も地元の魅力を発信し、自分たちの力で辺野古に活気を取り戻したい」と意気込んでいる。


まったくもって、腹立たしい(怒)

いつまで続く外部の反対派との闘い!!

トットと翁長沖縄県知事をリコールせねば!!!!

支那がぁ~と、助けて欲しい時だけしれっと被害者ヅラで訴えて来る姿は、まさに共産党の自衛隊に対する考えそのもの(怒)

支那人翁長のやりたい放題で、住民票は外部の反対派だらけの組織票(怒) 訳わかめの龍柱に血税使って沖縄を汚し、折角の観光地も台無しにして(怒) 許さマジ翁長!!!!

汚言葉が行き過ぎて、朝から気分を害させてしまい申し訳ありませんでした