とある春先の早朝。
時計の針は6時45分をさしている。
外はまだ薄暗い。
母はキッチンで弁当を詰め、父はコーヒーを飲みつつ優雅に新聞を読んでいる。
姉はテレビの株価為替情報を食い入るように観ていた。
ちなみに低血圧の兄は起きていない。まだベッドの上でダラダラしてるのだろう。きっとそうに違いない。
僕はこんがり焼いたトーストに、バターをたっぷりつけて頬張った。うん、美味しい。
「今朝はどうだった、カナメ」
テレビが今朝のトピックスに変わった音を聞いて父が訊ねる。
「あんまり変わらないな」
姉は肩をすぼめた。
「そうか」
コーヒーを啜る音がひとつ。
ここ数日、父と姉はほぼ同じ会話をしている。その事に二人は気付いているのかいないのか。まぁ、別にどちらでも構わないのだけれど。
「ケイも為替やってみなよ。下手な授業より勉強になるぞ」
「いや、金儲けはあんまり興味無いし」
遠慮しとく。
姉の誘いをへらっとかわし、僕は新しいトーストに手を伸ばす。
「おはよう…」
やっと兄が起きてきた。寝癖が酷い。
テレビを観たまま姉が片手を挙げて応える。ロックスター顔負けの貫禄だ。
「おはよう兄さん」
僕が返事を返すと、父が新聞から顔を上げて続けざまに言った。
「おはよう陵。もう55分だぞ」
「うん。父さん今日は早いんだ?」
「会議だからな。朝食はきちんと摂れよ」
「あー今朝は洋食?味噌汁が飲みたかったなー。…あ、新聞読み終わったら次オレね」
手早くトースターにパンをセットすると、ガリガリと頭をかきながら兄は洗面所へ向かった。
「母さん味噌汁作ってよ」
「テーブルに即席があるからソレ飲んで」
向こうで兄と母のやり取りが聞こえる。
いつもと同じ、今日の始まりである。
本当はもう一枚トーストを食べたいのだが、兄の分が無くなるので即席味噌汁を飲む事にした。
「姉さんと父さんもいる?」
「いや、いらない」
「私は飲む」
「オッケー」
ガサガサ擦れるビニールの音に顔をしかめつつ、三人分取り出す。ひとつは兄の分だ。味噌が少し手に付いた。洗うのも面倒なので舐めて済ます。しょっぱい。
サクッと作って姉に手渡した。
「ありがとう」
これも目線はテレビに向けられたままである。まぁ、別に良いのだけれど。
残る二つを惰性で作り、少し飲んでみる─うん、丁度良い。
「おー、ケイ作ってくれたんだー。ありがとう」
お兄ちゃんは嬉しいよー。
語尾が無駄に延びている。洗顔はしても寝癖はそのまま。完全に寝惚けてる。こりゃダメだ。
呆れ顔の父が兄に新聞を渡し、コーヒーカップを静かに置いた。
「行ってくる」
「あ、忘れ物」
母が弁当を持ってかけてくる。ちなみに若かりし頃は俺っ娘だったらしい母。父と恋仲になってから矯正し現在に至る─との事。
「毎日ありがとう」
「お互い様よ。忘れ物無い?」
「そうだ、ひとつ言い忘れていた」
唐突に姉が口を開く。味噌汁を一口すすり、姉は続けた。
「私ストーキングされてる」
床に落ち行く弁当とビジネスバッグ。味噌汁の滝が僕の口から流れ出る。兄は汁椀を取り損ね全て床にぶちまけた。
姉一人、黙々と食事を続けている。
我が家の朝に静けさが訪れた。
