外には、素敵なモノがたくさんある。
公園は、素敵だ。笑顔がある。柔らかさがある。子供達が必死に走れば走るほど、何故かここでの時間は、ゆっくりと過ぎていく。ベンチに座れば、回復する。太陽が高ければ、公園が光を吸収して、ハツラツとした元気に変え、僕らに分けてくれる。公園に来ると自然と心が満たされるのは、そういう理由があるからなのでは?と私は、睨んでいる。
外には、まだ素敵なモノがある。
商店街は、素敵だ。まずネーミングが良い。商いをするお店が集合した場所を「街」と呼ぶなんて。町の中に街がある。なんかジャイアントキリング感があって、素敵だ。それに、商店街で働く人も素敵だ。日に焼けた威勢の良い魚屋さんが今日も大きな声を出しているし、おにぎり屋さんのおばちゃんはまたサービスし過ぎているし、呉服屋さんのお姉さんはいつ見ても綺麗で、癒される。
でも、正直、東京の方が数百倍楽しい。ここは、交通の便も悪ければ、車がないと買い物も出来ないし、人も少ないし、寒いし、イケメンもいなけりゃ、金持ちもいない。けど、みんなで支え合って生きている。東京にはなかったものだ。いや、東京以外でも当たり前の事ではないんじゃないか。この町では、みんなで生きている。月並みな台詞にはなるが、私はこの町に生まれて本当に良かったと思ってたりする。
そして、驚くべき事に、外にはまだまだ素敵な
モノがある。
それが喫茶店だ。
「soto」という喫茶店。この町、唯一の喫茶店。町の中の街の中の喫茶店。外観は、日本人なら誰もが「ここは喫茶店だ!」と言えるほど喫茶店の外観をしている。店の外にある長細い白いブロックで作られた花壇は、店の壁にピッタリと張り付いているのに、「まだまだ張り付いてやるぞ!」と言わんばかりの植物の蔓たちが店の壁にへばり張り付いていたり、看板にはマスターが作ったオリジナルキャラクターの「ネコ大臣」がスーツにエプロンというトリッキーなコスチュームと笑顔で私達を迎えてくれている。
まぁとにかく素敵なんだ。この店は。
「soto」という店名は、マスターの熱い意味不明な想いが由来しているらしい。
マスター曰く、「『外出』って『外に出る』って書くだろ?なのに、みんな飯屋入ったり、買い物したり、また建物に入るだろ?それじゃあ『外出』にならないんだよ。みんな自動的に嘘ついちゃってんだ。だから、ここを「soto」にしたんだ。建物自体が「外」なら、外出が成立するだろ?俺はね、葵ちゃん。せめて、ここだけではみんなが堂々と外出できる場所にしてあげたいんだよ。」
マスターは、来てくれた人に必ずこの話をするけど、誰一人として、真面目に聞いているお客さんは居ない。でもそれは、話が意味不明な事だけが問題ではなく、マスターの淹れる珈琲がこの世の物とは思えないほど美味しすぎるのも原因なのかもしれない。
私は、この店の窓側の席で、本を読むのが大好きだ。店内には、BGMもない。マスターの笑い声と珈琲の香りで満たされている店内で、読書する事が最高の休日だと確信している。
「また同じ本を読んでいるのかい?」
「はい。同じ場所で同じ本を。」
「なんだっけ?『事件の…』」
「『事件の外側』です。」
「そうそう!にしても、それ…面白いの?笑」
「面白いですよ!何を言い出すんですか!」
「いやだってさ、探偵が事件を解決するまでの間に取る食事を紹介してる本でしょ?笑 面白そうだけど、何回も読める本かな〜?」
「そこが良いんじゃないですか!今まで読んだ事あります?ミステリー物の小説で、ご飯がメインの作品!」
「う〜ん、ミステリーはあんま読まないからな〜笑」
「ずるいですよ、マスター。」
「まぁゆっくりしていきなさい。あなたの為に、コーヒーおかわり無料にしてるんだから。」
「いつもすいません。」
やはり、雪山殺人事件は、面白い。
金持ちのペンションで起きる殺人事件のトリックなんかよりも、大きな冷蔵庫に入ってる食材を余す事なく、主人公がテキパキと豪華な料理を作っていく過程の方が私は好きだ。
ふと、窓の外を見ると、日が暮れ始めている。
しかし、最高の休日だ。こんなにゆっくりを時間を使っていたら、バチが当たるんじゃないかってくらい贅沢な時間の使い方をさせてもらっている。
入口の扉が開き、扉に付いたベルが甲高く鳴った。
「2名様ご来店でーす。」と、私は誰にも聞こえない小さな声で言った。
お店に来たのは、杖をついた腰の曲がったおじいちゃんとそのお孫さんのようだ。初めて見かける。どうやら土日に来る事は、あまりないらしい。マスターも驚いたように接客している。ふと、お孫さんの左手に目を向けると、ロボットのおもちゃが握られていて、右手でぎゅっとおじいちゃんの上着の裾を握っている。その姿が何とも愛くるしい。
「ご注文は、お決まりですか?」
マスターは、あえて周りのお客さんに聞くような言い方で、お孫さんに注文を聞いていた。
「つめたいこーらをください!あと!あついこーひーもくださいっ!」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
丁寧に頭を下げ、足早にカウンターに戻り、珈琲豆をひくマスター。私は、マスターのこういう所も大好きだ。
視線を戻すと、上手に注文が出来て、笑顔満開のお孫さんとそれを喜ぶおじいちゃんがそこには居た。なんて素敵な光景なんだ。これもsotoでしか味わえない素敵なモノの1つだと思う。
そこで、お店の電話が鳴った。
電話に出たマスターの反応で相手が分かる。常連の小林さんだ。とてもおしゃべりな方で、話も面白いが、たまに長くなる事も。1番長い時で、私がペンション編を初めから読み返す頃に電話し始めて、読み終わる頃まで電話していたくらいだ。
困惑した表情のマスターの前には、淹れたての珈琲とシュワシュワのコーラが置かれていた。
「マスター!私、運びますよ!」
マスターは、口パクと最低限のジェスチャー付きで「ごめん!」と言い、小林さんとの雑談に戻った。
トレイを持つ時は、緊張する。何故だろう。
高校生の頃、バイト先で「手首を内側に捻って持つと安定するよ」と教わったのを思い出した。トレイの上に、珈琲とコーラを乗せ、いざ運ぶ。どうせなら華麗に運びたい。映画で見た純喫茶のメイドさんをイメージしながら、可憐に運び出す。
「お待たせ致しました。」
「おねえちゃんだ〜れ?」
「今、少々こちらでお手伝いしてる者でございますわ。」
「あるばいとー?」
「そうでございまする。アルバイトでございます。」
「お姉さん。無理して、マスターの丁寧な喋り方を真似しなくてもいいのじゃよ。」
死ぬほど恥ずかしい。確かに不自然な言語を使っていた。早く飲み物置いて、小説の世界に戻ろう。
「こちら珈琲とコーラになります。」
「あっはは!」「あっはは!」
2人が同時に笑い出す。あれ?また日本語おかしかったか?ん?なんだ?
「普通は、そうじゃよな笑」
「え?」
「おねえさーん!ぎゃーく!」
「逆?」
すると、2人は慣れた手つきで、パパッと飲み物を交換した。
おじいちゃんがコーラをがぶがぶ飲み、お孫さんがコーヒーを小さい手で一生懸命持ちながらフーフーして飲んでいる。
これまた恥ずかしくなる。
そこで、お孫さんが私に言う。
「ひとをみかけで、はんだんしたらダメなんだぞぉー!笑」
「申し訳ございません。」
また、2人が同時に笑い出した。遅れて、私も笑ってしまった。本当にこのお店は、素敵だ。
そんな出来事があった春のお話。
(→夏に続く)