自分の身体に意識をむけ
自分の身体の感覚を感じてみる。
肩がこってる?
腰が重たい?
頭がずきずきする?
そんな身体の感覚、メッセージを無視してきた私。
そんな事、感じるより「〜しなきゃ。」という
思考に従ってきた。
身体のチャクラの一つ一つを感じ
それぞれのチャクラの色と音をイメージ するワークをしてみたら(自己流の)
自分でチャクラの詰まり 滞りを感じた。
第二チャクラにドロドロしたマグマのようなものを感じる。重い。
そう感じた。
すると次の日から腰が痛くなり
土曜日は腰が曲げられない位痛くて、横になるしかなかった。。
他にも、チャクラのワークをするようになり
頭が重く ズキズキしたり
肩がガチガチだと感じたり
あちこち、ガタを感じるようになった。
私は身体のメッセージに耳を傾けてこなかった。身体の感覚を感じるって
自分を受け入れられてない人 肯定できない人は感じにくいのかも。。
そんな状態で自分の心を感じるって、、?
無理じゃない?
ピアノも
考えるな。感じろ。で弾こう。と思っても
さんざん
身体の感覚を感じるのを阻止してきたのに
ピアノだけ、身体の感覚
どこか無理して弾いてないか?
楽でいられてる?とか
無理してると感じる事をマヒさせ、酷使してきたのだから、わかりにくい。難しい。。
無理してるのが普通なんだもの。違和感わかんないんだもの。
指先がハンマーが弦に当たったのを感じるように!とか震動を感じるように!とか、、
そんな指先の感覚は感じようと意図もしてなかった。
ー感じるー
弾くという行為?に夢中でいたら感じられない。
(俯瞰的でないと感じにくい)
感じようと意図しないと感じられない。(今は)
最近、気がついた事は自分の感じた感覚をこれで大丈夫?と不安がってたら、感じる力を「自分」がブロックしてしまってるという事。
自分が感じた事は他人から何と言われようとも
自分のもの。自分の大切な感覚で
間違いも正解もないのに。
ずっと私は耳が悪いのでは?と思っていた。
「もっと自分の音聴いて」とどれだけ言われてきたことか、、
耳も自分の耳に不安感を持つ必要ない。
耳が悪い!と思ってきたけど、
そうじゃない。
他人の音は分かってる。いい音よくない音を聴きわけられる!
ずーっと
先生に言われた通りに、鍵盤をガンガン押して弾いたらいい音が出るはずと信じて
トレーニング!してきた。(←無意味😭)
こうしなきゃならないと。
でもその『基音』の硬い音、割れた音は私には
不快で、違和感だった。だから
耳の感覚を閉じてしまった。😭😭😭
聴いてるけど聴かない練習をし続けてきた。
でももっと音を聴きなさい!と怒られる。
必死で自分の音を聴こうと頑張る!
聴こえないよ!聴きたくないから耳の感覚閉じたんだもの!
なんなんだ!
このパラドックス!😳😱😰😨
かわいそうなわたし😢
もう、
このパラドックスからは おさらばだよー!
自分の耳を自分の身体の感覚を信じて、
大切にしよう♥️♥️
耳を傾けてあげよう。
やっぱり
自分を受け入れる。とピアノって
無関係じゃない。しっかり繋がってる。。