人生で
一番泣いたとき。
人って本気で泣くと
感情が抑えきれなくて
普段出来ないことができる、
そんな力が出たりするんです。
そのうち声がでなくなって
訳が分からなくなって
それでいて冷静に保とうとする
自分がいたりして、
ひたすらボーっとするんです。
その時は誰がどんな言葉を
かけようとしても
全然頭に入らなくて
ただただ、袖やタオルが
涙でびしゃびしゃになってるのを
見つめて、考えて、また泣いて
そんなことがありました。
私が中学生のときです(´・_・`)
その頃は
お前まぢ死ねやー(^^)
とか、流行っていたように
みんな口癖のように使ってました。
私ももちろん使っていたし、
ハゲ、デブ ←
誰1人として、本気で言っていた人なんて
いなかったと思います。
中学生のとき、
友達を1人亡くしました。
その子は保育所からずっと一緒で
いつも笑顔で可愛らしい子でした。
(小さい田舎町なのでほとんどが小学校から高校まで一緒なんです)
本当にいつ見てもにこにこしていて
明るくて活発で
弱っているなんて、辛いなんて
誰も思わなかったと思います。
そんな中、
私たちは当たり前のように、
口癖のように、
死ね だとか くたばれ だとか
なにも悪びれなくきゃっきゃ笑って
誰もその子の変化に気がつきませんでした。
人が本気で死のうと思ったら
わざわざ人に死ぬなんて
言わないんですね。
本気で辛いときって
言葉にすることも難しいんですね。
人に弱みを見せるのって
とっても勇気のいることなんですね。
私はその子から感じました。
真冬の橋から飛び降りる
その直前、なにを考えたのでしょうか
その晩、
私はその子が夢に出てきてほしくて
教えてほしくて
気付けなかったことを謝りたくて
神様にたくさんお願いしたけど
やっぱり出てきてくれませんでした
まだまだ人は分からないことだからけです。
ある人のお葬式で神主さん?が
言った言葉が今でも鮮明に覚えてます。
命の灯火はいつ消えるか分からない
どんだけ燃えていても
明日には消えるかもしれない
灯火はとても弱く、儚いものです
人の死というのを真剣に考えたことがあるから、
人の死を目の当たりにしたから、
今でも、軽々しく
死にたい とか、
死ね とか言う人を許せません。
あの日を境に私も
人に向かって死ねなんて
使わなくなりました。
喧嘩もしなくなりました。
その子が亡くなる数日前に
私は友達と大喧嘩をして
気まづい雰囲気のまま
その子がいなくなってしまったからです。
関係はないと思っていても
なんだかすっきりしないのは
確かに私の中に後悔したことが
あるからだと思います。
私がいま、いつも笑顔だね(^^)とか
怒ることなんてあるの?とか
言われるのは
もうあんな後悔や悲しい思いを
したくないからというのも
少なからずあるからでしょう。
人との出会いは大切にしたいし
どんなに変な人でも話したいと思う。
人の分かりにくい感情や表情の変化に
気づける人になりたいと思う。
鈍い私には難しいことかもしれないけど
そうやって人と接したいと思う。
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なーんて、長々と書いたけども
あれもこれも映画「告白」を見たから(^^)!
薄暗い部屋で命の重さや人の感情や恐さについて考えさせられたからかな!
私を知っている人は
変に思うかな(^^)
なにも考えてなさそうだしねww
でも、まあ!
明日も笑顔(^^)*でHAPPYな一日にしようと思う!*。
今日なんて、
賄いがカルボナーラだっただけで
るんるん
になっちゃって...自転車乗るときに
美味しかったー

しあわせー(^^)
って声に出しちゃって
通りがけのおじちゃまに
変な目で見られたもんね!

いいんだ!
幸せを感じたら
口に出せばいいんだ!
後悔しない!←















ヽ(;▽;)ノ