3姉妹の育児奮闘記《難聴ママ》 -3ページ目

3姉妹の育児奮闘記《難聴ママ》

3人の女の子のママをしてます!
【長女】2012年04月生まれ
【次女】2015年12月生まれ
【三女】2019年07月生まれ


私自身 両耳難聴(感音性難聴)です。

そして歳の差婚・歳の差夫婦です!



日々 喜怒哀楽しながら育児を楽しんでます★


続きブログです!




2020年6月15日(月)

旦那が主治医(教授)と電話で話し合い、決断した日の午後。

私の携帯の方に病院からお電話がありました。
主治医からの呼び出しです。

旦那の方じゃなかったから
ビックリしたのを覚えています。

『明日の午後 奥様で大丈夫ですので、病院に来ていただきたい』という内容でした。




2020年6月16日(火)

午後になり、一人で病院へ行きました。

これからどんな症状が出て、どうなるかを説明してもらい、いつ何があるか分からない状態だし、結構な痛みを伴うから【痛み止め】を処方してもらいました。
 
その後 会計待ちの時に
遠くの方から私に向かってくる人が…w

その人は【メディカルソーシャルワーカー】の人で、いろいろ親身になってアドバイスをしてくれました。
・自宅で倒れたり、心肺停止していた場合のこと
・お葬式関係
・子供達の事
そして大事な大事な【安心カード】!!

知っている方もいるかと思いますが、私は知りませんでした。

この【安心カード】とは、
何かあって救急車要請した時に救急隊員にカードがある事を伝えたり、提示したりすることで確実に病院に搬送されるカードです!

5月の脳梗塞の時みたいに
搬送先がなかなか決まらず…って事がなくなるカードです。




2020年6月18日(木)
もう月曜日くらいから内臓系がパンパンになって来ていたり、体温調節うまく出来ないので寒がったり暑がったりと本人の感覚?があったり徐々に目に見えて分かる症状(身体中の内出血とか)もありましたが、この日くらいから急激に悪化。
「マジでそろそろ死ぬ…」「(痛み)耐えられない」「寝るとそのまま永遠の眠りになりそうで寝れない…」って言うことが多くなってきました。




2020年6月19日(金)

前妻の娘さんたちと連絡を取り、会うことに。
その娘さんたちにも小さな子供がいるので、旦那からしたらお孫さん(﹡ˆᴗˆ﹡)




2020年6月20日(土)

旦那は前妻と離婚してからほぼ娘さん達とは会ってなかったので、すごく久々の再会。
旦那と娘さん達が連絡やり合うのも、今までなかった。
久々の再会がこんなんで…えーん
いや…こんなんだからこそ会えたのかな?
大きなキッカケがないと…
旦那自身なかなか1歩踏み出せずにいたのは事実だし。連絡取ったり、会ったりすることがね。


そして、はじめまして!の可愛い孫達と娘2人のご主人たち。

我が家にお招きして、大人達はいろいろ話したり、子供達は遊んだりと…旦那の体調を考え数時間だけでしたが、とてもとても有意義な時間でした。








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2020年6月13日(土)
退院して3週間後のこの日は、通院でした。
土曜日で子供たちがいるため、旦那1人で病院に行ってもらいましたが、1時間後くらいしたら旦那から『お迎えに行くから準備してて』とLINEがありました。
要は…『家族も呼んでください。詳しくお話しします』ってやつ。

もうこの時点で、「このパターンは良い内容ではないよな…」と勘づく私。


子供達と病院行って主治医からの説明で…


今すぐ緊急入院してください。大学病院に手配はしてあるので今すぐ…と


脳梗塞入院中の5月18日(骨髄穿刺やった日)の血液検査とこの日来院してすぐの血液検査の《白血球数値》が爆上がり…主治医の想像を上回る進行で主治医もびっくりするほどの悪さでした…
【急性骨髄性白血病】と…ガーンガーン



旦那が主治医(教授)に「2日間の考える時間をください」とお願いして月曜日までなら…と猶予頂きましたが『その間にも何が起きるか分からない』と念を押されました。

家に戻って来て月曜日まで夫婦で話し合う。

この2日間 旦那と主治医とも真剣に話し合う。

・ガン治療の中でも白血病の治療費は高額
・治療しても治る可能性が低い
・病院嫌い
・自分の年齢

この3つ以外にも理由あって、旦那は旦那なりにものすごく悩んでいたと思う。

私は、当然意見は言ったけど最終判断は旦那自身に任せる形を取りました。


2020年6月15日(月)

ついに月曜日になりました。

私は区役所にいくつかの用事があって、その間に主治医(教授)から旦那にお電話があったようです。

主治医は、本音でズバッと本気でガッ!!と言ってくれつつも優しさもある方でした。


もちろん最初は『絶対入院しないとダメ』と言っていたけれど
旦那は「家族で話し合って決めたし覚悟はしてます」と伝えた。
再三、『本当にそれでいいの?』と念を押されたけど、「正直、治療しても遅いんでしょう?」って旦那が言ったら黙ってたみたいでした。

でも、本当に親切な教授で…
治療しないなら
これからどうなるかを説明してくれたみたい。
さらに『本当に辛くて仕方ない時は病院で受け入れるから入院しなさい』とまで言ってくれたみたいです。
死亡診断書の件も書きます。』とも言ってくださいました。







その日からは旦那は【生前整理】に入りました。
















続きブログです。

※さかのぼり記事となります。


病院嫌いの旦那…さっそく入院当日から『帰りたーい』とLINE(苦笑)
看護師さんと気が合わなかったり、行動や飲食などのいろいろな制限が掛かってるのがキツイみたいだけど、そんなこと言ってる場合じゃない!


あ、手術はしなくても大丈夫で薬物療法となりました。

2020年5月11日(月)
昨夜 数時間かけて来てくれた両親に長女と次女をお願いして、三女だけ連れて病院へ!
旦那の荷物・入院関係の書類・入院保証金の支払いをしました。


2020年5月18日(月)
朝に血液検査をし、15時頃【骨髄穿刺】を。
15時過ぎの旦那からのLINE…大荒れでしたよ。
めっちゃくちゃ痛くて…痛かったみたいもやもやアセアセ
後でネットで調べてみると、想像しただけでも痛そう💦

私自身 子供たちみんなの出産は帝王切開だったから脊椎麻酔を経験しているんだけど…それと似た感じのやつアセアセ
次女の時は、ちょっとしたトラブルで激痛走った経験あるから…骨髄穿刺の恐ろしさは想像出来なくもなかった。



2020年5月23日(土)
退院許可が下りて、無事退院となりました爆笑








今回の旦那の入院で
同じ棟のお付き合いがある方々から
「子供たちに」っていろんなものをくださり、
励まされ、感謝しかありませんでした。