わたしのおばあちゃんは病院に入院している。
昨年からだいぶ認知症が進んでしまったからだ。

4月初めから入院して、すぐに面会に行こうとしたが、入院する時にかなり嫌がっていたようで、身内に会うとまた家に帰りたくなるからしばらく会わない方がいいと母に止められていた。

だが、おばあちゃんの顔が見たくなって4月中旬にこっそり病院に行ってみた。

「おばあちゃん、みほだよ」私の顔を見て、一瞬キョトンとしたもののすぐに「みほちゃんか」と私のことを分かってくれた。
けれど、おばあちゃんの話しは今現在のことと、昔のこととが複雑に入り混じっていて、私のこともどうやら少し前の私らしい。

今のおばあちゃんのこの様子を見ても不思議と悲しいとか寂しいとかの思いは一切なく、むしろ今見ていた夢の話を聞かされているようで面白い。
時折笑ってくれるのもとても嬉しかった。

面会に来ておばあちゃんに会えるのはいいが、帰るときは少し苦労する。
おばあちゃんは私が来ると、自分を迎えに来てくれたと思うらしい、そして家に連れて帰ってくれると思うらしいのだ。説明しても通用しないので、帰り際は誰か他のおばあちゃん友達のちからを借りなければならない。
入院している他のおばあちゃん達の輪の中にさりげなく私のおばあちゃんを入れ、話しに入れてもらっている間に「おばあちゃん、また顔見に来るからね」と別れの挨拶をする。そうすると「気をつけて帰れ」とすんなり納得してくれる。まわりに誰もいない時に私が帰ろうとすると自分も行くといって聞かない。
だから他のおばあちゃん達の存在がとてもありがたい。

仕事が休みになったら会いにくるから。いつもそう言って病院をあとにする。
約束というわけじゃないけど、これが私の普通になった。

私のことを忘れても、私を違う人と勘違いしていても、ただ、私はおばあちゃんに笑ってほしい。寂しいと思ってほしくない。

また、会いにくるからね。
そう言うと嬉しそうに頷いてくれる。
こんなふうにして一緒にいて手を繋いでいられる時間が少しでも長く続きますように。