スタバのアールグレイドーナツ&アールグレイティラテ
今日は母の日。
一年前までは毎年のように母に花や贈り物をかかさず送っていました。
今年は何もしてません。
今までの私は母と離れて暮らそうが、ずっと脳内に母が住みついていて、私が母の気に入らない行動をしたら罪悪感を抱かせてきました。
例えば、
◯自分が仕事休んでるときに子どもを保育園に預けること
(母→子どもにはお母さんが一番。仕事休んでるときは子どもと過ごしてあげて)
◯自分の趣味をもつこと
(母→趣味は我欲の塊。人のために時間を使うほうが豊かな人間になれるよ)
などなど
私が育児の合間に自分に時間とお金をかけようとすると、すごい罪悪感を抱いていました。
母は自分の時間なんかゼロ、自分のものにはお金をかけず家族のためにお金を使う人でした。
私は母のことを子ども思いのいいお母さんだと思って疑いもせず、反抗期もなく最近まで過ごしていました。
子どもや家族のために自分を犠牲にする、すごい人だと思っていました。
でも、心のことを学び、自分自身と向き合うことで母は
弱者戦略と過保護過干渉のプロ
だと気づきました。
母本人も自覚は全くありません。
当然です。
母の母も、そのまた母も同じように子育てしてきたのだから。
それしか知らない。
母は私に直接命令したり、暴力を振るったりはしません。
ただ、母の気に入らない行動をとると不機嫌になる、とてもしんどそうになる、気まずい雰囲気をかもし出す。
これらの戦略を使って子どもである私たちに罪悪感を与え、コントロールしてきました。
私の反抗期がなかったのはこのせいだと自分では思っています。
このことに気づいて、幼い頃の自分の気持ちを思い出し、ノートに書き出しました。
↓
・母が不機嫌になるのが怖くて、妹や弟の面倒をみてたけど、本当はそんなことしたくなかった。
・ほんとは家でゴロゴロして何もしたくなかった。でも、母が心配するから勉強したり部活したり親の喜ぶ行動をした。
などなど
自分の意志で行動したと思ってたことのほとんどが、親の意向をくみとって行動してたことに気づいたのです。
今まで生きてきた自分の行動は親のための行動だったのか。
これって、自分の根底をくつがえす気づきでした。
そして、幼い自分は本当はどんな感情をもっていたのか?
本当はどうしたかったのか?母にどうしてほしかったのか?
それをノートに書きました。
また具体的な内容は後日書きますね。
さわでした