※一部文脈がおかしかったので修正しました。
現役時代はレギュラーに定着した時期もあったが、心からサッカーが楽しいと思ったことは正直一度もなかった。
でも一度始めたからには卒業するまではやり遂げようと思い続けた。
先日何かの雑誌で根性論で指導するコーチを書いた記事を読んだ。
ひたすら走らせ、技術的な練習はそれから…技術練習に辿り着く前に嫌になり辞めてしまう生徒もいるという。
当たり前だ…
これ…過去の日本の体育会系な先輩方は猛省した方が良いと思うのです。
…自らの小学校時代を思い出す。
確かに小学生にしては死ぬ程走ったし水も飲ませてもらえなかったが、それは時代…そこはそんなもんかなと思っていた。
では、なぜ楽しくなかったのか?
逆に今何が楽しいと思うのか?考えてみた。
自分の場合はこう。
1.トリッキーなフェイント
2.組織立った驚きの崩し
3.必死にプレーする姿
昔はトリッキーなことをやろうとすると叱られた。
そんなことやる前に、まずは、
基本、基本、基本、
…つまらなくなった。
またぎ…なんてやろうものなら百年早いと言われた。
確かに基本は大事…。
でも、凄い!と感動したプレーまで禁止しなくてもいいでしょ…と。
次に、組織立った驚きの崩し。
私はサイドバックだったが、監督の指示は、ボールが来たらとにかくクリア、いいからクリア…。
パス…なんて色気出そうとしたら、怒鳴られる。
今考えればあり得ない…。
また、必死にプレーする姿。
これは当たり前だとおもっていた、試合中は必死にプレーするのが当たり前だと思っていた。
…でもこんな記憶がある。
親が頻繁に練習や試合に来る子供はレギュラーになる…ことが多かった。
しかし、その選手は守備をサボる、攻めたいときしか動かない、不満があるとすぐに人のせいにする、しかもそんなに上手くない…。
なぜレギュラー?
協調する気はみじんも起きなかった。
今考えれば、監督さん…と思うが、少年サッカーなんだから、そこははきちんとして欲しかった。
さらに…その監督もプレーに対し怒鳴り散らすばかりで、構想に合わなかった選手をレギュラーから外しても、既に外した選手には興味がないのか、何がダメだったのかを聞いても教えてはくれなかった。自分も喰らい付いたが結局教えてはくれず、卒業間近に若いコーチが来てくれたときに自分のプレーの癖を指摘してくれ弱点に気づけたことが唯一の救いだった。
しかし最終的には、子供心に監督の構想に合う、言い方は悪いが監督チームに都合がいい選手(保護者の体面的に)しか、大事にしないのか…としか感じなくなってしまった。
サッカーがやりたくて、ワクワクして入ってきた小学生がこんなことを感じ、考えながら続けても…楽しいわけがない。
話を元に戻す。
そうはいっても監督に相手されないながらも、なんとか続けようと子供達はそれなりにチームに残るが…残った二軍も二軍で何を聞いてもまともに相手にされないので、そのうちさすがにシラけてしまい、そこにお前らなにやってんだ!?なんて監督のカミナリが落ちれば…さらにシラけてしまい、辞めてしまう者が続出した。
もうサッカーが面白いどころではない…。
結局、私の代は卒業する頃には最初の人数の3分の1にまで数が減っていた。
その3分の1も全てが中学でサッカーをやるわけではなく。シラけた二軍はほぼ全員…一軍だった部員も怒鳴り散らされるばかりでつまらないからと中学はサッカーから離れて行った友達もいた。
もちろんそんな監督ばかりではないのだろうが、幼い心にはサッカー=走るだけ、かつ怒鳴られるもの…になってしまっていた。
かくいう私も、中学からは陸上競技に転校し…大学で友達に誘われて遊びでプレーすることはあったが、自分からはやろうとは思わなかった。
サッカーが好きだ、と心から言えるようになったのは、町田の試合を観に行くようになってから。
…なので、かれこれ20年以上も、
サッカー?
別に…
な人間だった。
前談がだいぶ長くなったが…
私が町田に住み始め、ゼルビアを知り、試合のあとに子供達が楽しそうにボールを蹴る姿を始めて見た時は正直驚いた。
こんな世界があるんだ…と。
町田のフロントは普通の会社からみたらまだまだあり得ない対応でオイオイと思うことはあるが、サッカーを好きな子供を増やす、育てるという点では素晴らしい信念を持ち、かつ実行出来ていると尊敬する。
自分が子供の頃にもこんな世界があったら…
まあ仕方ない、それも人生。
Rabbona
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