母は急性期病院から再び回復期病院へ転院になった
てんかんの治療ということで90日間のリハビリが受けられる。
神経内科とてんかん医がいる病院で、息子の時(三年前)は知らなかった。
もし、知っていたら息子の時も転院が可能だったかもしれないと思った。
今日が転院できる期限ぎりぎりの日。押し迫っての急な転院だった
急性期病院から療養型病院を考えたが、それよりもリハビリが出来る施設を探していた。
脳外科の主治医が「リハビリが受けられるなら回復期へ行った方が良い」とアドバイスをくれたから急いでリハビリ病院へ申し込んで受け入れが決まった。
てんかんの薬が切れてから母の覚醒が良くなり、言葉も笑顔も増えるようになった。
ごはんも食べれるのではないかと早く嚥下の訓練をするようにお願いしたが・・・
新人のSTさんは慎重にゆっくりと進めていった。休みの日は訓練が出来ない
覚醒して二週間、ゼリー食に切り替えれたが鼻のチューブは取ってくれなかった
チューブが付いたままの転院。不安を抱えながら次の病院に期待した。
ベテランで丁寧なさっぱりした女医さんだった。
「鼻にチューブをしたまま食べさせてるの私はそういうのは嫌い」
直ぐに嚥下の内視鏡検査をしてくれた。看護師さんやSTさん二人もたくさんに囲まれ、
初めて喉の中の画像を見る事が出来た
ゼリーは飲み込むことが出来ている。お粥は少し残るようだ。
唾液が残ってくっついている。飲み込み口も狭くなっていた。
でも、念願通りにチューブは取ってくれた。「ゼリー食でいこう」と
来週からはまた段階を上げていくからとのこと。水分が足りなければ点滴を打つ。
てきぱきとして頼れる女医さんだと感じた。私からこうしてくださいなんて言う事もなさそうだ。
てんかんの方ももし起きた時は軽い薬から始めようと言われた。
息子の時もこんな女医さんに巡り合えていたら早くご飯が食べれていたのに・・・
息子もゼリー食を始めていたのにプライドが高い女医が信じなくて、
「飲み込む事なんか出来ないはず」と言われ、「誤飲しますよ」と断言され・・・
ミトンをして縛られてとても嫌な思いを何ヶ月も我慢させられた
だから息子は転院させて嚥下の訓練を直ぐにしてくれるようにお願いした。
トロミから刻み食、そして普通食へとトントンと段階が上がって行った。
私が思う事は、病院の体制と担当医の考え、そしてリハビリスタッフによって
患者の状態が変わってくるのだと、今回は特に考えさせられた。
母の嚥下訓練はこれから新しい病院で始まっていくのだが、期待して希望をもちたい。
隣の棟には老健と療養型病棟がある。
もしかしたら、お世話になるかもしれないが、良き病院であるように願いたい