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八百屋の息子ブログ    

おもしろいモノ(人・情報・商材)探して冒険中。元々、八百屋の息子です。今はタコス屋の息子です。基本、遊んでばっかのブログになると思いますが、宜しくです。

いゃ~。


唐突ですが、
ジム・キャリーの【イエスマン】見ましたか??

年末年始の間、TSUTAYAで映画を何本か借りて見ました。その中の一本!

もぉ~最高!

卑屈ですべてに『NO!』と答える男が、
ある啓発セミナーをキッカケに、すべてに『YES!』と答える所からこの男の人生
が急展開する…。

ってな感じのストーリー。

良く、


『お願い事は試され事』


『たらいの法則』


『鏡の法則』


等に代表される、『得たいものがあるならば、まずは与える』と言う考え方。
一見、無関係に見えるすべての事柄がこの映画の中で繋がっていく様は感動です!

僕自身、初心を思い出しかなりリフレッシュ出来た映画となりました!


腹抱えて笑いたい方は見てみてね ̄∀ ̄!


イエスマン “YES”は人生のパスワード 特別版 [DVD]
さささぁ~!

今日から仕事初めの方も多いことでしょう。

僕はと言うと…、

今日まで『休み!』と思っていたのだが、
甘かった…。

年末いっぱいいっぱいまで予定が詰まっていたため、年末のお掃除がやれずじまい。

嫁『今日、暇でしょ?』
鶴の一声。

今日ですよ!今日!!!
嫁さん指揮の下、ホコリ被ってさっきまでね!

で、風呂入って夕ご飯食べて落ち着いたのでブログ更新です。

でわ! ̄∀ ̄!
『人生』変えたきゃ、小資本で出来るビジネスを『本気』で考ろ!と、自分に言ってます。八百屋の息子的、人生の楽しい歩き方    -100102_165129.jpg

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新年の定番ですなぁ。

嫁さんの姉妹と今年初カラオケ~

昔からカラオケは好きなんです(照)
が、しかぁ~しっ!

あぁ、学生の頃のようにハジケられないぃ~!

歳のせい?? ̄∀ ̄??
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明けましたぁ!
おめでとうございま~す♪

親戚一同、集まっての新年会!っぽいことします。

はいっ!今年一本目の仕事!!

そこで出すタコス50人前を無理矢理手伝わされましたぁ~(泣)

どうせお正月なんで、とくにすることないし。
まぁ、別に嫌じゃないけどね~。

でわ! ̄∀ ̄;
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少し早いけど、年越しそば!

沖縄では、このソーキや三枚肉ののっかった沖縄そばが常識 ̄∀ ̄!

毎年、実家で母が作ったそばを食べていますが、
一日三食、正月の三日間は食べ続けます。

なんだか凄いっしょ!!
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皆さん、おはようございまする~。


昨日は友人とモスバーガーにて、次なるビジネスモデルの構想で盛り上がっちゃいました!

写真はその友人と、
さっそく着ました!
ミリタリージャケットぅっす!!!

隣の席には、勉強に勤しむ学生達。
良いですねぇ~
そんな姿を見ると僕らも元気が出ます!


さて!今年もいよいよ!今日で最後ですよ~!!


忘れ物はございませんか?
言っておきたい事、やっておきたい事はありませんか?

ちなみに、僕は沢山あります ̄∀ ̄;

『来年こそは!』

な~んて、毎年言うのも飽きました。

『今日から俺は!』

そんなマンガのタイトルみたいな事も言いません(笑)

『今が最高にHAPPY!なんだ!』と、そう感じることが出来た事が、今年何よりの収穫になりました!

皆さんも、忘れ物や、やり残し、不安、不満、失敗ばかりに気を取られていないで、
今年の収穫を素直に喜んでくださいね。

では、また明日(来年)~

以上!
八百屋の息子でした
 ̄∀ ̄!

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見てくださいよ!
このミリタリージャケット!!

友達からタダで貰っちゃいましたぁ~
あざぁ~すっ(__)

で~じ、じょ~とぉ~!
ヒョッホッ~イ ̄∀ ̄!


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サンタさん来てたみたい(笑)
クリスマスプレゼント開けるのに夢中になってるねぇ
 ̄∀ ̄!

ちなみに、
嫁さんがどうしてもと言うんで、
嫌々ながら『サンタさんからの手紙』っつうモンを書いたのだか…。


おぉ!
書いてるとなんだかノッてきたぁ~!!!

…。

あれ?しかし、
誰も見てくれません。
知り合いから送られてきたメールですが、
良かったので読んでみてちょ
 ̄∀ ̄!

↓↓↓

「シークレットサンタ」


アメリカでクリスマスになると、
貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいた。
彼はいつしか「シークレットサンタ」と呼ばれるようになった。

1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。
あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って
取り憑かれたように注文してしまった。

請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。

そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、
警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。

一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、
20ドル札(現在約2400円)が落ちていたと渡してくれたお陰で、
彼は会計を済ませることができた。

だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、
後に彼の運命を変える重大な鍵となる。

1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、
警備関係の会社を起こして懸命に働いた。

結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。
だが1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。
貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。
だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。

改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けて
セールスマンとして懸命に働いた。

だが彼はまたしても試練を与えられる。
1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、
ラリーは解雇されてしまったのだ。

もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。

ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。

店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。
ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。
彼女は受け取れないと言ったが、
ラリーは『クリスマスプレゼントだ』と言って手渡した。
この日はクリスマスだった。
女性は嬉しそうに礼を言った。

その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。

そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、
白いオーバーオールに 赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。
そして困っているような人や貧しい人に20ドル札を
クリスマスプレゼントとして手渡したのだ。

「シークレットサンタ」が誕生した瞬間だった。

20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり
喜んで 受け取ってもらえた。

それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。

家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかった、と聞かれた。
ラリーは落としてしまったと答えた。
すると妻は怒るどころか、「仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね」
と微笑むだけで文句を言わなかった。

翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。

そして、その年のクリスマスにも道に立って
人々に現金をプレゼントする活動を続けた。
そしてその金額は少しずつ多くなっていった。

不思議なことに「シークレットサンタ」となって施しをすればするほど
会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し
家族のために家や新しい車を買えるまでになった。

ラリーの妻も町中で「シークレットサンタ」の噂を耳にするようになった。
彼は家族にも言っていなかったのだ。

彼はそれからも一年も休むことなく「シークレットサンタ」の活動を続けたのだが、
9年目の1987年12月、ついに妻に「シークレットサンタ」が
ラリーであることがわかってしまった。

「すまない」と謝るラリーに、妻は
「素敵なことじゃない。これからはもっと節約して
たくさんの人を助けられるように協力するわ。」と答えた。

以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。

1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。
カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、
彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。
しかし報道されてから、
「シークレットサンタ」の正体への関心はさらに高くなった。

一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、
ある人物に会いたいという思いが募っていった。
そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。

その男性とは、「シークレットサンタ」の生みの親だった。

28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと…。

本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、
我に返って真実に気づいた。
20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに…。

男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。

ラリーは「彼がしてくれたことをいつか誰かにしよう」と思ったのだと話した。
そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。

自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、
ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。
受け取れないというテッドに、
ラリーは「自分が今あるのはあなたのおかげ」だと引かなかった。

当時テッドは、警察に突き出すのではなく、
「自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しい」
と思って20ドルを差し出した。

「それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がる」と
テッドは話している。

テッドはラリーから渡された1万ドルを、近所の病気で困っている人たちや
生活に苦しい人たちのために使ったという。
人を思いやる気持ちは健在だった。

そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。

2001年には、世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、
ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。

2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを
配り、27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。

だが2006年、「シークレットサンタ」がついにカメラの前に現れ正体を明かした。
彼は2006年4月、食道ガンのため治療しなければ
1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。

正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、
「身近な人への思いやりを広げて欲しい」というメッセージを送りたかったから
だろうと、マクガイヤー記者は話す。

その反響は大きかった。
2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。
大半は自分も「シークレットサンタ」になりたいというものだった。

2006年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。
そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。

2007年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。

それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に
永遠のサンタとして刻み込まれただろう。

生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、
会員資格は「少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。」

今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない。

日本でも各地で「シークレットサンタ」活動が行われている。
今日もどこかで…… 
 
 


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『雪だるま』

だ、そうです。
見えますか? ̄∀ ̄;