久々のblog

しかも夜中更新

夏過ぎから色んなコトがありすぎて

前に何回か登場してた祖母ヤチヨが99年の歴史に幕を降ろした

見送るコトも出来ず…。
いまだに実感がない紅さん

ヤバいよね

blogに書けるぐらい落ち着いたのにね

少しだけ紅さんの長話に付き合って下さいm(__)m
小さい頃から母上とヤチヨと紅の3人家族だった。
足が悪いヤチヨは文句も言わず30分ぐらいかけて保育園まで迎えに来てくれてた。
途中、市電が走る大通りがあるんだけどそこを渡って迎えに来てくれてた。
子供の頃から紅はとにかく我が儘。
自分が思うようにならないなら泣き叫んでた。
怒ることも呆れることもなく気長にあやしてくれた。
段々、成長していくにつれ反抗期もやってくる。
文句、罵声、悪態…。
散々だった。
それでもいつもニコニコ笑って頭撫でてくれるヤチヨ。
大好きだった。
母上に叱られて父親と喧嘩して。
家出先もヤチヨの家。
紅にはヤチヨしか居なかった。
月日は流れ、段々とボケていくヤチヨ。
辛かった。
悲しかった。
怖かった。
仕事で鹿児島に行ってた紅に一本の電話があったのは昼前。
それから3時間後。
危篤です。すぐに帰って来れますか??
病院からの電話。
急いで熊本を目指すが思うように車が走らない。
1時間ぐらい走った所でまた電話。
意識レベルが低下してます。延命はどうされますか?
母上と話した結果、延命はしないで欲しいと伝え電話を切った。
妹ゆ~ちゃんに電話して病院に行ってくれと泣きながら頼んだ。
1時間置きに電話をくれるゆ~ちゃん。
状況は悪くなる一方。
芦北まで帰って来た時に最後の電話。
ここから病院まで記憶がない。
病院の入口で佇んでる紅、ヘルパーさんが泣きながら。
お疲れ様でした。
深々と頭を下げて下さいました。
勇気を振り絞ってヤチヨの居る部屋へ入って行くと。
穏やかな寝顔のヤチヨが居ました。
今にも お帰り って言ってくれそうな寝顔。
抱きしめたら紅を待っていた様な温かな身体。
色んな思い出が駆け抜けて行きました。
もっと色んな話ししたかった。
お礼もちゃんと言いたかった。
大好きなばあちゃんへ。
30年間育ててくれてありがとうございました。
我が儘ばっかりでごめんね。
あなたの温もりが忘れられません。
出来るコトならもう一度抱きしめて欲しい。
本当に本当にありがとう。
いつか紅がそっちに逝くまでゆっくりしててね。
こんなblogの更新でごめんね




凄いね



