アレクシス・サンチェス(実はペドロ推し)のありふれたWCCFぶろぐ -15ページ目

アレクシス・サンチェス(実はペドロ推し)のありふれたWCCFぶろぐ

WCCFはもちろんのこと、サッカーの話題から内輪の下らない話も書いていきます
ツイッターもやってますが、悪口と下ネタが多いのでフォローはオススメしません

新チーム案①も第7弾まで来てしまいましたねwww





「あらゆる欠点には長所がある」


「才能ある若手にこそ、挫折を経験させなければならない。挫折はその選手を成長させる最大の要約である」

「ボールを動かせ!ボールは疲れない」

「サッカーでは100mより30mから40m早く走ることが重要だ。だが、もっと重要なのは“いつ”走るかだ」



特に「月並みなやり方をする位なら、自分のアイデアと心中する方がマシだ」という名言は僕の心にとても響き、実は座右の銘の一つになっています。



これらの格言は、今回の話の主人公である「エル・サルバドール」ことヨハン・クライフによるものなのです!
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老いて益々盛んなクライフ氏


クライフと言えば、言わずと知れた「トータルフットボール」の先駆者でありかつ体現者でもあります。

ある時は中盤でゲームメイクをし、ある時はFWとしてゴールを量産する
そして、ある時はボールにほとんど触れずにセンターサークル内で味方に指示を出す。WCCFのミーティングルームに出てくる「ピッチ上の監督」という項目は彼の為に存在しているのではないでしょうか?




僕はウイイレとかWCCFだと、ハイプレスのショートカウンターを採用してしまいますので、その理想を追い求める姿というのは非常に強い憧れを持ちます



アヤックスでもバルサでも大いに活躍し、3回のバロンドールを受賞したりと非常に大きな功績を残した選手でもあります。選手としてW杯を制することだけは出来なかったのですが…
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アヤックス時代のクライフ

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バルサ時代のクライフ(クライフが現役当時、リーガは固定背番号ではなかったので、クライフは9番をつけていた)




1978年、彼は31歳の若さでバルサのユニフォームを脱いでしまいます…

その後、何をしたかと言うと…




現役復帰wwwwwwwwwwww
32の時に復帰してアヤックスやフェイエノールトなどを渡り歩き、結局は36歳の時に本当に引退します。



そして、引退した1年後に彼はアヤックスの監督に就任し(アヤックスのフロントと喧嘩別れしたんじゃっ…)、ファン・バステンやライカールト、ベルカンプ、ヴィンターなどの若手を積極的に起用し、カップ戦を制覇しました。




その後、アヤックスとは紆余曲折(フロントと喧嘩別れ)あってバルサの監督に就任し、ドリームチームと呼ばれる個性の塊を融合された最強チームを作り上げました。



そこにはスビサレッタがいたりと粒ぞろいだったのです!
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SDとしては無能呼ばわりされたスビサレッタですが、GKとしては非の打ち所がない選手であり、スペイン代表の歴代最多出場記録を持っていました。(カシージャスに抜かれるまでは)


他の選手については少しばかりここに書いてありますから読んでみてください。



で、1991-1992UEFAチャンピオンズカップを制し、1993-1994シーズンもUEFAチャンピオンズリーグ決勝までのし上がります

クライフは「ミランに勝ち目などない」と大口を叩いていましたが、カペッロ率いるミランに4-0とフルボッコにされてしまいましたとさ…

その2年後、クライフは成績不振によってバルサの監督を解任されてしまいます


クライフの残した財産というのはとても大きく、下部組織の練習をトップチームと同じ練習にし、バルサイズムを育てていきました。ペップ・グアルディオラが率いたバルサの頃にその成果は目に見えて明らかになってきましたとさというのはまた後日に書きますね!





そうそう!

時計仕掛けのオレンジと呼ばれた頃からのオランダ党である親父が言っていました。
「ヨハンは本当にすごかった。ポジションをどこでもこなすセンスの高さに、無尽蔵のスタミナと完璧な選手だったと思うな」

ん???


おかしいなと思って、親父に確認したところニースケンスの話でしたwww

クライフじゃないんかい!
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クライフ(右)とニースケンス(左)




口うるさいジジイでもありますが、彼の残した功績というのは多大なものでもあるわけです!