昨日の夜中に最果タヒの「星がすべて」を読んでいて魚座の詩の解説で号泣した。

私が魚座で春生まれなのと春に対して大きい感情を持っているから泣かざるを得なかった。


その日は泣いて頭が痛くなり途中までで就寝。

好きな詩は他にいくつかあったけど好きの種類がそれぞれ違う、ドキドキとか共感とか、この詩はおそらく共鳴。詩の授業を受けてると共鳴という言葉をよく聞くが意味がわかったというかそれを体感した。

シチュエーションとか表面的なお揃いである共感ではなく、胸の内にあるものへの強い訴えみたいなもの、私の能力じゃ言語化が難しいけど。

今日その続きを電車の中とかで読んで涙を堪えてた。


この本を読んで、というか魚座の詩からそれ以降を読んでたまらなく桜が見たくなった。今すぐ桜を見に行こうと言い出しそうなくらい。何もない春はあと何回あるかな。特別でも忙しくもない春。


最近外に出るとすごく冬の匂いや風を感じてちょっとテンションがあがるのだけど、その時冬って春に似てるなってなんとなく思う。

私の中ではもうハロウィンも紅葉もクリスマスも正月もすっ飛ばして春になっている。あまりにも早いが桜を見たい。絶対見に行こうねって言いたい。この本を読んでそんな感情を持った。


最果タヒの詩集しか読んだことがなかったけど、この本は詩以外にエッセイや詩の解説が書かれていてその言語化が凄くて文章も感性も煌めいていて、それがあまりにも良くて読んでる途中で宝物になってしまった。


最果タヒの詩はこちらに寄ってきてくれていてほんとに読みやすい。未だに詩の読み方が分からない私はこれじゃまずいと思って「星がすべて」でも言及されていた谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」を図書室で借りてきた。

まだ最初の方しか読んでないが、人の詩を読むのは難しい。私は共感で誰かの創作物をみようとするが詩はそれだけではいかない。

人のことを読んで人の気持ちを考える、幼い頃から私に出来ないと言われてきたこと。それは苦手な訳だ。自分のことのように読ませてくれる最果の詩が好きだ。私の詩もこれになりたいと思う。けどそれだけじゃ逃げなので自分の形を探り何よりも詩を読まなきゃいけない。

次先生にあったら読み方を聞きたい。今年度からやってきて未だに何も掴めてないんだから野暮なことを聞いてもいいだろう。


「星がすべて」を読んでそれがあまりにも良くて心穏やかに一日を過ごせて途中まではすごくいい日だなって思った。帰りに駅で人にぶつかられてしまい落ち込んで一気にダメになってしまった。帰ってから情緒不安定すぎることと悲しさに泣いた。大丈夫だと思ったら大丈夫じゃなくなってそれをずっと繰り返してるからあと何十年これやるんだろう疲れてしまう、と思う。些細なことでメンタルを振れさせたくない。さっきまで会わなくても大丈夫だったのに、この本で生きていけると思ったのにダメだった。これから何十年私はきみを嫌いになることはなく多分ずっと好きなんだということにゾッとした怖かった。

ずっと好きだなんて言葉嘘みたいに聞こえるから言いたくないし言われたくないけど、ほんとなんだ。現に小学校の友達も好きな子も好きなままだから。好きだからなんだという話なんだ。ただたまに思い出を思い出して泣く、きっと最近はその数をその夜を増やしてる最中なんだ。今日の夜に泣くことや感情の起伏に疲れてしまったから、人生の途方の無さが怖かった。