横浜市の雑木林で4月、遺体でみつかった山口あいりちゃん(当時6)は、小学1年になった昨春から一度も学校に姿を見せなかった。転居を繰り返す母子の情報が自治体間で共有されず、実態把握が遅れるなか、昨年7月に事件は起きた。
 神奈川県警は母親と元同棲(どうせい)相手=いずれも死体遺棄罪で起訴=を傷害致死容疑で近く再逮捕する方針だ。
 「あいりちゃんの所在が分からない」と千葉県松戸市が気づいたのは2011年10月。母の山口行恵被告(30)らとともに住民票を置いていたあいりちゃんが、翌春から小学校に入学する子どもを対象にした健康診断に姿を見せなかったからだ。教頭らが住民票の場所を何度も訪ねたが、住んでいる様子がなく、入学式にも出席しなかった。
■転出で調査やめた
 昨年4月12日、母子は神奈川県秦野市に住民票を移し、それを知った松戸市は調査をやめた。児童相談所がかかわったこともないため、行方を捜してきた経緯を秦野市に伝えなかった。
 山口被告は秦野市に転入届を出した際、子どもが通学するための書類を提出しなかった。そのため、秦野市が未就学に気づいたのは昨年7月13日。あいりちゃんは8日後の夜に、母親と元同棲相手の建設作業員八井隆一被告(28)から暴行され、翌日に遺体が雑木林に埋められたとされる。
 児相との窓口になっている秦野市の担当者は「松戸市から情報があれば児相に通告し、虐待(教育ネグレクト)として児相が対応できたと思う」と残念がる。松戸市教委の担当者も「所在不明だけでは虐待と結びつけられなかった」と悔やむ。今後は所在不明の時点で虐待の恐れがあると受け止めるという。
 秦野市も異変に気づく機会はあった。山口被告が転入届を出した際、戸籍住民課は「学校手続きの課に行って」と告げた。山口被告は行かなかったが、同課が確認していれば、その時に未就学だと判明していた。
 山口被告は携帯電話のサイトで交際相手を募り、松戸市や秦野市などの男の家を転々としていた。あいりちゃん、妹の一家3人は昨年5月下旬、横浜市南区の八井被告宅に移っていた。
 昨年7月3日には、泣き叫ぶ妹を近隣が目撃し、110番通報。警察は妹について横浜市中央児相に「虐待の疑いがある」と通告した。横浜市は9日、住民票のある秦野市に通告内容を伝え、妹への虐待の有無を尋ねた。だが、あいりちゃんは秦野市で就学していると思い込み、未確認だった。24日になって秦野、松戸両市教委に問い合わせ、未就学と把握。31日に虐待と認定したが、間に合わなかった。
■横浜市「感度低かった」
 横浜市議会では「未就学の把握がなぜ遅れたのか」「行政の縦割りに殺されたようなものだ」と批判が集中。市側は「感度が低かった。重い教訓だ」と答弁に追われた。横浜市中央児相の担当者は「住所が動いた場合の自治体や関係機関の連携が重要と改めて知った」と語る。
 もし自治体が実態を早く把握していれば、命は助かったのだろうか。横浜、秦野両市は昨年7月末の虐待認定以降、あいりちゃんの行方を捜すため警察に相談していた。だが、「児相が調査しては」「法令に抵触している証拠がないと動けない」と言われたという。
 警察官僚出身で児童虐待ゼロを目指すNPO法人代表の後藤啓二弁護士は「行政には行方不明者を捜す能力はなく、警察も誘拐や保護責任者遺棄など犯罪の疑いがないと捜査権限が使えない。捜査前の段階で警察に権限を与えるなどの法整備が必要だ」と話す。