東京のパワースポットの中でも、数々のエピソードで有名なのは、大手町にある平将門の首塚(将門塚)ではないでしょうか。関東大震災直後に大蔵省の仮庁舎を建てようとしたところ関係者の不審死が相次いだので仮庁舎は取り壊し。第二次世界大戦後に GHQ が区画整理をしようとした時も事故多発で計画は取り止めに。首都の一等地ですから利便性は抜群。近隣のビルが「あそこを潰して拡張できないか」と立案するだけで、そのビルの塚に面した席の社員からバタバタと倒れるという話が今でもあるそうです。
この将門塚にまつわるエピソードを、私自身も持っています。私は転職経験がありまして、プー太郎をしていた時に、大手町にある企業の面接に行きました。すでに数社を受けていたけれどなかなか就職が決まらない私は、少々追いつめられた気分になっていたのでしょう。ビルを出たところで、なにやらお宮のようなものがある。ふとお参りして行こうと思ったのです。元々私は信心深い方ではありませんでしたし、当時は今ほど神社仏閣の知識もありませんでした。ですからこれはほんの気休め程度の行為でした。結局その企業にも採用されず、転職活動がうまく行かないので、仕方なく派遣会社に登録しました。そしたらなんと派遣された先は、その大手町の企業だったのです。そしてその派遣先で、私がお参りしたのはかの有名な首塚であることを知りました。
この話を友人などにすると「あなたの履歴書が残ってて、社員は無理だけど派遣ならってことだったんじゃない?」なんて言われます。でも面接をした時と派遣登録した時はけっこう時間が経っているんですよ? 企業は不採用者の履歴書を処分しないものなんですかね?
その後派遣社員をしながら転職活動を続け、正社員で採用してくれる会社があったので、その大手町の企業は辞めました。辞める時には将門塚にお礼参りに行きました。「お礼参りって、卒業式の後に教師を殴ることじゃなかったんだ」とその時に思いましたよ😁(ほんとうならお礼参りは、その企業に派遣された時にすべきだったのかもしれませんね)。
平将門は神田明神にもお祀りされています。ちなみに成田山新勝寺は将門封じのために建てられたお寺なので、神田明神から成田山新勝寺にお参りしてはいけないと言われています。
赤坂にある豊川稲荷東京別院は、技芸上達にもご利益があるということから、ジャニーズ事務所のタレントさんも奉納をしていますね😊。ダキニ天は力が強い、それだけに恐ろしい神様と言われていて、平清盛はダキニ天に対する信仰を途中を止めたので、平氏は滅びたとも言われています。またこの豊川稲荷東京別院を建てたのは、あの大岡越前で「町奉行から大名に出世したのは大岡越前ただ一人」と言われていますから、やはり霊験あらたかですね。ちなみにダキニ天様はインドの神様なので、豊川稲荷は神社ではなくお寺です。
神社仏閣は創建以来その土地にある訳ですよね。遷座されて取り壊されでもしない限り。ですから当然ですが、昔の人々もお参りしていた訳です。東大近くの根津神社には漱石や鷗外もお参りしてたといいますし(根津神社には“文豪憩いの石”という腰掛け石がありますね。ほんとにそこで漱石や鷗外が休んだかどうかはわかりませんが😁)。渥美清に寅さんの役がついたので有名な小野照崎神社も、樋口一葉が作品の中で「小野照さん」と触れています。ですから樋口一葉もお参りしたのでしょう😊。
そう思うと、神社仏閣には歴史の重みを感じます。歴史とはただの記録やお話ではなく、生きた人間が紡いだものなのだ、ということを実感できる場所としても、神社仏閣はあると思います。