久しぶりにブログに向かった。訳があってこのブログ以外に2つのブログを管理しているので、つい自分のブログが疎かになってしまう。日記のつもりで始めたのにやはり続かないのは、小学生の時と同じだ。笑ってしまう。


参議院選挙が始まった。争点は年金問題。払ったものがなくなった、払ったがもらえないかもしれない、でも払い続けなければならない。NHKの受信料問題以上の問題だ。受益時期はまだまだ先のこと、今はせっせと払う時。


こんなことってあってはならないが現に起きている。信じられないこと。

公務員の腐敗は倫理感のみならずこの次元の過ちがあっているとは・・・


民営化や市場原理が社会主義化の弊害を改善するといって制度の改革を打ち出しているが、そもそも公務員であろうか゜営利企業に働くものであろうが、他人の金を扱うものは最低限のことをしなければ対価を得られないはずだ。


責任の所在がはっきりしない、そもそも責任を取る仕組みができていない日本株式会社=官僚天国と無能な政治に根源的な問題が所在する。


自由が制限された戦前がけっしてよい時代ではなかったであろうが、現在のような堕落した世の中よりある面では整然としていたのではなかろうか?と想像する。


社会保険庁の長官は辞めない。辞めさせられない。幹部も処分できない。問題が大きすぎて、長すぎて誰が誰を処罰・処分していいやら・・・・


同じ問題がヨーロッパの国々例えばフランスなどで起きたらどうであろうか?これも想像であるが、政権は飛んでしまうのではなかろうか?


人のよい日本人。お上を信じる日本人。歴史的にそうなってしまったのであろうが、給料袋の控除明細の変化は今正に始まったばかりである。まだまだ大きな変化が待ち構えていると覚悟せねばなるまい。


皆やがて受益者側になるから・・・という割り切りがあきらめとなっていないだろうか?

政治への審判のこの時期に、はっきり自らの意思を示したい。


50代という地に足をつけなければならない歳を迎えた。自分のことはそこそこに将来のこと、次世代のことを考えた言動ができるよう心掛けていきたい。




このブログ、相当の間放置していた。1月からだから5ヶ月か。同窓会があって、同窓会ブログの管理者になって、愛好会の方もブログ立ち上げて、とうとうマイブログの方がおろそかになって、その内仕事が忙しくなって、年度替りがあって、とうとう・・・・今日を迎えてしまった。連休である。この連休の課題は読みかけの坂の上の雲を読破してしまうこと!できるだろうか?やや不安あり。後6巻あるぞー。さあ今日はこの辺にしておこう。





あれから30年、まるで綾小路きみまろの出だしと同じ。気がつけば、息子二人も早成人。今では薄くなった記憶であるが、当時は身も心も人の支えなしにはと感じさせるほどであった。俺が支えてやらねばどうする・・・・と思っていっしょになった最愛(?)・最強の妻  これまでの25年の歩み。あっと言う間でもなかったが、結構早かったと感じる。


クラスメートは皆そんな似たような経験を重ねたであろう。  どんな顔してくるんだろう。  変わってるかな?たぶん変わってないだろうな。  不思議なものであの当時のことが鮮明に思い出される。 いやな思い出は中々思い出せない。 大らかになった。気にしなくなった。開き直ることのできる世代。 飾る事はない。構える事もない。 ただ懐かしい 楽しいひと時を過ごせばいい。

今更巻き戻しできないのだから、巻き戻すつもりもないのだから。


今回は記念の会。次は10年後?いつになるか分からない。  幹事を買って出た。結構やりがい以上のものがあった。人のためであり自分の為にと いろいろ企画した。 


どうか みなに 喜んでもらいたいものだ。   

妻とともに四半世紀を歩んできた。その間いろいろあったが、こうして今がある。

気が付けば成人した息子2人がいる。自分中心・仕事中心に生きてきた。家庭の出来事より仕事の出来事の方が思い出が多い。家庭の成長に、子供の成長に、妻の支えに、この25年間どれほど貢献できたか?思いやりをもって対応できたか?と自問自答する。全く自信がない、申し訳ないという気持ちになる。 世のおいさんたちは皆そうであろうか? ひとそれぞれであろう。


感謝・感謝である。家族とは本当にありがたいものだ。日々それは実感できる。息子たちにそして最愛の妻に・・・・


区切りとしての25年を迎えるに当たり、妻と一緒に北海道旅行を計画した。妻も楽しみにしている様子である。決してデラックスなないようではない。安く安く上げるためにと妻も必死になってプランしてくれた。


この先何年一緒に歩んでくれるか自分にもわからないが、当分仕事中心の日々が続く。成長した子供たちが巣立ってくれれば、妻ももっと自分らしい生活、自由な時間も確保できるであろう。


改めて振り返り思う。 自分ひとりでは決して生きて行けない。 多くの人々とりわけ家族の支えで生かされていることに心から感謝したい。


≧(´▽`)≦




雨が多かった今年の梅雨 そして一転の猛暑、酷暑・・・先日の台風襲来! 梅雨のドカ雨では九州南部・中部に被害をもたらし、今度の台風では宮崎そして長崎、佐賀に・・・九州はここのところの気象異変をまともに受け、被災からの早期回復を心から祈るそんな今年の前半。  さて、後半は如何に?

私の周辺も同様に、今年の秋の実りには大きな期待は寄せられず、今年の勝負あったかの雰囲気である。


世は小泉政治とも別れを告げ、安倍政治のはじまり。小泉政治の継承ともいわれているが、小泉政治とは一体なんだったのか?

鳴り物入りで登場し、不安な経済社会環境にあって、戦後のあらゆるシステムをひっくり返すほどの勢い、世論の期待を背負い施政したこの5年余り・・・期待はずれ?まあまあこんなもの?結構がんばった!  いろいろ評価されようが、日本的でなかったところが賛否両論あろうが、よかったという評価の声がこれまでの首相経験者と比較して多い。よりましというのが正解か?


しかしその一方で、小さい政府(官のリストラ・効率化)、税金ドロボーシステムの解体、第3者評価機関の設置などほかにもいろいろあろうが、要は期待を持たせた官僚機構の解体と透明な行政システムの再構築という面では、小泉政治は全く評価できない結果となった。例示すれば、道路・郵政・社保庁と姿を少しだけ変えかけてはいるが、民間組織に比べればまた゜また゜改革した事にはならない。垂れ流しは止まらない。


民主党はこの点を従前から主張するが、変人小泉にもできなかったことが果たして民主党小沢政治に実行できるか疑問視される。小沢一郎の体力・気力も心配されるが、彼を取り巻くおぼっちゃま軍団やいろいろな人々の覚悟の程もよく見えない。政権党への道筋も見えてこない。選挙結果からは国民の過半の期待はあるものの、その期待感に応え切れていないところに民主党への期待はずれがある。未熟党?安倍政治のスタートはチーム安倍というスタイルで臨んだ。小泉政治にももちろんそれまでの自民政治にもないスタイル。民主党としても一本取られたという格好ではなかったか? さて、安倍政治は官邸主導=霞ヶ関・官僚機構の弱体化、さらには権力・権益の奪取を本当に実行できるであろうか? 国民の期待は一身にそこにある。

それなしには、中長期の展望は臨めない。


権力をほしいままに戦後政治を操作してきた官僚機構そのものこそ、戦後の歪であ。彼らは資本主義下のもと左右の主張を適度に操作しつつ”社会主義日本”の磐石なシステムを維持してきた。そういう意味では、中国よりも社会主義的なものを持ち合わせた集団ともいえよう。


南氷洋の小さな国(人口は静岡県と同じくらい)ニュージーランド。国は若いが、結構学ぶべきところも多い。政治の分野では、小さな政府・民営化・女性の進出・先住民族との融和・海外との交流(日本人も相当滞在)・整然とした町づくり・・・・とても開かれた国。  だから日本の若者には人気がある。

産業は羊や牛の放牧に代表される通り、ダントツに農業とその関連であるが、今じわじわと工業それも精密機器工業化への道を模索し始めている。日本に学べ、スイスに学べと・・・






この画像は、ニュージーランド北島の都市オークランドに聳えるタワーである。この下にカジノがある。





小泉後の政権が安倍に移ろうとしている 彼は私とあまり年も変わらない しかしあまり親しみも感じないが・・・・

安倍が目指す国づくり それは 「美しい国づくり」 らしい 紀伊国屋書店でパラパラとペーシ゜をめくった 


確かに おかしい? 変な世の中だ  どこもかしこもおかしい  挙げればきりがない・・・・・


命の軽視 親力の低下と軟弱な子 心の貧困 忍耐力の低下 拝金主義 時間主義 管理社会 華美・表層的

いじめや差別 他者批判 自己中心・利己主義 勝者礼賛・敗者罵倒 正義感と配慮を欠いた商業マスメディア 偏向放送 

公務と私務を混同した公務員 犯罪 不正 不祥事 目的・目標を持たない人生 刹那 目先の欲望 ペットの氾濫 

人が歩けば犬に当たる?時代の到来 バランスの崩壊 ・・・・


何が正しいのか 何が基準なのか どの時代がよかったのか 人は皆同じ基準を持つべきなのか どう修正すべきなのか

教育が悪いのか 先生や学校が悪いのか 親が悪いのか 政治が悪いのか 世の中が悪いのか なぜこうなったのか 

どこでこうなってしまったのか ルールは変わったのか ・・・・・


では・・・

これからの人生どう向き合い どう生きていくのか!


大切な事 それは 自分自身がどんな人生を送るかを 明確にもつこと 自分自身に言えること 

人はひとりでは生きていけない 他者との係わりのなかで生き・生かされていることを自覚する 目覚めること やさしい人になる

何事もとは言わないが、多くのことを受け止めることのできるひとになること


また・・・

家庭と仕事と趣味・特技などの分野で それぞれに夢と目標をもって 実現に取り組むことで 人生は必ず開けると信じること


そんな生き方をこれからも続けたい!


 

  

信州や南九州に甚大な被害をもたらした今年の長雨・長梅雨・・・・

一転しての猛暑・酷暑、体の調節が間に合わないぞ !・・・・


やはり夏は暑くないと 行楽地をはじめビアガーデン、電化製品・・・・これら夏物の取り扱いを生業とする人々にとっては、それでなくても景気回復の実感がないのに・・・・

暑いのはいやだーなんて言わずに、我慢 我慢 暑いのが当然 暑さよもう暫く続いてくれ! と祈る。


さて、ひと月ぶりのブログである。 あー何かを書かなければー  あー何かを発信しなければー  と思いつつ 

ついつい仕事中心の毎日を送りながら時間をつくれず ひと月経過した。


今日は夏休み 平日に堂々と休めるのには少々気が引ける。 決して悪いことをしているわけではないのに。 

しかし、他の人は仕事している。  せっかく取得した休み 自分のために 有効に使おう! 


向こうの方から おっかない家内から 声がかかった!! 「買い物に付き合って!」 

((((((ノ゚⊿゚)ノ   あー あー 有意義な一日は 無残にも ・・・・・・

ブログはここで終わろう (>_<) Y(>_<、)Y (/_;)/~~


桃太郎道場のみんな


早いもので 遠距離通勤を始めて3ヶ月が経過した。 一面きれいに植え付けられた田んぼには青々とした水稲が根を張り、梅雨の長雨と真夏の日差しを浴びて これからどんどん成長していく。


一方の自分はどうか。漫然と一日一日を過ごしてはいないか? 新しい職場に一応は慣れた。 しかし、これといった成果はまだ出せていない。 時間は有限、期限がある。 ここらで自分の仕事の立て直しも必要だ。


七月は自分の誕生月、来年は50歳となる。どこから見てもいいおいさんである。おいさんはおいさんらしい、それなりの足跡を残せたろうか?仕事において、家庭において、自分にとって、・・・・ただ漫然と過ごしてきたのではないか?ピークは過ぎたか?これからが本番か?今が本番か?・・・・落ちついた時間を確保し、自問自答してみよう。 


人生いつ終えるかは自分にはわからないが、これまでいろいろ経験した。昇り・下り・熱くなったり・醒めたり・漫然とすごしたり・打算に走ったり・周りに気をつかったり・無視したり・・・・・


そろそろ落ちついた生き方を模索する時期ではないだろうか?

二人の子供も成人した。立派な大人とはいえないが、未熟な青年であるが自己責任で生きようとしている姿勢は多少ではあるが親の欲目に見えてくる。


子供はこども、問題は自分である。自分自身が自信をもって我が人生を振り返るだけの足跡や経験を積めたか?そこから自分自身を成長させることができたか?そこが問題である。

じっくり・ゆっくり悩んでみたい。


五十路の歩みがあと1年でやって来る。思考の切り替えも必要になろう。

おいさんはじっくり考えることにする。

 

毎日のことであるが、通勤途上車窓の景色は目まぐるしく変化する。

街部に住む私は、少々距離のある町まで60キロ余りの道のりを走る。街中を抜けると、海の見える湾岸道路、ここでは早朝車が少なめのためかF1ならぬレース状態で競うように全開・前進する。


しばらくし国道の湾岸道路から別れを告げ山手の道に入り、ここからは山岳コースを駆け上がる。この道は帰りはエンジンブレーキをかけっぱなしで下るほどの急坂で私としては好きではない。パワーがやや劣る愛車では、往きはアクセルを踏み込んでも中々加速しない。途中きまって後続車に道を譲ることとなる。登りがあれば下りがある。人生と同じで、必ずあるものだ。下りも結構曲がりくねりエンジンブレーキを多用する。エンジンブレーキを使いすぎるとエンジンの故障やエンジンオイルが消耗するのが早いなど支障があるような気がするが、ディ-ラーのサービスの方に聞くと、『そんなことはありませんよ。エンジンオイルは早めに交換しましょうね。』とのこと。自分としては、納得できないところもあるが、心配するなと自分に言い聞かせたところ。


さて、野山コースの途中農業公園の側を過ぎると、朝霧にすっぽりと覆われた風景が広がる。窓を全開し、マイナスイオンを取り込み、深呼吸する。目がさめ頭がスッキリする瞬間である。このあたりは、自分の育った、育ててくれた風景と二重写しの風景があり、母や祖母、近所の人たちの優しさを思い出させてくれる。途中、京石という珍しい光景が目に入る。中学校の歴史教科書で習った、ストーンサークルだ。日本に神社がまだ存在しなかったずっと以前に、神?として信仰された巨石を円状に並べたところである。不思議パワーが身につくかな・・


山道を下ると一面に黄金の世界が広がる。こんな光景ははじめてである。そう、麦畑である。この時期は秋ではないが麦秋と呼ばれる。二条大麦、裸麦、小麦・・といろいろ種類があるが、二条大麦は穂先が左右対称でりりしく格好がいい。いいちこで有名な酒造会社が地元産麦100%使用の西の星という焼酎を出しているがその原料となる。限定品が人気だ。それにしても麦畑の光景は、水稲の風景よりも力強いものがある。『さあ!今日も頑張れ!』と大地が励ましてくれるような気がする。春から初夏へ・・・麦の収穫も終わりこれから田植えを迎える。あれだけ力強かった麦畑の光景も一転、やさしい、若々しい、稲田の風景に変身することだろう。・・・


周りに気をとられていたら職場に着いた。さあ、今日も一日頑張るぞ!カエルカエルカエルカエルカエル


久々に伊太地山伝兵衛のライブにいった。大野町の民宿の庭でのライブである。例の弦楽4重奏も一緒だ。里見紀子さんがいい。とても上手なバイオリニスト、素敵な方である。彼女が来るからわざわざ大野町まで足を運んだといった方が正解である。観客への視線もさすがプロを感じさせる。そして私の視線と彼女の視線が・・・・思わず笑顔を返した。  来た甲斐があった。 おじさんであることを忘れていた自分がそこにいた。 

伝兵衛も私より一つ上、いい中年である。彼の歌は心に響く。癒してくれる。 年間200ものライブをこなし、全国のファンを魅了する。  大学を卒業し一旦は銀行員となったが、歌こそわが人生と・・・・今もライブを続ける。  羨ましくもあり、私にはとてもいけそうにない世界に身を置き、自分流を貫き通す。 いつまでも元気で歩みを続けて欲しい。  今度会えるのは、秋以降であろうか、来年だろうか。 CDを聴きながら俺も俺の人生を貫き通そうと今日もハンドルを握る。ぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶー