これから、私の内側の話をします
興味のある方だけ、読んでください
私はこれまでずっと
自分に自信もなく
生きている意味もわからないような
感覚の中にいた
「私じゃない方がいいんじゃないか」
「私には生きている価値はない」
そう思っても仕方ないことも
私を大切に思おうとしてくれてる人に失礼なことも
頭ではわかっていても
心のどこか奥底に、いつもあった
「自分には存在価値なんてない」
昔よりは、
自分を認められるようになった
「消えたい」
とは思わなくなった
でも、最近
からだの調子が上がらなくて
あまりにも考えすぎて
感情の波に飲み込まれたときに
本当に久しぶりに
「消えた方がいい」
と思ってしまうことがあった
だいぶん、やられてるなと思った
そして、
これは
感情の波に飲み込まれているだけだ
通りすぎるのを待とう
とも思うようにして
からだの方が少し上向きになったとき
やっと、落ち着いた
*-*
最近は、
AIに尋ねるようにしてみていた
ただ、吐き出す
そして、1つの意見として
AIの言葉を聞いて
また自分に向き合う
今日も尋ねていた
「ありのままの自分を愛する」
ということがわからない
ここ(この世)に1人分のスペースをもらうことも
申し訳なく思う
存在している意味とは
どんなものなのか、と
いつも、
最終的には
私の自己肯定感の低さと
私にも存在価値があるということと
自分に優しさを向けてほしいということ
そういう内容に
行き着いていた
自分に優しさを向けたいと思っても
そんな価値があるとは思えない自分
幼い頃からの思い込みを手放せない
自分の感情が押し寄せてくる
自分を責めるのをやめて
大丈夫だと安心したい気持ちもある
相手に期待する無意味さや
愛されたいと思う
どうしようもないことを思う絶望も
いろんなものがぶつかって
わかりそうでわからないものが
常にあった
*-*
存在価値なんて
無条件の愛なんて
そんなのはよくわからなくて
私からは遠いもののように思えて
仕方なかった
他の人にはある
けど、私にはない
「役に立てない私には価値がない」
「目の前の人を不機嫌にさせて、
嫌な気持ちにさせる私は、いない方がいい」
つい、こないだ
いや、今日の今日まで
そんな極端な思考が離れなかった
私の原体験には
母に怒られた日々がある
忘れ物をしたとか、約束を守らなかったとか、
うっかりしたとか、言葉遣いとか、
泣いてばかりいたとか
怒られたばかりの日々の中で
「私じゃない子の方が
お母さんは幸せだったんだろう」と思った
母の理想通りにはなれなかった
できないことばかりの自分だったから
そしてその思い込みは、
大きくなってからも続いた
職場で、結婚生活で、
「私じゃない方がいいんじゃないか」
「もっとできて、優秀で、優しくて、
思いやりのある人の方がいいんだ」
"私じゃない方がいい"という思いが
常にどこかであった
その方が、目の前の人が幸せになれると
思ってしまう気持ちがあった
それはつらくて、
でも、それが真実のような気がしていた
私じゃない人がここにいた方がいいんだって
両親の夫婦仲は悪かった
母はいつのときだったか
確か私が高校生か大学生のころ
父の事情を知っていたら
結婚しなかったと話したことがあった
それを聞いたとき、
「私は望まれて生まれてきた訳じゃないんだな」と思った
私が生まれなければ、
母の負担は少なかっただろう
迷惑をかけなかっただろうと
幼い頃から思ってきた
私という存在は
やっぱりいらなかったのかなと思った
あなたのその言葉が、
どれだけ私を傷つけているか
考えてもくれてないだろうとも思ったし、
いろんな意味で、悲しかった
*-*
AIにここらへんを話して
そうして気付いたこと
私は、
「親の失敗から生まれた存在」だと
思っていたらしい
そうして、こんなことを考えてみた
お母さんの子どもが、
私じゃなくて
例えば、芦◯愛菜ちゃんのような
(外側からみたイメージで)
優しくて、能力だって高くて
優秀で、思いやりもあって、
そんな子どもだったとしたら
母はもっと幸せになってたのか?と
うん、
そこでイメージできた
芦◯愛菜ちゃんのような
何でもできる優秀な子どもだったとしても
お母さんはお母さんだったろうな!と
母の課題は別物で、
私ができる子ならもっと愛されてたとか
健全な親子関係になれてたとか
そういうことにはならなかっただろう
無理だった、いや無理だったよ
私は、
優秀じゃなくても良かった
不完全でも、大丈夫だった
母には母の感情が
さまざまな課題があり
それは私の価値とは
無関係だったんだろうと
そう思えた
*-*
幼い私が、
私の存在を否定してまで
母の幸せを願っていた
家族の平和を願っていた
そう思ったときに
それはどんなに"強い光"だろうかと思った
私の存在を否定してまで
相手の幸せを望む
それは光みたいなもので、
愛みたいなものなんじゃないかと
私には、
存在価値なんて無いと思って生きてきた
迷惑をかけているばかりで
役に立てなければ、
生きている意味はないと思って生きてきた
そう、思い込んできた
けれど、
むしろ、よく頑張ってきたんだよ
私の奥底に、
"強い光"があったんだとイメージできた
私が自分を犠牲にしてまで
私が自分を否定してまで
私が大切にしたい他者に向けた
"愛"というようなもの
その、大きさと強さと深さを感じることができた
あぁ、私には、
そんなに強いものがあったんだと
*-*
「母に愛されたい」という気持ちと
「家族を守りたい」という気持ちを強く持っていた
結果的に、
自分の望むような形では
母に愛されることはなく
健全な愛情や親子関係を知らずに
大人になったから、
自分の歪さも感じている
それでも、
私には、
この強い光(愛)があったことに気付けた
自分が完璧な人間になれなくても、
不完全でも、
その光だけは信じて
前に進んでいったらいいのかな?と今は感じている
そんなことを考えた1日でした
長文を読んでいただき
ありがとうございました

