面倒な家事を片付けていたとき、小さな粗を作ってしまった。
まあ、いいか。
そう思ったとき、ふと思い出した。
ショックだった。俺はバカだった。自分が子供であることはわかっていたつもりだった。
もし今の俺の家事を、自分の子供にケチをつけられたらどうだろう。
とっさに、ごめんね、とは言えないな。
きっと。
怒ってしまうだろうな。
文句があるならお前がやってみろ、って。
母は女手一つで俺を育ててくれてた。
働きながら家のことに気を使うのは、本当に大変って、あの時はそんなこと考えもしなかった。
ただ毎日、当たり前に施しを受けて、好きなように過ごして、しまいには文句だって言った。
ものすごく恥ずかしい話だけど、正直、「もっと母親らしくしてほしい」なんて生意気なことも思ってた。
子供だったから仕方ない、なんて言えない。
中高生になった自分の子供にそんな寛大になれる程余裕のある暮らしではなかったと思う。
いや、余裕のあるなしは人によって様々かもしれないけれど。
それでも、そんなこと思ったり言ったりできるような立場ではなかった。それをものすごく痛感した。
もしあの頃の自分に会えるならこう言おう。
「お前、あの人がやってくれてることに不満があるならお前がやってみろ。一日やって ハイ出来た じゃないぞ。毎日だ、毎日。どんなに疲れてても、どんなにやることがあっても、体調が悪くても、お前の理想のクオリティでやってみろ。ちなみに誰も感謝はしないぞ。なんなら、一日でも仕事に粗があったらすぐに文句言ってやるぞ。どうだ。やれるか?やりたくないだろ」
って。
俺は今、誰かを養っているわけでもない、ただの一人暮らしでここまで実感したんだから、きっと母はこの何倍も大変だったんだろうと思う。
あの時は気づかなかった。
子供には気づけない。
そして多分、また5年後10年後、
「あの時の俺は子供だった」
「なぜ気付けなかった」
そんなことを思う時が来るんだと思う。
きっと、そうやって未来からみたらいつまでも浅はかで稚拙な子供なんだろうな。
つまり今の俺も、気付かないところでとんでもない恥ずかしいバカな考えを持ってるってことだ。
怖いね。
みんな。親ってきっと、俺たちが思ってるよりずっとずっと大変な毎日を過ごしてるよ。
文句があったら、それを自立するまで覚えておくといい。
思い出した時恥ずかしくなって、少しは自分の行いを振り返れるかもしれない。

