今現在も困窮している人がいる。
難民となり寒く悲しい思いをしている人がいる。
災害で戻れない人がいる。
病気で苦しむ人がいる。
暴力を受ける人がいる。
捨てられた動物がいる。

その対極にそれらをする人がいる。

弱い者虐めをする弱い者がいる。

今は祈ることしかできないが、考えよう、そして行動しよう。
その祈りが、願えばいつしか叶う時が来ると信じよう。

今は聖夜の星に祈りを捧げよう。
いつか願いが叶うと信じ。
いつか思いが届くと信じ。

小さな思いも重なれば何時しか大きなうねりとなり、時代を変える力に成りえる。
人を信じ、自分を信じ、祈りを捧げよう。
愛と平和の祈りを・・・
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こっ恥ずかしいですが、本気で思っています。
残り少ない人生ですが、何ができるか考えています。

2011.3.11.から普通ということをテーマにものを考えるようになりました。
正確に言うと、それ以前から考えていたんだけど、より深く考えるようになったって感じかな。

3.11.以降、災害や原発、政治などで両極端な意見が飛び交うようになりました。
それ以前からかもしれないけど、自分の耳や目に届くようになった。

それは極左や極右といった人たちだけではなく、一般の・・・今まで関心のなかった人たちも言うようになりました。
3.11.に由来する様々な出来事に、このままではいけないという気持ちがそうさせたのかもしれません。
声の大きい人の創った雰囲気に呼応し・・・雰囲気にのまれた?
木を見て森を見ず、森を見て木を見ずになってはいないだろうか・・・

事国政に於いては、左右どちらに振れ過ぎても対立するだけ。
総てに於いてバランスが必要なんじゃないかな。
知識があってもその使い方が間違っていたり、行動力があっても知識がなかったり。

まして自分の都合を押し付けるなんてのは言語道断。
オイラたちはもう少し利口にならなくてはいけないんだと思う。

【戦後70年経った今でも敗戦国扱いされ、謝罪を求められているなんて・・・ましてその時代を生きていない者にだ。】
といった感情に流されるのは、相手と同じ土俵で争う行為で決して利口な反応じゃない。
真っ向から否定できる決定的な材料に乏しい。
反論すればするほど相手を刺激し、対立するだけではないのか?

ならばどうする?
味方を増やすしかない。
逆に言えば、日本国は敵国家を無視するに限る、交流は民間に任せて。
国交さえあれば経済や文化の交流はできる。

頭の良いヤツは、愛国心の名を借りた政策には耳を貸さないものだ。

オイラはど真ん中を歩いていこう。
後に続く者たちに後ろ指差されたくないもんね・・・ケケッ

洗面台の蛇口内部の摩耗で、力を入れないと水が滴っていたので、中身を交換した。
そのついでに、力を入れないでも開け閉めできるように取っ手も交換した。

これなら力のない老人でも楽に開け閉めできます。
両親にも好評であります(笑)