今日は潤くんの32歳最後の日。
1年間、私の心の支えになった貴方に感謝の言葉を。



私が中学1年になった時は、アラシックの智達が1人できて。でもその子は翔くんのことが好きで。ほかのグループも掛け持ちしてて。それが私には理解できなかったし、潤くんの魅力は全然わかってくれなかった。
学校で辛いことがあって、もう生きてるのが嫌になったこともあった。
何度もリスカしたし、自殺しようともした。でも、できなかった。
潤くんに会ってないから。
潤くんがもし今の私を見たらどう思うかな、って思って踏みとどまった。
潤くんだって辛いことはあるんだから。
私が今生きているのは潤くんのおかげ。
潤くんがいるから頑張って生きてるし、学校に行ってる。



宮城とJaponism潤くんが一生懸命東北の方に元気を送ろうとしたり、歌って踊って走ってふざけたり、新たな挑戦をしていたり。画面ごしに見てて、自然と涙が出てきて止まらなくって。
15周年という節目の年を終えて、16年目も17年目も変わらず同じように頑張ってるのが本当に嬉しくて。私の誇りで。
松本潤という人間は素晴らしいと思う。


潤くんのいつものコンサート終わりの挨拶で私はあらためて潤くんのことが好きなんだって思った。
こんなにも、苦しくて死にそうになるくらい、何度も『好きだ』と思える人は私には潤くんしかいなくて。
普通に生活してる中で好きな人は全然現れないし、何度も何度も何度もある男の人を思って涙を流すなんてことは潤くんしかいなくて。
もうこれからの人生で潤くん以外の男性を愛することなんかできないんじゃないかと思う。←まだ中2ね。




2014年のハワイの挨拶

「15年間、それぞれ僕らと繋がった瞬間、きっかけは別かもしれませんが、みんながそれぞれのタイミングで僕らと出会って、一つの道をみんなで歩くことができて。すげぇ楽しい人生だなって思ってます。

メンバーのみんな、ありがとう。
なかなか言えないんで、あれですけども…。この5人で良かったです。
スタッフのみなさんも、本当に支えてくれてありがとうございます。
そして!!どんな時も、いつも僕らに風を送り続け、笑顔を届けてくれるみなさん。ほんとにみなさんの力でここまでやってこれました。みなさんなしでは、ほんとにできなかったと思います。ほんとにありがとう。
これからはもっと、僕らがみなさんを支えられるように、僕ら5人で道を切り開いて、新しい道をどんどん、どんどん一緒に楽しく歩んでいけるように、俺らも精いっぱいがんばるんで…。
これからも付いてきてください。
今までほんとにありがとう。これからもよろしくお願いします。」


2015年の宮城の挨拶

「みなさんのおかげで先日、嵐は16歳を迎えました。いつもありがとう。16年間喧嘩することなく楽しい毎日が過ごせているのはみんながいるからです。俺らが歌ったり踊ったりテレビに出たりして、みんなの生活に彩を添えられたらといいなと思っています。

8年ぶりに宮城でコンサートをするにあたって、関係者のみなさんにこの場を借りて伝えたい思いがあります。
ようやく……ようやくコンサートで宮城に来ることができました。2011年、どれだけの人に届いているかわからない状況で、僕らとあなた方は繋がっている。今は辛いかもしれないけど生き抜いて欲しいと伝えました。その土地で俺ら5人とみんなと、今日この場にいることが本当に嬉しいです。
これからも嵐と繋がっていることを忘れずにいて欲しいと思います。」


潤くんが瞳を潤ませ、放った言葉。
私の宝物がまた1つ増えました。



素直になんでも言えて、常に一生懸命な潤くんを尊敬していて。私もそんなふうになりたいと思う。
好きで、大好きで、愛していて。
こんな単純なことしか私は言えないけどあぁ私はこの人が世界で1番好きなんだと思った。
好きになってよかった。
これからも追いかけて行きたいと思う。




99.9に、ナラタージュに、個人の仕事は沢山あったね。
宮城、ドーム、ワクワク学校、アリーナ、嵐の仕事も。
忙しい中で最高のエンターテインメントをありがとう。
今年は潤くんと向き合うことが多かったね。
とっても、とっても充実した1年間でした。


32歳の潤くん、ありがとうございました。
笑顔で、天使で、ちょっぴり小悪魔で。
そんな貴方が大好きです。

たくさんの笑顔と勇気をくれた貴方に。
愛と感謝をこめて。


ありがとう!!