みなさんおはようございます。




今回は人権作文ような事を話そうと思います。
私はよく、「死ね」という言葉を聞きます。このような言葉を書くべきではないとは思いますが、大事なことだと思うので書かせていただきます。
とある人は笑いながらふざけて「死ね」
とある人は怒って怒りのままに「死ね」
とある人は鬱陶しいから「死ね」…。
「死」という言葉の重みはいつからなくなっていったのだろう。
かつて、原爆やテロや災害などで人や自然が作り出した被害でなくなっていった人々がいたのを忘れているのだろうか。
それらの被害の背景は…記憶は…想いは…歴史は…
今日本から薄れている。
確かに私も当時者ではないし、体験もしてはいない。
だが、だからといってそれらの事を考えなくていいのかと言われればそうではない。
今の現状を確認、理解し、今後の未来のために学び感じながら後世に繋げていかねばならない。
感情のままに放っていいのか?
人の人生を終わらせることも出来てしまう言葉の力をその2文字に使っていいのか?
今では「今は平成。原爆落とされたのは昭和。」というような考え方の人がいる。
しかし、それは間違っていると断言する。
時代の流れと共により深めなくてはならないものがあると思う。
時代の流れと共に消えてゆく苦しみや愚かさを今もこれからも留めてゆくべきだと思う。
時代が変わったからといって、歴史が変わるわけではない。
時代が変わったからといって、失われた人々の命が戻ってくるわけではない。
時代が変わると共に戦争への憎しみをより深く強く心に語りかけていきたい。
最近では、平和学習が楽しくないと批判する人達もいる。
だが、楽しいという感情の素晴らしさを学ぶものとしても平和学習は大切だと思う。
私は中学3年の時に沖縄へ平和学習にひめゆり平和祈念資料館へ行った。
その際、私はとても大きな衝撃を受けた。亡くなったひめゆり学徒隊の写真や資料などがずらりと並んでいた。
黙々と読んでいるうちに涙がこぼれそうになった。だが、それより先に生存者の証言映像の声を聞いて唖然とした。
今では70歳くらいになる生存者の方々が後世に伝えるべく講演会を開いたりして必死に伝えていた。(今では生存者による講演会もなくなっている。)
資料館を出ると、同様に平和学習に来ていたのであろう高校生がいた。
だが、その高校生は笑ってふざけていた。資料館の入り口付近で広がったり、スロープの手すりに座ったりしていた。
私はなぜあのような事が出来るのか。
ましてや戦争の愚かさや悲惨さを学んだ直後に。
私は怒りと疑問を覚えた。
今生きていることの感謝が足りないのではないか。自分達がやるべきこととやってはいけないこと、やってもいい事と悪い事の区別をつけることもおろそかになっているのではないか。資料館に入って何を学んだのか。そう思った。
でも、その行動を見てさらに学んだこともある。自分が当時者だったら、こんな光景でさえ、微笑ましかったのかな。今歩いて資料館を見てまわって一つ一つに感情が出てきて、この晴れた空の下で綺麗な設備が整った日本を考えれてたかなと考えた。
あの高校生が笑っていたのももしかすると笑うことを忘れかけていた当時者の人々の分まで笑おうと考えていたのかもしれない私もこれからも笑っていこうと思えた。
今は当たり前に過ごしているがこのような光景を見ることも、こんな感情になることもなかったんだろうなと戦場の人々の事を考えた。
そして私は戦争への想いを心に留めながら笑顔でいようと決めた。
「死」という言葉の重み。
「生」という言葉の重み。
言葉にはいろんな想いが込められている。その言葉をどう使っていくのかはその人次第だと思う。
人は学びと学びの組み重なりでできている。
今の私たちには今ある現状と日本の歴史を後世に伝えていくべき義務がある。
あなたは言葉の力を
どう使っていきますか?
この想いが世界に届きますように。
全てが平和になる事は難しいかもしれないでも、世界の人々が平等で差別のない世界をつくりあげることは可能だと思う。